boj高知 特別調査 · 3 総務省「家計調査」(2015 年)によれば、2...

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1 2016 年 9 月 7 日 日本銀行高知支店 高知県の家計行動からみた当地の課題 本稿は、細川裕美(高知支店)、山田真太郎(高知支店、現発券局)が作成した。本稿の作 成に当たっては、海野晋悟氏(高知大学)から有益なコメントをいただいた。ここに記して感謝 したい。ただし、本稿で示された意見は執筆者に属し、日本銀行あるいは日本銀行高知支店 の公式見解を示すものでない。 本稿に掲載されている情報の正確性については万全を期しているが、当店は本稿の利用 者が本稿の情報を用いて行う一切の行為について、何ら責任を負うものではない。 本稿の内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行高知支店まで ご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。 照会先:日本銀行高知支店総務課(TEL:088-822-0004) 本稿は、インターネット(http://www3.boj.or.jp/kochi/)からもご覧いただけます。 BOJ 高知 特別調査

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2016 年 9 月 7 日

日本銀行高知支店

高知県の家計行動からみた当地の課題

本稿は、細川裕美(高知支店)、山田真太郎(高知支店、現発券局)が作成した。本稿の作

成に当たっては、海野晋悟氏(高知大学)から有益なコメントをいただいた。ここに記して感謝

したい。ただし、本稿で示された意見は執筆者に属し、日本銀行あるいは日本銀行高知支店

の公式見解を示すものでない。

本稿に掲載されている情報の正確性については万全を期しているが、当店は本稿の利用

者が本稿の情報を用いて行う一切の行為について、何ら責任を負うものではない。

本稿の内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行高知支店まで

ご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。

照会先:日本銀行高知支店総務課(TEL:088-822-0004)

本稿は、インターネット(http://www3.boj.or.jp/kochi/)からもご覧いただけます。

BOJ高知 特別調査

2

1.はじめに

人々は、通勤可能な距離にある会社はどこか、その会社が支払う賃金はどの

程度かなど、自分が置かれた外部環境の中で、それらの会社で働くかどうか、

また、会社等で働いて得た所得のうちどの程度消費し、貯蓄するかといった選

択を行っている。このため、人々の生活にかかわる行動は、人々が暮らしてい

る地域の現状や問題を色濃く反映している。その一方で、人々が生活の中で選

択している行動が、逆に、地域の問題を深刻化し、それが人々の生活に悪影響

を及ぼすという負の循環が発生する可能性もある。このため、人々が生活の中

でどのような選択を行い、行動しているのかを丹念に調べれば、人々が直面し

ている地域の課題は何か、また、その選択の何が問題となって、地域の課題を

一層深刻にしているのかが分かる。

そこで、このレポートでは、利用可能な統計を使って、高知県の人々(家計)

の行動を計数的に示し、そこから明らかとなった当地の課題を考察する。高知

県は、大都市圏から遠く、平地面積も限られているといった地理的な制約のも

とで、全国に先駆けて高齢化と人口減少が進展しているなど、産業振興や人口

対策等の面で課題先進地域と言われている。家計行動を対象とした本レポート

の考察からも、高知県の抱える課題は全国的にも深刻度合いが高いことが示さ

れている。

このレポートの構成は以下の通りである。本節に続く 2 節では、各種統計を

使って、高知県の家計行動(所得、消費、金融資産への投資、労働時間)を紹

介する。3節は、家計行動から導かれる当地の課題を示し、4節ではその課題に

関する考察を行う。そして、5節では、本レポートでの考察結果をまとめ、女性

の活躍促進が地域の課題解決に向けた 1つの鍵であることを述べる。

2.高知県の家計行動

(1)所得

所得水準を示す指標として、所得を人数で除して算出する 1 人当たり所得が

標準的な指標であるが、その計算に当たって、どのような所得、人数の統計を

使うかで、様々なものが存在する。例えば、所得としては、県民所得、雇用者

報酬、財産所得、課税対象所得、また、人数としては、総人口、就業者、雇用

者などがある(それぞれの定義については表 1を参照)。

このレポートでは、広義のものから、人々の実感により近い狭義のものまで、

1 人当たり所得を示すいくつかの指標を使って、高知県の所得水準を算出する。

具体的には、①県民 1 人当たり県民所得、②就業者 1 人当たり県民所得、③就

業者 1人当たり所得(雇用者報酬と財産所得の合計)、④雇用者 1人当たり雇用

者報酬、⑤課税対象者 1人当たり課税対象所得、の 5つの指標を使用する。

3

これらの指標に関する高知県の全国平均に対する比率は表 2 に示している。

この結果からは、いずれの指標を使っても、高知県の 1 人当たり所得水準は、

全国平均をかなり下回っていることが分かる(表 2)。なお、この姿は名目所得

ベースであるため、人々が消費から得ている満足度合い(効用)と直接関係し

ているという観点では、高知県と全国の物価水準の違いを割り引いた実質ベー

スを使うのがより適切であるが、高知県の物価水準は全国平均と概ね同水準で

あることから、物価水準の違いを考慮した実質ベースでの 1 人当たり所得でみ

ても、概ね同様の結論となる1。

(表1)1人当たり所得算出に当たっての所得・人数の定義

名称 定義

所得 県民所得 全ての居住者の所得であり、県内で発生する一次所得に県外から

の所得の受取(ネット)を加えたもの

雇用者報酬 雇用者に対し、賃金、給与、賞与等として現金で支払われるもの

と、雇主の社会負担等で支払われるものの合計

(家計の)財

産所得

利子や法人企業からの配当等の分配所得、保険契約者配当と保険

帰属収益(保険準備金から生じる投資所得)、賃貸料(不動産賃

貸料や著作権等の使用料)

課税対象所得 個人の市町村民税の課税対象となった前年の所得

人数 総人口 県内に居住する全ての者

就業者 県内に居住し、生産活動に従事する全ての者

雇用者 就業者のうち個人事業主と無給の家族従業者を除く全ての者

納税義務者 市町村民税の納税義務者の総数

(出所)内閣府「県民経済計算標準方式(平成 17年基準版)」ほか

(表2)高知県の 1人当たり所得水準(2013年度)

高知県(水準) 全国平均対比

県民 1人当たり県民所得 2,447 千円 ▲20.2%

就業者 1人当たり県民所得 5,621 千円 ▲12.5%

就業者1人当たり所得(雇用者報酬

と財産所得の合計)

3,698 千円 ▲17.5%

雇用者1人当たり雇用者報酬 4,473 千円 ▲3.7%

課税対象者1人当たり課税対象所得 2,660 千円 ▲18.8%

(注)「課税対象者 1人当たり課税対象所得」のみ 2014年度の計数。

(出所)内閣府「県民経済計算」(2013年度)、総務省「社会生活統計指標 2016」

1 「平成 25年(2013 年)平均消費者物価地域差指数」(総務省)によれば、「全国 51市平

均=100」とすると、高知市の消費者物価指数は 99.8となっている。

4

ただし、人々は世帯単位で生活しており、1人当たり所得よりも世帯当たり所

得でみる方が、より実感に合う可能性がある。そこで、総務省の家計調査を使

って世帯当たり所得もチェックする。その結果をみると、高知市では、収入の

うちの多くの部分を占める勤め先収入は、全国平均を 5%程度上回っている。こ

れは、世帯主の収入が全国平均を 6%程度下回っている一方、世帯主の配偶者で

ある女性の収入が全国平均を 60%程度上回っていることが大きく寄与している

ためである(表 3)。この点、高知県の女性の賃金は全国に比べ 10%低い一方

で2、女性の有業率が高いことを踏まえると3、多くの女性は賃金水準が低い中で

家庭外での仕事を持つことにより、世帯主の所得の低さをカバーし、世帯全体

で全国を上回る所得水準を実現していると解釈することができる。

(表3)高知市の世帯所得

高知市 全国平均

全国平均

対比

勤め先収入 509,517 円 +4.6% 487,156 円

世帯主収入 395,387 円 ▲5.8% 419,871 円

世帯主の配偶者

(女性)の収入 91,020 円 +59.4% 57,119円

(注 1)2人以上の世帯のうち勤労者世帯。2006~2015 年平均。

(注 2)「勤め先収入」は、公的年金の給付等も含まれる実収入と

は一致しない。「勤め先収入」には、「世帯主収入」、「世帯

主の配偶者の収入」のほか、「他の世帯員収入」が含まれる。

(出所)総務省「家計調査」

(2)消費・金融資産への投資

消費水準を考える上でも、様々な指標が存在する。例えば、「県民経済計算」

における高知県の民間最終消費支出を総人口で除して、平成 25 年度における

1 人当たり消費額を算出すると、高知県は 2,079 千円と全国平均(2,317 千円)

に比べ、1割程度低いとの結果となる。しかし、これは、高知県は第 1次産業の

ウエイトが高く、第 1 次産業のウエイトが特に高い郡部を中心に、生産物の自

家消費が多いことなどから、1人当たり消費額が押し下げられているといったバ

イアスの存在を無視できないと考えられる4。

2 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2015年)。 3 総務省「家計調査」(2015 年)によれば、2 人以上世帯のうち勤労者世帯における女性の

有業率は、高知市では 53.1%と全国平均の 47.4%に比べ、相応に高い水準にある。 4 高知県の第 1 次産業の県内総生産に占めるシェアは 3.7%。当県と同じく第 1 次産業のシ

ェアが高い地域(第 1次産業のシェアが 3%以上の北海道、青森、岩手、秋田、山形、熊本、

宮崎、鹿児島)では、県民 1 人当たりの消費額は 2,078 千円と、当県(2,079 千円)と同水

5

こうしたバイアスを除去する必要があるため、県庁所在地における世帯当た

り消費額を使用すると、高知市の世帯当たり消費額は、全国平均に比べ、幾分

多いことが分かる5(表 4)。この間、消費項目別には、衣食住に関しては全国平

均と大差ない一方で、特に目を引くのは、仕送り金とこづかい(使途不明)の

多さである。仕送り金の多さは、高知が遠隔地にあるため、都会の学校に進学

した子弟への仕送りが嵩むことが要因と考えられる。なお、こづかい(使途不

明)の多さについての解釈は難しいが、当地の「おきゃく文化」を踏まえると、

夜の会食等に使用されている可能性がある。

(表4)高知市の世帯支出

(円)

高知市 全国平均

消費支出計 333,719 318,201

食料 68,973 70,454

住居 25,742 20,176

光熱・水道 21,559 22,308

家具・家事用品 9,819 10,434

被服及び履物 12,266 13,854

保健医療 10,788 11,467

交通・通信 52,294 48,713

教育 17,594 18,624

教養娯楽 30,608 31,884

仕送り金 14,628 8,595

こづかい(使途不明) 26,015 17,740

(注)2人以上の世帯のうち勤労者世帯。2006~2015 年平均。

(出所)総務省「家計調査」

以上のように、当地では、世帯当たり所得は、配偶者収入の貢献により、全

国平均よりも多いこともあって、消費支出は全国平均を幾分上回っている。た

だし、所得の方が消費支出よりも全国対比多いことから、世帯当たりの黒字額

も全国平均よりも多い姿となっている(表 5)。こうした黒字額を各世帯がどの

ように金融資産形成に使用しているのかについて、総務省の「平成 26年全国消

費実態調査」でみると、高知県の世帯は、全国平均に比べ、生命保険等の比率

が高い一方、株式・投資信託の保有が低い点が特徴的である。これは、当地の

家計が、全国平均に比べ、リスク回避的であることを示唆している(表 6)。

準である。 5 脚注 1で示したように、高知市の物価は全国と概ね同水準であることを踏まえると、高知

市と全国の物価水準の違いを割り引いた実質ベースでの消費でみても、この結論は当ては

まると考えられる。

6

(表5)世帯当たり黒字額

(円)

高知市 全国

可処分所得 黒字 可処分所得 黒字

458,053 124,334 430,706 112,505

(注)2人以上の世帯のうち勤労者世帯。2006~2015 年平均。

(出所)総務省「家計調査」

(表6)世帯当たりの金融資産構成比

(構成比、%)

高知県 全国

通貨性預貯金 20.2 23.1

定期性預貯金 39.0 37.1

生命保険等 31.9 26.1

有価証券 6.7 10.1

株式・投資信託 3.5 7.2

その他 2.2 3.7

合計 100.0 100.0

(注)2人以上の世帯のうち勤労者世帯。

(出所)総務省「平成 26年全国消費実態調査」

(3)労働時間

高知県の 1人当たり月間総実労働時間は、全国平均に比べ 1.4%長い姿となっ

ている(表 7)。こうした 1 人当たり労働時間の長さに加え、世帯主の配偶者の

有業率が高いことを勘案すると、当地の世帯当たり労働時間は、全国の中でも

かなり高い水準にあるとみられる。

(表7)高知県の1人当たり月間総実労働時間

高知県 全国平均対比

149.5時間 +1.4%

(+2.0 時間)

(注 1)事業所規模 5人以上、調査産業計。2005~2014 年平均。

(注 2)総実労働時間は、所定内と所定外労働時間の合計。

(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査地方調査」

7

3.高知県の家計行動が示唆する課題

前節でみたように、各種統計からみた高知県の家計行動の特徴は、以下の

4点にまとめることができる。

① 1人当たり所得は全国平均に比べ低めであるが、世帯主の配偶者の収入の寄

与により、世帯全体でみると、全国平均を上回る所得を実現している。

② 世帯当たりの消費水準は、名目・実質両方のベースで、全国平均を幾分上回

っているほか、黒字額も全国平均よりも多い。

③ 金融資産構成比をみると、全国平均に比べリスク回避傾向が強く、金融資産

の大半は預貯金として保有されている一方、リスク性資産への投資は全国平

均よりもかなり少ない。

④ 1人当たりの労働時間が全国平均に比べ長いうえ、世帯全体でみれば、配偶

者の労働により、全国に比べかなりの高水準にある。

冒頭で述べたように、家計は、会社から提示される賃金水準などを踏まえて、

どの程度働いて所得を得て、そのうちのどの程度を消費に使うかを決めている6。

こうした考え方に基づけば、高知県の世帯全体の労働時間の長さは、賃金水準

が低いため、世帯主は長めの時間労働し、その配偶者も家庭の外で働いて収入

を得る選択をしていると解釈することができる。消費水準が高いほど、また、

労働時間が短いほど(自分の趣味やレジャーに使う時間が長いほど)、人々の生

活から得られる満足度合い(効用)が高いことに注目すると、全国平均を 1 つ

の目安とすれば、賃金(所得)の上昇により家計の効用は高まる。これは、賃

金(所得)が上昇すれば、労働時間の削減が可能になるほか、どの程度の労働

時間を選択するか次第ではあるが、所得の増加を通じて消費水準も引き上げる

ことができるためである。

また、金融資産への投資先も、家計の効用を高める重要なポイントである。

長い目でみると、株式等のリスク性資産の収益率は、国債等安全資産の収益率

よりも高いことが知られている。これは、株式のようなリスク性資産の収益率

は安全資産の収益率よりも大きく変動することから、人々は、その変動に伴う

リスクに見合うだけ、収益率が高くないとリスク性資産を保有しないためであ

る。さらに、これまで日米等で行われた研究からは、リスク性資産の平均的な

収益率は、リスクに見合う以上に、安全資産の収益率よりも高いことが示され

ている7。この点、前節で示したように、高知県の家計は全国平均に比べ株式や

投資信託の保有比率が低い。したがって、これまでの研究結果を踏まえると、

株式等のリスク性資産の保有を増やしていけば、やや長い目でみると、金融資

産が増加し、その分だけ、将来の消費水準の増加を通じて、効用水準の引き上

6 経済学では、家計の消費支出や労働時間の選択は、(外生的に決められた)所与の賃金や

保有資産を前提に、効用を最大化するように決定されると想定されている。 7 これをエクイティ・プレミアム・パズルと呼ぶ。

8

げが可能になると考えられる。

4.高知県の課題に関する若干の検討

3節で述べたように、高知県の家計行動からみた当地の課題として、賃金(所

得)の引き上げと株式等のリスク性資産の保有の増加が挙げられる。以下では、

これらの論点について検討していく。

(1)賃金の引き上げ(=労働生産性の向上)

賃金水準は労働生産性と密接に関係しているため、賃金の引き上げには労働

生産性の上昇が不可欠である8。この点、高知県の産業別の労働生産性は、鉱業

と電気・ガス等の公益事業を除く全ての業種で全国平均に比べ低い姿となって

いる(図 1)。

(図1)労働生産性の比較

(出所)経済産業省「高知県の地域経済分析」

8 労働生産性の引き上げは、高齢化・人口減少に伴う経済規模の縮小に対する有効な対応策

でもある。

-50

-25

0

25

50

75

100

-1,500

-1,000

-500

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000 乖離率(右目盛)

高知県

全国

0

5

10

15

20

25

農業・林業

漁業

鉱業等

建設

製造業

電気・ガス・熱供給・水道

情報通信

運輸・郵便

卸・小売

金融・保険

不動産・リース

専門・技術サービス

宿泊・飲食サービス

生活関連サービス・娯楽

教育・学習支援

医療・福祉

複合サービス

その他サービス

(万円/人) (%)

(構成比%)

9

労働生産性の引き上げには、個別企業の生産性上昇とマクロ的な資源再配分

という 2 つのルートが存在している。第 1 の個別企業の生産性上昇には、イノ

ベーションの進展、規模の経済・範囲の経済9の活用等が必要である。規模や範

囲の経済という観点からは、全国平均に比べ労働生産性が劣っている全ての産

業の生産性引き上げは現実的ではない。例えば、製造業については、高知県は

平地面積が限られているほか、大消費地からも遠いため、規模を拡大させてい

くには限界がある。また、卸・小売、生活関連サービスといった業種でも、人

口が密集している大都市圏ほど、労働生産性が高い傾向があることを踏まえる

と、人口が減少している高知県で、規模の経済を通じて労働生産性を高めるハ

ードルは高い。一方、自然環境に恵まれている高知県の第 1 次産業や、そうし

た第 1 次産業の生産物を中間投入物として利用する周縁産業(食品加工等)等

では、範囲の経済を活用した労働生産性の向上が可能である。第 2 の資源再配

分としては、非効率的な企業の市場からの退出と効率的な企業の参入を通じた

効果が挙げられる。このため、企業の開廃業率が高いほど、マクロ的に効率的

な資源配分が促され、労働生産性が高まる筋合いにある。この点、高知県では、

高齢化の進展がいち早く進んでいることもあって、廃業率は全国の中でも高め

の水準となっているものの、開業率はかなり低い水準にとどまっている

(図 2)10。今後、起業家精神を持った経営者の登場と金融機関の目利き力等を

活用した経営者の発掘、事業承継への取り組みなどにより、経済の新陳代謝を

着実に進めていくことが必要である。

(図2)開廃業率の比較

(注)2012 年の計数。赤いドットは高知県を示し、その他の

ドットは高知県以外の都道府県を表す。

(出所)中小企業庁「中小企業白書 2014」

9 規模の経済とは、生産量を拡大させるほどは、その生産に必要な投入物が増加せず、その

結果として生産性や収益率が高まること、また、範囲の経済とは、関連する複数の事業を

同時に行うことにより、経営が効率的となり、生産性や収益率が高まることを意味する。 10 図 2 の廃業率は実際に廃業した企業の比率であり、事実上の休眠状態にある企業(廃業

予備軍)も含めれば、当地の廃業率は相応に高いと考えられる。

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0

(開業率、%)

(廃業率、%)

新陳代謝高い

10

(2)リスク性資産の保有の引き上げ

高知県の家計によるリスク性資産保有の少なさは、家計の効用水準の押し下

げ要因となっているだけでなく、当地の銀行の収益力にも悪影響を及ぼしてい

る。長期にわたる低金利環境のもとで、貸出利鞘は縮小しており、銀行が貸出

等から得ている利益(資金利益)は減少傾向にある。こうしたもとで、各銀行

とも、収益力の維持向上を図るため、投信等の販売に注力しており、そこから

得られる手数料収入は増加傾向にある。もっとも、当地を主要な営業エリアと

する地域銀行の手数料収入の比率では、地域銀行全体の平均に比べ、低水準に

とどまっている(表 8)。こうした手数料収入の低さは、当地の銀行の収益力(リ

スクテイク能力)に影響し、ひいては、金融仲介機能に悪影響を及ぼす可能性

がある。

(表8)当地の地域銀行の投信販売等の手数料収入

(その他役務収益/経常収益)

(%)

2011 年度 2012 年度 2013 年度 2014 年度 2015 年度

当地の地域銀行 6.6 7.1 7.9 8.5 9.5

全国の地域銀行

平均 9.6 10.3 10.8 11.9 11.7

(出所)各行決算資料

では、高知県の家計のリスク性資産保有を拡大させるためには、何が必要な

のであろうか。この問いを考えるためには、リスク性資産保有の少なさの原因

を考えることが出発点となる。この点、金融広報中央委員会の「金融リテラシ

ー調査 2016年調査結果」は、高知県のリスク性資産保有の少なさは、高知県の

金融リテラシー(金融に関する知識や情報を正しく理解し、自らが主体的に判

断することのできる能力)の低さが関係している可能性を示唆している。この

調査によれば、高知県でお金に関する長期計画を立てている人の割合は、全国

平均に比べ低い。また、金融経済情報に接していない人の割合も全国平均に比

べ高めとなっている(表 9)。この結果として、金融資産の保有に関してリスク

回避度合いが高くなり、株式等のリスク性資産の保有が進んでいないと解釈す

ることができる。こうした状況を踏まえると、リスク性資産の保有拡大のため

には、今後、当地における金融教育の一層の充実が必要と考えられる。

11

(表9)高知県の金融リテラシーの現状

項目 全国 四国 高知

生活設計 お金について長期計画を立て、達成するよう努力している人の割合 47.4 47.4 40.4

老後の生活費について資金計画を立てている人の割合 35.6 34.6 37.3

金融知識・金

融商品の利

用選択

株式を購入したことがある人の割合 31.6 31.7 28.8

商品性を理解せずに投資信託を購入した人の割合 32.2 32.4 25.0

商品性を理解せずに外貨預金等を購入した人の割合 25.6 35.2 14.3

外部知見の

活用

金融トラブル発生時の相談窓口を認識している人の割合 73.7 75.2 76.7

金融経済情報を月に 1回もみない人の割合 37.1 37.1 42.5

金融教育 「学校で金融教育を行うべき」と思っている人の割合 62.4 64.7 61.6

学校等で金融教育を受けた人の割合 6.6 6.2 4.8

行動バイア

損失回避傾向が強い人の割合 78.6 79.3 82.9

近視眼的行動バイアスが強い人の割合 47.1 48.5 47.9

(出所)金融広報中央委員会「金融リテラシー調査 2016年調査結果」

5.おわりに

このレポートでは、高知県の家計行動を明らかにすることを通じて、そこか

ら明らかとなった当地の課題について論じてきた。これらの課題は、個別企業

のイノベーションに向けた努力、企業の事業承継や新規開業、金融機関の目利

き力向上と円滑な金融仲介の実現、消費者に対する金融教育の充実など、多岐

にわたっている。また、これらは、人口減少対策としての地方創生の文脈の中

で全国的にも広く指摘されているものであるが、高知県はその深刻度合いが全

国の中でもかなり大きいと言わざるを得ない。高知県は全国の中でも高齢化・

人口減少が急速に進展している地域だけに、その課題解決が一層難しく、かつ、

残された時間も相対的に少ない。

これらの課題を解決することは一朝一夕には困難であるが、当地では女性の

活躍促進が 1つの鍵になると考えられる。2節で述べたように、高知県では賃金

水準が相対的に低いこともあって、世帯主の配偶者(女性)が家庭の外で働か

ざるを得ないという側面があるものの、当地は女性の社会進出という面では先

進地域との評価が可能である。実際、当地の起業者に占める女性比率は全国一

の高さである(図 3)。今後、女性への起業支援等を通じて、女性の社会進出を

一段と進めていけば、県経済の新陳代謝が活発になり、生産性の向上につなが

ると考えられる。また、多くの世帯では、女性が財布の紐を握っている可能性

が高いことを踏まえると、女性への金融教育の拡充が当地におけるリスク性資

産への投資の拡大にもつながる可能性がある。それによって、当地の金融機関

12

の収益力とリスクテイク能力が向上し、金融面から、経済の新陳代謝を後押し

することも可能になる。

(図3)起業者に占める女性の割合

(出所)総務省「平成 24年就業構造基本調査」

今後、このレポートで指摘した当地の課題の存在が広く認識されるとともに、

その解決に向け、様々な面から着実な取り組みが進むことを期待したい。

以 上

18.2

18.2 16.8

16.1

16.1

16.0 15.5

15.2

14.7

14.7

14.7

14.6

14.5

14.4

14.1

13.6

13.3

13.3

13.2

13.1 12.7

12.5

12.5

12.4 11.8

11.7

11.5

11.5

11.4

10.6

10.6

10.5

10.5

10.4

10.3

10.2

10.0

10.0

9.5

9.3

9.1

9.1 8.2

8.2

7.7

7.0 6.3

0

5

10

15

20

高知県

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