二一静岡県立大学 - w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp ·...

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二一静岡県立大学 r・・」一十~ - _I..._._ 薬学部- _二../.I ・・一一 ■1 - = i.J・ 「=二〇七W.一警職轍慧㌘痩 坂井 茂教授 宮城島惇夫准教授 岩尾康範助教 静岡県立大学薬学部創剤工学研究室 Department of Pharmaceutical Engineering and Drug Delivery Sci School of PharmaceuticaJ Science University of Shizuoka Shigeru ITAJ 1.はじめに 静岡県立大学は1987年に当時の静岡薬科大学、静 岡女子大学、静岡女子短期大学の3県立大学を改 組・統合し関学した。現在、薬学部、食品栄養学部、 国際関係学部、経営情報学部\看護学部の5学部が、 日本平に向かう丘陵地にキャンパスを構えている。 赤レンガで覆われた建物や敷地は周囲の木々に見事 に調和し、その景観は学生や教官の自慢の一つであ る(図1)。また、県立図書館、県立美術館が隣接 しており、それらを取り巻く公園は市民の憩いの場 をなっており、休日には多くの人々が訪れる。この 様な好環境の中、毎年約120名の学生が薬学部に入 学し、勉学と実習に励んでいる。本薬学部は静岡県 で唯一の薬学教育機関であり、県民からの信望も厚 い。また、薬学部としての歴史は古く、 1916年の静 岡女子薬学校の開学まで遡る。 2.静岡県立大学薬学部創剤工学 (薬品製造工学)研究室 創剤工学研究室は昨年まで薬品製造工学研究室と 呼ばれていた。本研究室の誕生した1967年頃は、薬 学における工業的生産規模での研究の歴史がまだ浅 かった。そのため、製薬メーカーの技術者は化学工 業系の出身者により占められ、薬学出身者は生産面 には不要とされる傾向にあったと言う。しかし、当 時、米国からのGMPの波が日本にも影響するよう になり、工業についての見識の高い薬剤師を望む声 も高まった。この様な状況の中、初代主任教授に着 任した乗出福司先生(教授在職: 1967-1986)は 業より迎えられた。以降、広田貞雄先生(1990- 1997)、園部尚先生(1997-2007)と企業研究 授職を引き継ぎ、私で4代目となる。この約40年間、 研究のテーマは大幅に変化したが「モノ創り」を通 じ、人材を育成していくという、研究室の基本的理 念は代々、教授から教授に引き継がれてきた。現在 の創剤工学研究室の職員は、私以外に、宮城鴨惇夫 図1 静岡県立大学キャンパス (362) vo1. 18 No. 4 (2009) -72-

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二一静岡県立大学r・・」一十~    - _I..._._

薬学部-

_二../.I ・・一一

■1 - = ド

i.J・ 「=二〇七W.一警職轍慧㌘痩 」

坂井 茂教授 宮城島惇夫准教授 岩尾康範助教

静岡県立大学薬学部創剤工学研究室Department of Pharmaceutical

Engineering and Drug Delivery Science

School of PharmaceuticaJ Sciences

University of Shizuoka

板 井  茂Shigeru ITAJ

1.はじめに

静岡県立大学は1987年に当時の静岡薬科大学、静

岡女子大学、静岡女子短期大学の3県立大学を改

組・統合し関学した。現在、薬学部、食品栄養学部、

国際関係学部、経営情報学部\看護学部の5学部が、

日本平に向かう丘陵地にキャンパスを構えている。

赤レンガで覆われた建物や敷地は周囲の木々に見事

に調和し、その景観は学生や教官の自慢の一つであ

る(図1)。また、県立図書館、県立美術館が隣接

しており、それらを取り巻く公園は市民の憩いの場

をなっており、休日には多くの人々が訪れる。この

様な好環境の中、毎年約120名の学生が薬学部に入

学し、勉学と実習に励んでいる。本薬学部は静岡県

で唯一の薬学教育機関であり、県民からの信望も厚

い。また、薬学部としての歴史は古く、 1916年の静

岡女子薬学校の開学まで遡る。

2.静岡県立大学薬学部創剤工学

(薬品製造工学)研究室

創剤工学研究室は昨年まで薬品製造工学研究室と

呼ばれていた。本研究室の誕生した1967年頃は、薬

学における工業的生産規模での研究の歴史がまだ浅

かった。そのため、製薬メーカーの技術者は化学工

業系の出身者により占められ、薬学出身者は生産面

には不要とされる傾向にあったと言う。しかし、当

時、米国からのGMPの波が日本にも影響するよう

になり、工業についての見識の高い薬剤師を望む声

も高まった。この様な状況の中、初代主任教授に着

任した乗出福司先生(教授在職: 1967-1986)は企

業より迎えられた。以降、広田貞雄先生(1990-

1997)、園部尚先生(1997-2007)と企業研究者が教

授職を引き継ぎ、私で4代目となる。この約40年間、

研究のテーマは大幅に変化したが「モノ創り」を通

じ、人材を育成していくという、研究室の基本的理

念は代々、教授から教授に引き継がれてきた。現在

の創剤工学研究室の職員は、私以外に、宮城鴨惇夫

図1 静岡県立大学キャンパス

(362) vo1. 18 No. 4 (2009) -72-

Page 2: 二一静岡県立大学 - w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp · 粒子径や添加量の違いにより、マイクロポアーの孔 径、数を変化させ、薬物放出を制御する試みを実施

准教授、岩尾康範助教の3名である。宮城嶋敦夫准

教授は生え抜きの静岡県立大学教員であり、研究活

動のみならず、学生実習においても中心的役割を果

たして頂いている。岩尾助教は熊本大学薬学部の出

身で小田切前教授のもとで学位を取得され、昨年か

ら本大学に勤務されている若手のホープである。現

在の研究室の構成は博士課程3名、修士課程9名、

学部学生(4年生) 5名の合計17名であるが、今後、

6年制への移行に伴い、学部学生については4, 5,

6年生を受け入れることになるため、大幅な増加が

見込まれている(図2)。また、本大学においては

社会人が博士課程を履修するコースがあり、私が赴

任以来、この2年間で既に2名の社会人ドクターが

誕生している。

3.研究テーマ

現在、当研究室で実施しているテーマの一覧を図

3に示す。私は赴任して、まだわずか2年であり、

研究テーマについても「思考錯誤」の状態である。

その中でも既にある程度の成果や知見が得られてい

る研究のいくつかを紹介したい。

(1)機能性高分子とワックスの複合による新規放出

技術の確立

私は製薬企業に在籍中、著しい苦味を有する抗生

物質クラリスロマイシンの小児用製剤(ドライシロ

ップ)の開発に参加する機会を得た。この時、苦味

のマクキング法として、噴霧凝固造粒法を採用した

が、この方法は低融点物質と高分子の加熱溶融混合

物に主薬を分散させ、アトマイザーにより液滴を形

成させ、それを冷却凝固させるもので、これにより

図2 創剤工学研究室の現在のメンバー

口腔内の中性pHでは溶けず、胃内の低pHでは速や

かに溶ける粒子径100ミクロン以下の球形マトリッ

クスの製造に成功し、製品化につながった。現在、

当研究室ではこの噴霧凝固造粒法の用途拡大を検討

している。苦味マスキングについては、従来の胃溶

性高分子-ワックスの系にpH非依存性の徐放性高

分子をさらに添加することにより、 pH依存性のよ

り高い処方を得ており、従来法では不可能であった

溶解性の高い薬物-の適用も可能であると考えてい

る。また複数の腸溶性高分子と低融点物質の組み合

わせによる大腸デイバリーシステムの設計も検討し

ている。一般に放出制御製剤の消化管移動速度は製

剤の大きさ、形、比重、付着性などによって変化す

る。そのため、錠剤等のシングルユニット製剤は消

化管のpHや胃内滞留時間の個人差により吸収の再

現性に影響することが知られている。噴霧凝固造粒

で製造されたマトリックスを含む製剤は消化管内で

速やかに崩壊し、マトリックスがpH依存性を有す

る一次粒子として存在するマルチユニット製剤であ

る。その為、吸収の個人差が少ない大腸デリバリー

として難治性疾患である潰癌性大腸炎への適用を目

標に検討が進められている。また、構成成分として

糖アルコールを分散させたワックスマトリックスは

溶液中で糖アルコールが瞬時に溶解するため、微細

な孔(マイクロポア-)がマトリックス表面に形成

される。我々はこの機構を利用し、糖アルコールの

粒子径や添加量の違いにより、マイクロポアーの孔

径、数を変化させ、薬物放出を制御する試みを実施

している。

(2)脂質ナノ粒子製剤

ナノテクノロジーによる薬物の微細化は、薬物の

1.新剤形の開拓・製剤設計の最適化(粉体工学研究)・グリセリン脂肪酸エステルの滑沢メカニズムに関する

研究・新規遠心転勤流動造粒法を用いた時限放出製剤の設計

と製造に関する研究・結晶転移を利用した新規胃内滞留製剤の設計と評価・糖アルコールによる錠剤の成型性向上に関する研究

2.分散系及び高分子性製剤の製造・脂質ナノ粒子製剤の研究・骨形成促進剤の6週間持続放出製剤の設計と評価・花粉症特異的減感作療法薬の放出制御製剤の設計と評

価3.ワックスマトリックス製剤の設計と評価

・大腸デリバリーに関する研究・苦味マスキングに関する研究・機能性粒子(マイクロポア)に関する研究

4.医薬品溶出過程における有効表面積経時変化の解析・崩壊剤の影響・界面活性剤の影響

図3 創剤工学研究室研究テーマ-覧

-73- 製剤機械技術研究会誌(363)

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表面積を増大させ溶解速度を向上させるだけでな

く、薬物の溶解度を増大させる。また、ナノ粒子は

サブミクロンサイズのため粘膜層に深く侵入し、結

果的に薬物の吸収を持続化し、バイオアベイラビリ

ティーを向上させる。また、粒子が微小で肝臓や牌

臓などの細綱内皮系に捕捉されにくいために全身循

環における滞留性が増大し、薬物作用の持効力が期

待できる。当研究室ではこれまでに平均粒子径

100nm以下の超微粒子製剤であるナノ粒子懸濁液を

調製し、実際にグリセオフルビンやニフェジピンな

どの難溶性薬物の微細化による溶解性の改善に成功

してきた。現在はそのナノ粒子の物理化学的特性に

ついての詳細を検討しており、今後、様々な難溶性

薬物に対しても適応できるよう、研究を進めている。

(3)グリセリン脂肪酸エステルの滑沢メカニズムに

関する研究

滑沢剤は打錠前類粒の流動性、充てん性、付着性及

び錠剤の成形性を改善する機能を持ち、固形製剤の

品質と製造効率の向上に不可欠な医薬品添加物であ

る。滑沢剤として良く用いられているものに、ステ

アリン酸マグネシウムがあるが、その添加する量が

少し増えただけで、体内における主薬の溶出が遅れ

たり、適度な硬さの錠剤ができないという欠点があ

ります。一方、グリセリン脂肪酸エステルという物

質を滑沢剤として用いると、ステアリン酸マグネシ

ウムの欠点が現れることなく、品質の良い錠剤が出

来る。このような違いが現れるのは、グリセリン脂

肪酸エステルとステアリン酸マグネシウムとの問

で、滑沢作用のメカニズムが違うためであり、現在

はこのメカニズムに関して検討している。

(4)遠心転動造粒法による製剤設計

遠心転動造粒法は転勤造粒法と流動層造粒法の機

能を統合した造粒法であり、コーティング微粒子製

造の全工程をこの装置の中で連続的に実施出来る。

さらに装置下部の転勤部の回転により真球度の高い

重質な粒子が得られ、最終工程でのコーティングの

均一化を容易にする。しかしながら、本装置は2種

の機能を統合しているため、操作が複雑であり、安

定化した微粒子製造を可能にするためには、各因子

の相互作用を明らかにすることが必要不可欠であ

る。現在我々は製造条件と得られた造粒物の粉体物

性の関係を多変量解析により明らかにし、処方及び

製造方法の最適化を検討している。本研究における

我々の最終目標は本装置を使用して時限放出製剤を

設計することにある。ヒトの生理機能や病状は日内

で周期的に変動するため、日内変動を考慮した治療

(364) Vo1. 18 No. 4(2009)

法が重要であると言われている。この考えは既に

「時間薬物治療学」として体系化されている。例え

ば、気管支嘱息発作は明け方に起きることが多い。

そのため、この時期に服薬することが望ましいが、

実際は困難である。もし、就寝前に服薬し、明け方

に作用する薬があれば非常に利便性の高い製剤にな

ると考えられる。

4.おわりに

私は企業において、医薬品の製剤化研究と製造に

約30年間、従事してきた。企業における優れた研究

や製造設備に比較し、大学の設備は非常に見劣りす

る。しかし、ここには新しい研究にチャレンジしよ

うとする若さと充分な時間がある。企業において消

化不良に終わっていた様々な研究の芽を育み、医療

の発展に多少なりとも貢献できればと願っている。

また、私の赴任後、大学病院で薬剤師の実務経験の

長い2名の先生が教員として本学に迎えられた。両

先生とも製剤に関する造詣が深く、このような絶好

の環境の中、両先生とともに、生活者や患者の

QOL (Quality Of Life)の向上を指向した創剤研究

にも注力して行きたいと考えている。

参考文献1)静薬六十五年史(1982)

2 ) Y. Itoh, A. Shimazu, Y. Sadzuka, T. Sonobe, S. Itai, Novel method

for stratum corneum pore size determination using positron

annihilation lifetime spectroscopy, Int. ∫. Pharm., 358, 91-95 (2008).

3 ) S. Kamiya, M. Yamada. T. Kurita, A. Miyagishima, M. Arakawa, T.

Sonobe, Preparation and stabilization of nifedipine lipid

nanoparticles, Int. J. Pharm., 354. 242-247 (2008)

4 ) T. Nakamori, A. Miyagishim, Y. Nozawa, Y. Sadzuka, T. Sonobe,

In飢lenCe Of load on particle size distribution of lactose-crystalline

cellulose mixed powderJnt. ∫. Pharm., 354, 255-259 (2008)

5 ) Mizumoto, T. Tamura, H. Kawai, A. Kajiyama, S. Itai, Formulation

design of an oral, fast-disintegrating dosage form containing taste一

masked particles of famotidine, Chem. Pharm. Bun. (Tokyo), 56,

946-950 (2008).

7) T. Mizumoto, T. Tamura, H. Kawai, A. Kajiyama, S. Itai,

Formulation design of taste-masked particles, including famotidine,

for an oral fasLdisintegrating dosage form, Chem. Pharm. Bllll.

(Tokyo) , 56, 5301535 (2008).

7) H. Ohshima, A. Miyagishima, T. Kurita, Y. Makino, Y. Iwao, T.

Sonobe, S. Itai, Freeze-dried nifedipine-lipid nanoparticles with

long-term nan0-dispersion stability after reconstitution, Int. J.

Pharm., 377, 180-184 (2009)

8 ) S. Kamiya, T. Kurita, A. Miyagishima, M. Arakawa, Preparation of

griseofulvin nanoparticle suspension by high-pressure

homogenization and preservation of the suspension with

saccharides and sugar alcohols, Drug Dev. Ind. Pharm., (2009).

in press.

9 ) S. Itai, Good Mental Practice-Good Mental Practice for the Person

Engaging Himself in Pharmaceutical Fields-, J. Japan Society of

PharmaceuticalMachinery and Engineering, 18. 3-4 (2009).

-74-