bruno and bertness 2001 pollard 1984 hovel and fonseca...

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(沿岸域環境診断手法開発事業) 平成23年度 課 題 名 内海域における漁場環境診断手法の開発 研究部室名 (独)水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所 生産環境部 環境動態グループ 担当者氏名 堀 正和 【目的】 本課題で主対象とする内海域は、アマモ場、ガラモ場、干潟、砂底域等の魚介類にとって 重要な生息場所がコンパクトに詰まった海域であり、各生息場所では、海草類や大型褐藻類 など特定の基盤種(Bruno and Bertness 2001)がその生息場所特有の生物・物理環境を作 り出している。また、沿岸域の海岸・海底地形は沖合域をはるかに凌ぐ複雑さと起伏があり、 これらの地形的要素が生物的要素と複合的に組み合わさって多様な景観構造が作られてい る。沿岸域に生息する生物の多くは広域な分布範囲をもち、その範囲の中で自身に適した景 観構造を利用し(例えば Pollard 1984Hovel and Fonseca 2005Hori et al. 2009)、 また生活史の段階によって異なる景観を移動しながら利用している(Pittman et al 2007a)。内海域の漁業資源として重要な魚介類も他の沿岸生物と同様であるため、その分 布や生産量は周囲の景観構造に左右される。したがって漁業生産の場としての漁場の適性を 判断するには、漁場内の環境とともに、その周囲の環境(景観構造)も総合的に理解するこ とが重要である。 魚介類の移動・分布範囲を包含した景観構造を解明するためには、広域空間を対象とした 調査・研究が必須となる。近年では、景観生態学の概念や地理情報システム(GIS)・リモ ートセンシング技術が陸域での研究を中心に発展を遂げ(Turner et al. 2001)、それらを 応用することにより、沿岸海洋域においても多様な空間データを用いた空間分布と景観構造 解析が可能になりつつある(例えば Yamakita et al. 2010)。それに伴い、景観構造が沿岸 生物の分布や生残率に多大な影響を及ぼしていることが明らかにされつつある(例えば Hovel and Fonseca 2005)本課題では瀬戸内海全域を主対象とし、我が国における内海域の海洋環境(水質と底質)、 34

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Page 1: Bruno and Bertness 2001 Pollard 1984 Hovel and Fonseca ......られる。そこで平成22年度は他海域との空間スケールのギャップを埋めるべく、解析範囲

(沿岸域環境診断手法開発事業)

平成23年度

課 題 名 内海域における漁場環境診断手法の開発

実 施 機 関

研究部室名

(独)水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所

生産環境部 環境動態グループ

担当者氏名 堀 正和

【目的】

本課題で主対象とする内海域は、アマモ場、ガラモ場、干潟、砂底域等の魚介類にとって

重要な生息場所がコンパクトに詰まった海域であり、各生息場所では、海草類や大型褐藻類

など特定の基盤種(Bruno and Bertness 2001)がその生息場所特有の生物・物理環境を作

り出している。また、沿岸域の海岸・海底地形は沖合域をはるかに凌ぐ複雑さと起伏があり、

これらの地形的要素が生物的要素と複合的に組み合わさって多様な景観構造が作られてい

る。沿岸域に生息する生物の多くは広域な分布範囲をもち、その範囲の中で自身に適した景

観構造を利用し(例えば Pollard 1984、 Hovel and Fonseca 2005、 Hori et al. 2009)、

また生活史の段階によって異なる景観を移動しながら利用している(Pittman et al.

2007a)。内海域の漁業資源として重要な魚介類も他の沿岸生物と同様であるため、その分

布や生産量は周囲の景観構造に左右される。したがって漁業生産の場としての漁場の適性を

判断するには、漁場内の環境とともに、その周囲の環境(景観構造)も総合的に理解するこ

とが重要である。

魚介類の移動・分布範囲を包含した景観構造を解明するためには、広域空間を対象とした

調査・研究が必須となる。近年では、景観生態学の概念や地理情報システム(GIS)・リモ

ートセンシング技術が陸域での研究を中心に発展を遂げ(Turner et al. 2001)、それらを

応用することにより、沿岸海洋域においても多様な空間データを用いた空間分布と景観構造

解析が可能になりつつある(例えば Yamakita et al. 2010)。それに伴い、景観構造が沿岸

生物の分布や生残率に多大な影響を及ぼしていることが明らかにされつつある(例えば

Hovel and Fonseca 2005)。

本課題では瀬戸内海全域を主対象とし、我が国における内海域の海洋環境(水質と底質)、

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土地景観情報(地形)、生物情報(底生生物)を漁場環境のパラメータに、努力量補正を

行った漁獲量を漁業生産のパラメータとし、両者の空間分布とその関係を解析することに

より、魚類生産にとって好適な景観構造・環境を診断するツールを開発することを目的と

している。

平成21年度は瀬戸内海全域を対象とし、はじめにマダイ、ヒラメ、メバル・カサゴ等

の内海域を代表する水産有用魚種の漁獲量、水質や地形などの物理環境、底生生物量や藻

場面席などの生物環境に関するデータを GIS に取り込み、位置情報を付随させた空間分布

データとした。次に漁獲量データを用いた空間分布解析を行い、漁獲量の多寡とその空間

的拡がりから魚類の集団の空間分布を魚種別に推定し、各種の魚類生産とその空間的拡が

りの評価に重要な物理環境及び生物環境パラメータを特定した。さらに、得られたパラメ

ータから各魚種にとって好適な生息環境を診断する空間モデルを作成し、このモデルを用

いて瀬戸内海全域からパラメータ条件を満たす海域の抽出を行い、重点調査海域の選定を

行った。

平成22年度は、平成21年度に作成した診断手法(海域抽出のための空間モデル)を

他の内海・内湾域へ応用するためのモデルの改良を行った。平成21年度に選定した重点

調査海域を対象に詳細な調査と解析を行い、瀬戸内海全域の空間スケールでの解析を目的

とした平成21年度のモデルから、相対的に小さい他の内海域の空間スケールに適用可能

なモデルを作成した。

本年度は、昨年度の改良モデルを用いて東京湾を対象とした解析を行い、瀬戸内海で作

成した環境診断モデルの他海域への適用可能性について検証した。まず、東京湾を対象に

物理環境および生物環境に関するデータを野外調査及び既存知見から収集した。これらを

GIS で空間データ化し、瀬戸内海で作成したマダイ・ヒラメ・メバル・カサゴ類等の魚種

別の好適生息場所診断モデルを用いて東京湾の好適生息環境を有する海域を抽出した。さ

らに、モデルの抽出結果を魚種別に東京湾の漁獲量データと比較し、モデルの有効性につ

いて検討を行った。

瀬戸内海で作成したモデルは漁獲量に基づくモデルのため、成魚にとっての好適生息場

所選定を対象としている。その一方、特に遠浅の海底面が続く東京内湾部は成魚より稚魚

にとって重要な生息環境を提供している。そこで、成魚を対象とした環境診断とは別に、

新たに稚魚類を対象とした環境診断を行った。東京湾で稚魚類を対象とした野外調査と既

存知見の収集を行い、成魚と同様の手法で環境診断モデルを作成した。

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【方法】

瀬戸内海全域を対象とした環境診断手法の概要を図1に示す。まず、本課題の環境診断

手法を適用する漁獲量対象種として、瀬戸内海の主力有用魚種であるマダイ、ヒラメ、ク

ロダイ、コウイカ、メバル・カサゴ類の 5 種を選定した。漁獲量データは水産庁(1999)

を引用し、瀬戸内海全域を経緯度 2 分の格子で表したメッシュデータとしてデータベース

に加えた。次に、水質等の海洋環境、底質や海岸線・水深などの地形情報、底生生物量・

種数などの生物情報に関するデータの収集を行った。水質と底質については瀬戸内海各府

県で定時観測している浅海定線調査の公開データを引用した。地形に関しては、水深、護

岸率、魚礁面積などのデータ収集を行った。また、Landsat および ALOS の衛星画像を取得

し、GIS 上で幾何補正を行った後に海域別の島嶼面積、海岸線長や海岸線の複雑性、河川

流入の指標値の計算に用いる河口幅合計などの測定を行った。また、生物情報としては漁

獲量に用いた 5 種以外の魚種の漁獲量に加え、アマモ・ガラモの分布面積と魚類の餌料生

物となる底生生物量とその種数を用いた。他魚種の漁獲量データは前述の水産庁(1999)を

用い、アマモ・ガラモの面積と底生生物に関しては環境省第 4 回自然環境保全基礎調査の

公開データを引用した。これらのデータの GIS への取り込みに関しては、データ更新と解

析への操作性が容易であることを留意し、各環境要因を年別に瀬戸内海全域のデータをま

とめたラスターデータとしてデータベース構築を行った。

次に優占種 5 種の漁獲量データを用い、各魚種の漁獲量と相関を持つ環境要因を空間解析

により特定した。まず、GIS 上で空間自己相関を用いた解析により漁獲量から各魚種の局所

集団とその空間サイズを求めた。続いて、これら各魚種の局所集団サイズを基準にし、魚種

毎に瀬戸内海全域の漁獲量分布内に散らばる局所集団を抽出した後、各局所集団の分布中心

を解析的に算出した。次にこの分布中心から一定距離間隔でバッファを発生させ、各距離の

バッファに含まれる各環境データと成魚漁獲量との関係をモデル化し、AIC 基準により最適

モデルを選択した。選択されたモデルで採択されている説明変数を、その魚種が制限されて

いる環境要因と見なし、採択された環境要因間の相対的重要性はモデルの標準化係数から判

断した。最後に、魚種別に選択された最適モデルで得られたパラメータを用いて、環境 GIS

データベースからモデルの条件を満たす海域の抽出を行った。この抽出された海域を対象魚

種にとって好適な生息場所とみなすことができる。

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ラスター形式のデータファイル

地形情報

海洋環境情報

生物情報

好適海域の抽出

モデルによる好適環境の選定

空間分布解析によるモデル作成

GISデータベース化

沿岸環境情報各魚類の漁獲量情報

図 1.瀬戸内海を対象とした海域抽出手法の概要

一般に対象とする空間スケールが異なれば、従属変数に有意に影響する説明要因(変数)

が異なり、例えばより局所的な空間スケールでは生物環境的要因が有意になることが多く、

より広域な空間スケールでは物理環境的要因が有意になることが多い(宮下・野田 2002)。

前年度作成した海域抽出モデルは瀬戸内海全域を対象としているため、東京湾や鹿児島湾な

ど、瀬戸内海より空間スケールの小さい他の内湾域へそのまま応用することは不適切と考え

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られる。そこで平成22年度は他海域との空間スケールのギャップを埋めるべく、解析範囲

を瀬戸内海全域から重点海域に絞り込み、その範囲内で上記の手順で再解析を行った(図

2)。なお、本年度のモデル作成の対象は、砂泥域を主要な生息域とする優占種(マダイ・

ヒラメ)および岩礁域を主要な生息域とする優占種(メバル・カサゴ類)の 2 タイプを区別

して行った。以下の本年度の解析では、この重点海域で再構築した環境診断モデルを用いて

いる。

図 2. 重点調査海域での空間解析・最適モデル選択により作成したマダイ・ヒラメの好適生息海域

抽出の結果(黄緑)。モデルの説明変数には産卵場の配置を含めていないが、瀬戸内海西部ではヒ

ラメの主要な産卵場(赤の点線)と抽出海域に重複が見られ、瀬戸内海東部ではマダイの主要な産

卵場・生息海域(青の点線)と抽出海域に重複がみられる。

平成23年度は、まず東京湾で環境診断モデルを検証するために必要な水質等の海洋環

境、底質や海岸線・水深などの地形情報、底生生物量・種数などの生物情報、さらに漁獲

量に関するデータの収集を行った。漁獲量や藻場・干潟の分布情報等は瀬戸内海と同様、

水産庁および環境省の公開資料より引用したが、その他の環境データは協力機関である千

葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所から提供を受けている。次に収集したデータ

を GIS に取り込み、位置情報を付加させてラスタデータへの変換を行った。また、遠浅の

東京湾では、内湾を含めた全域で漁獲されている魚種が少なく、瀬戸内海で環境診断モデ

ルを作成した魚種のうち、ヒラメとメバル類の 2 種のみが全域で漁獲されていた。そこで、

この 2 種を東京湾での環境診断対象種とし、診断モデルの条件を満たす海域の抽出を行っ

た。最後に抽出された海域と漁獲量データの分布を比較し、解析結果の妥当性について検

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討を行った。

稚魚類を対象とした環境診断モデルを作成するために、まず幼稚魚の対象種を選定する

ことを目的とした稚魚類調査を行った。対象海域として干潟・アマモ場・砂泥域・港湾部

など、東京湾を代表するすべての沿岸景観要素が含まれている富津干潟を選定し、千葉県

水産総合研究センターの協力により 6 月(東京湾)に現地調査を行った。現地調査では、

まず富津干潟の海岸線に対して垂直に潮間帯から水深 6m 付近までの沖合に向けて 6 本の

ライントランセクトを引いた。次に各トランセクト上に潮間帯から等間隔で7つの調査地

点を配置し、各点において小型引き網による魚類採集を行うとともに、水質(DO・濁度

・水温・塩分・PH)、水深、底質、アマモ場の被度の測定を行った。採集された稚魚類の

うち、成魚の環境診断モデルが存在するヒラメとメバル類の稚魚を解析対象種に選定した。

上記の環境診断モデル作成と同様の手順により、稚魚類の分布を説明するモデルを作成し、

その説明変数に含まれている環境要因の条件を満たす海域を抽出した。ただし、ヒラメ稚

魚の個体数が少なかったため、ヒラメ稚魚と同様の生息場所に出現した異体類稚魚などの

底生魚の個体数を含めて解析を行っている。最後に、抽出海域を稚魚類の生息場所として

選定されている海域の分布図と比較し、成魚を対象とした解析と同様に結果の妥当性につ

いて検討を行った。

【結果】

ヒラメ成魚を対象とした海域抽出結果を図 3 に示す。東京湾の底質はそのほとんどの海

域がヒラメに適した砂泥域であったため、広範囲の海域が抽出される結果となった。瀬戸

内海でのヒラメ診断モデルでは底質のほか藻場と水深がヒラメの生息場所の好適さに強く

影響する要因であったため、東京湾でもその傾向が顕著に表れていた。特に、東京湾外湾

部において、藻場の分布する千葉県内房部および神奈川県三浦半島沿岸の藻場の分布域と

隣接する深場で最も好適であると診断されており、次にその水深帯にそって内湾部に続く

海域が好適と判断されていた。ただし、藻場が強く影響する要因になっているとは言え、

藻場が存在しても水深の浅い富津干潟から盤洲干潟周辺は最適生息場所として選定されな

かった。次にこの環境診断結果と比較するためのヒラメ漁獲量の分布図を図 4 に示す。ヒ

ラメの漁獲量は外湾の内房部および三浦半島から内湾にかけての海域で多い傾向がみられ

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る。これらの海域のうち、内房部では環境診断モデルの解析で最適生息場所と診断された

海域を中心に、漁獲量が最も多い傾向が確認できる。また、三浦半島から内湾部にかけ

図 3.瀬戸内海で作成したヒラメの環境診断モデルによる海域抽出結果。色が濃いほど好適な海域

を示しており、5 段階(最適・適・関連なし・不適・最も不適)のランク評価としている

図 4.ヒラメの漁獲量分布.水産庁(2000)より引用

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ても、診断モデルで最適と判断された海域との一致は見られないが、適していると診断さ

れた海域と漁獲量の多い海域との当てはまりが良い傾向が見受けられる。

メバル類を対象とした海域抽出結果を図 5 に示す。瀬戸内海のメバル類の診断モデルで

は底質・藻場および底生生物量が生息場所の好適度に強く影響する要因であり、好適海域

は局所的に抽出される傾向を示した。東京湾でも局所的に海域が抽出されたが、診断モデ

ルに含まれている環境要因のほとんどが外湾部に分布し、さらに各要因が同所的に分布し

ていたため、2 ランクの評価(好適、好適でない)となった。また、メバルは砂泥底と負

の相関を持つため、内湾部には好適海域は抽出されなかった。ただし、藻場から近い横浜

港および千葉港などの港湾部は疑似岩礁的な役割を果たすことでメバルが生息している可

能性が考えられるが、今回の環境抽出モデルでは内湾の港湾部を解析対象外としているた

め抽出されていない。好適と診断された外湾部の海域は、神奈川県の三浦半島および千葉

県の内房に点在し、その場所はほぼ藻場の分布と一致する傾向が見受けられた。この解析

結果をメバル類の漁獲量と比較すると、三浦半島側の漁獲量の分布と抽出海域の当てはま

りが良い傾向が見受けられる(図 6)。

図 5. 瀬戸内海で作成したメバル類の環境診断モデルによる海域抽出結果。赤色の海域が好適な生

息場所と診断された海域

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図 6.メバル類の漁獲量分布.赤色が濃いほど相対的に漁獲量が多いことを示している。水産庁

(2000)より引用

横浜港周辺で若干の漁獲があるが、おそらく港湾部が潜在的な生息場所となっていること

を示唆していると思われる。しかしながら、モデルから好適と判断された海域のほうが漁

獲量は圧倒的に多いことから、生息場所としての価値は完全な港湾部より藻場等の自然海

岸を含む海域のほうが高いとが考えられる。また、千葉県の内房側に漁獲量が全く存在し

ないが、これはメバル類が漁獲統計資料にあがっていないだけであり、メバル類がいない

ことを示すものではない。内房と三浦半島では距離的にも近いことから、おそらく、三浦

半島側と同様にメバル類が生息しているものと考えている。

次に稚魚類の野外調査では、計 27 種の魚類・甲殻類が出現し、そのうち水産対象種は

ヒラメ、メバル、コウイカ、カワハギ、マハゼ、ヘダイ、メジナ、スズキの 8 種に加え、

地域的に利用されるドチザメ、イシガニ、東京湾で重要な釣りの対象でもあるアオタナゴ

の計 11 種であった(図 7)。これらの魚種のうち、ヒラメおよび底生魚類の稚魚、メバル

類の稚魚を対象に成魚と同様の手法で環境診断モデルを作成した結果、ヒラメ稚魚を対象

としたモデルでは水深、藻場、溶存酸素量および底質が説明変数として有意となり、その

中でも水深と藻場の影響が相対的に強かった。その一方、メバル類稚魚を対象としたモデ

ルでもヒラメと同様の説明変数が有意であったが、藻場と底質の影響が相対的に強い傾向

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がみられた。

0 10 20 30 40 50 60

スズキ

アオタナゴ

メジナ

ヘダイ

ニクハゼ

ヒメイカ

フダヤガラ

トゲヨウジ

ヨウジウオ

タツノオトシゴ

アミメハギ

タケギンポ

カワハギ

コウイカ

メバル

ヒラメ

マハゼ

ドチザメ

ヒメハゼ

イシガニ

ヒガンフグ

アサヒアナハゼ

アナハゼ

アゴハゼ

ハゼSP1

ハゼSP2

ハゼSP3

図 7.富津干潟で採集された稚魚類.横軸は魚種別の個体数(100 ㎡あたり)を示す

これら稚魚類の環境診断モデルを用いて海域抽出を行った結果を図 8 および図 10 に示

す。ヒラメ稚魚にとって好適と判断された海域は東京湾の内湾部から外湾部の全域に広が

っており、内湾部の干潟と港湾部および外湾部の三浦半島、内房の藻場周辺の海域は殆ど

選定されていた(図 8)。次にこの環境診断結果と比較するために、ヒラメの成育場に関す

る既存の分布図を図 9 に示す。既存知見においても、内湾部の干潟域および外湾部の藻場

周辺海域を稚魚の成育場と認識されている。既存知見と海域抽出結果と異なる点は三浦半

島側の川崎港から観音崎にかけての海域に好適海域が点在していること、内湾部の千葉港

の港湾部が好適海域に選定されていることがあげられる。特に前者の海域は港湾部が大部

分の海域を占有しているとはいえ、内湾部と比較して貧酸素水塊の発生も相対的に少なく、

その影響は強くないことが予測されることや、周辺では成魚の漁獲もあることから、隣接

する三浦半島南部の好適海域や対岸の内房の好適海域と同様に、多少なりとも成育場とし

て機能できる環境にあるのかもしれない。現に川崎港~横浜港周辺から観音崎にかけての

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図 8.富津干潟周辺海域で作成したヒラメ稚魚の環境診断モデルを用いた東京湾全域での好適海域

抽出結果。色が濃いほど好適度が高いことを示している

図 9.ヒラメ稚魚の成育場に関する既存知見。環境省 HP より引用。

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海域では干潟・砂浜の主要生物であるアサリの生息密度が高く、港湾部においてもアサリ

の浮遊幼生が多く採集されている。類似した水深帯と底質環境を生息場所として利用する

ヒラメ稚魚や他の異体類の稚魚なども生息可能な海域が存在するのかもしれない。

最後に、メバル稚魚を対象とした海域抽出の結果では、好適な生息場所として判断され

た場所は外湾部の三浦半島、内房の藻場周辺の海域、内湾部の干潟内の藻場(アマモ場)

周辺の海域に集中しており、加えて内湾部の湾奥の干潟および港湾部に点在していた(図

10)。次にこの環境診断結果と比較するために、メバルの成育場に関する既存の分布図を

図 11 に示した。既存知見においては、成魚の漁獲量分布と同様に外湾部の三浦半島側の藻

場周辺海域のみ成育場として認識しているが、おそらく対岸の内房側も類似した環境条件

を有することから、成育場として機能していることが推測される。

図 10.富津干潟周辺海域で作成したメバル稚魚の環境診断モデルを用いた東京湾全域での好適海域

抽出結果。

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図 11.ヒラメ稚魚の成育場に関する既存知見。環境省 HP より引用。

一般にメバル類は稚魚と成魚の生息海域が類似しており、稚魚は浅場の藻場に生息し、成

魚は近接の岩礁域等に生息することが多く、夜間には成魚は藻場に来て採餌も行うことが

知られている(小路ら 2011)。そのため、外湾部では稚魚の好適生息場所と成魚の好適生

息場所が類似していると考えられる。この観点から考えれば、内湾部で成魚が漁獲されて

いる横浜港周辺海域は成魚が生息していると推測されるため(図 6)、稚魚も生息してい

る可能性が考えられる。また、現に富津干潟ではメバル類の稚魚が漁獲されており、隣接

する君津港の岸壁周辺では、本課題の潜水調査時にメバル成魚が確認されている。これら

のことから、内湾部にもメバル類は多少なりとも生息しており、環境診断モデルからメバ

ル稚魚にとっての好適な生息環境を有すると推定された海域にも、いくつかの海域では実

際に稚魚が生息していると考えられる。

本年度の解析から得られる結論として、瀬戸内海で作成した環境診断モデルは他海域で

も利用できる汎用性を有していること、新たに作成した稚魚類の環境診断モデルも興味深

い解析結果を示せることが明らかとなった。また本解析により得られた海域抽出の結果は

既存知見より解像度が高く、より詳細な保護水面選定などに利用できる可能性を有してい

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るといえる。今後は、瀬戸内海および東京湾での解析対象種を増やすこと、瀬戸内海およ

び東京湾で現地実測データを収集してモデルの適合度についてさらなる検証を行うこと、

他海域への適用例を増やすこと、の 3 点が継続する課題として考えられる。たとえ同種で

あっても海域によって利用する好適な生息環境・景観構造は異なることが容易に想定され

るため、モデルは極力単純化して一般性を持たせると同時に、瀬戸内海での重点調査海域

において行った詳細なモデルへの改良のように、診断したい海域の環境特性(貧酸素水塊

の発生、夏期高温、冬期風浪など)にあわせて特化させたモデルに変形させるほうが現実

的であるように思われる。沿岸域の環境手法の確立のためには、さらに他海域と比較調査

を行い、海域間で共通する好適景観構造・環境要因、共通しない好適景観構造・環境要因

を明らかにすることが必要であろう。また、同様に魚種間で共通する、あるいは共通しな

い好適生息環境・景観構造を解明することも重要である。

また、本年度までの解析では常に環境が定常であることを仮定した静的なモデルを用い

てきた。しかしながら、野外の環境は非定常であり、つねに変動しているため、最適な環

境・景観構造も少なからず変動するはずである。今後の解析では、環境の年変動の影響、

季節的な環境変化イベントの影響なども診断基準に加味するため、時系列データを多用し、

将来予測に貢献できる方向性をつくることが望ましいと考えている。

【参考文献】

Bruno, J. F. and M. D. Bertness (2001) Habitat modification and facilitation in benthic

marine communities. In M. D. Bertness、 S. D. Gaines, and M. E. Hay (eds) Marine

Community Ecology, Sinauer Associates, Sunderland, MA, pp. 201-220.

Hori, M., T. Suzuki, Y. Tanaka, M. Nakaoka, H. Mukai (2009) High seagrass diversity and

canopy height increase the associated fish diversity and abundance in

mixed seagrass beds. Marine Biology, 156, 1447-1458.

Hovel, k. A. and M. S. Fonseca (2005) Influence of seagrass landscape structure on the

juvenile blue crab habitat-survival function. Mar Ecol Prog Ser, 300, 179-191.

環境庁 (1994) 第4回自然環境保全基礎調査:海域生物環境調査報告書(干潟、藻場、サン

ゴ礁調査), 第 2 巻, 環境庁自然保護局.

宮下 直・野田隆史(2002)群集生態学, 東京大学出版会.

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explain the spatial patterns of fish in mangroves of SW Puerto Rico. Mar Ecol Prog Ser,

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小路淳・堀正和・山下洋(2011)浅海域の生態系サービス-海の恵みと持続的利用.恒星社

厚生閣.

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contributes to stability of a seagrass bed in Tokyo Bay. Ecography, 34, 519–528.

【成果の発表、活用等】

堀 正和・山北剛久・渡辺健太郎・吉田吾郎・浜口昌巳(2011)空間解析を用いた沿岸生物

の好適生息海域の抽出, 2011 年度日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会.

【事業推進上の問題点等】

内海域のみを対象としているとはいえ、内海域は全国各地に離散的に位置していること

から、日本海西部、北部、内海域、太平洋岸など広域な海域区分で環境診断を行わなけれ

ばならない。そのため、扱うデータとその解析は膨大な量になる。多種多様な環境データ

の収集、データベース化に加え、それらを用いた解析を迅速に行うためには、解析システ

ムの向上と解析を行う人的資源の確保が早急に望まれる。

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