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March 2014 2 No. この材料が、 未来を ひきつける 省エネ磁性材料の研究開発

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March

2014

2No.

この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

Page 2: March - NIMS...NIMS NOW 2014 March 03 デジタル情報化社会を支える磁気記録 クラウドコンピューティングやデジタル家電の 普及により、世界で使われるデータ量は爆発的

だれもが子供のころ、磁石をつかい、遊んだことがあるでしょう。くっついたり反発したり、ただの石にみえるそれは、不思議な気持ちにさせてくれました。今では、その磁石は私たちの生活の中になくてはならないものとなっています。

現代の生活を根底で支えているあらゆるデータを保管するストレージ、いわゆるハードディスクでは、データはナノサイズの磁石に書き込まれます。この磁石のナノ粒子をどれだけ安定して微細化できるかが大きな課題となっています。近年では、スマートフォンの普及などでサーバのデータ量は飛躍的に増えているため、早急な対応が求められています。

ハイブリッド自動車のモーターや、風力発電の発電機に使われている磁石は、その出力性能が磁力に大きく左右されます。より高い磁力を持つと同時に、レアアースなどの資源問題にも配慮した磁石が求められています。

さらに、熱源から磁石を使って直接発電できる可能性を模索したり、新しいメモリであるMRAMの構成部品として使われる磁石をより小さく高性能にできないか研究したり。磁石の応用に関する研究課題はひろがっています。

子供のころ私たちを不思議な気持ちにさせた材料が、これからの社会をつくっていくのです。

この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

NIMS NOW 2014 March02

写真:ネオジム磁石の電界イオン顕微鏡像

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03NIMS NOW 2014 March

デジタル情報化社会を支える磁気記録

クラウドコンピューティングやデジタル家電の普及により、世界で使われるデータ量は爆発的に増大しています。現在約3ゼタ(1021)バイトといわれる総データ量も、2020年には40ゼタバイトにも達すると予測されています。

その膨大なデータの保存(ストレージ)を担っているのがハードディスクドライブ(HDD)です。最近ではフラッシュメモリがノートパソコンのストレージとしてのシェアを伸ばしていますが、HDDはビット単価が安く、大容量ストレージに対応できるため、今後もデータストレージの主役を演じていくと考えられています。

このような膨大なデータ量を扱うために、データセンターにおけるエネルギー消費量が増加していることも社会問題となっていますが、HDDの記録密度を高めれば大きな省エネ効果も期待されます。現在のHDDの記録密度は800 Gbit/in2程度ですが、日米の産学のコンソーシアム(SRCおよびASTC)で、4 Tbit/in2の実現を目指した研究開発がおこなわれています。

NIMS磁性材料ユニットは日米のハードディスクメーカーと協力しながら、HDDの記録密度を飛躍的に高めるために必要な材料研究に貢献しています。

HDD のしくみ

HDDは、図1(a)の写真に示すように、情報を記録するディスク状の媒体、情報の書き込みと読み取りをおこなうヘッド、ヘッドを記録位置に移動させるアクチュエーターから構成されています。アクチュエーターには強力なネオジム磁石が使われています。

図1(b)には、媒体とヘッドの模式図を示しています。読み取りヘッドは小さな電磁石で、コイルに電流を流すとヘッドの先端に磁界が発生し、それにより媒体に高密度で充填されているナノ磁石粒子を磁化して、磁化のS-Nによりデジタル情報の“0”か“1”を記録します。読み取るときには、これらのナノ磁石から出る磁界を磁気センサーで検出します。

図1(d)は現在使われている記録媒体の透過電子顕微鏡(TEM)像ですが、約8 nmの

CoCrPt磁石粒子がSiO2の非磁性マトリックス中に均一に分散しています。再生ヘッドには、図1(c)に示されるような極薄の絶縁体層を挟む2層の強磁性層でできたトンネル磁気抵抗素子が使われています。媒体からの漏れ磁界によって読み取りヘッドの強磁性層の相対的な磁化の向きが変化することにより素子抵抗が大きく変化します。従って、HDDの記録密度を更に高めるためには、媒体と読み取りヘッドの両方の技術革新が必要になります。

熱アシスト磁気記録用媒体

HDDで4 Tbit/in2の記憶密度を実現するには、媒体の磁石粒子のサイズを5 nm程度にまで小さくしなくてはなりません。現在使われているCoCrPt合金の結晶磁気異方性(Ku)は小さいので、粒子サイズが数ナノメートルになるとKuV (Vは強磁性微粒子の体積)で表される粒子の磁気異方性エネルギーが室温の熱エネルギー kBT(kBはボルツマン定数、Tは絶対温度)と同程度になってしまうため、粒子の磁化が熱により揺らいでしまいます。

ナノ粒子でも磁化を安定にするためには、Kuの大きな強磁性材料を使って媒体に必要なナノ粒子構造(図1(d))を実現しなければなりません。

L10構造を持つFePt合金はCoCrPt合金の10倍以上のKuを有しているため、ナノ粒子になっても磁化は安定ですが、高いKuのためにナノ粒子になると書き込みに必要な磁界がヘッドで発生できる磁界よりも大きくなり、室温では書き込みができなくなってしまいます。

そのため、ナノ磁石をキュリー点までレーザーで加熱して、反転磁界が低くなった瞬間にヘッドの磁界で書き込みをおこなう熱アシスト磁気記録

(HAMR)方式が、次世代記録技術として実用化に近づいています。

このHAMR用の媒体として、L10構造を持つFePtナノ粒子を均一に分散した媒体が必要になります。私たちは2010年にFePt合金と強く分離する炭素を同時成膜することにより、平均粒子径約6 nm、サイズ分散約20 %のL10-FePtグラニュラー薄膜を実現し、米国HGST社 SanJose Research Centerと共同でこの媒体が熱アシスト磁気記録として当時最高の550

Gbit/in2の記録密度を実現できることを示しました。

これを契機として、HDDメーカーにおける媒体開発が一挙に加速され、現在はメーカーにより1.5 Tbit/in2の熱アシスト磁気記録が報告されています。

実用化には粒子のサイズ分散をさらに減少させたり、粒子形状を柱状に成長させるなど、まだまだ改良が必要です。その一環として、新規非磁性材料を提案したり成膜プロセスを改良したりすることにより、図2に示されるような軸比2の柱状構造を持つFePt系媒体の作製にも成功しています。

再生ヘッド:電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP-GMR)素子

MgOの薄い絶縁層をCoFeBの強磁性電極で挟んだトンネル磁気抵抗(TMR)素子が現在HDD用の再生ヘッドとして使われています。

TMR素子は高い磁気抵抗比が得られるために磁気センサーとして優れていますが、中間層として絶縁体を用いるために素子抵抗が高く、高速で応答する低抵抗素子に向いていません。全て金属層で構成される電流垂直型巨大磁気抵抗

(CPP-GMR)素子では素子抵抗を簡単に下げることができますが、これまでのCPP-GMR素子では磁気抵抗出力が低すぎるために、実用には至っていません。

CPP-GMRの出力は、素子を構成する強磁性層のスピン分極率に大きく依存します。私たちは点接触アンドレーフ反射法によるスピン分極率測定により高いスピン分極率を示す強磁性材料の探索を系統的におこない、Co2Fe(Ga0.5Ge0.5)

(以後CFGG)等の新しい高スピン分極材料を開発してきました。さらに、これらの材料のデバイス適合性を示すために、新規材料でCPP-GMR素子を作製し、高い磁気抵抗出力が得られることを示してきました。

図3には、CFGGを用いたCPP-GMR素子のTEM像と磁気抵抗曲線を示しています。上下CFGG層が高スピン分極をもたらすL21構造に規則化していることが確認され、それによりCPP-GMRでは世界トップレベルの磁気抵抗出力が達成されています。これまでは材料のポテン

超高密度の磁気記録用材料環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット 磁性材料グループ高橋有紀子

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット スピントロニクスグループ葛西伸哉

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット 磁性材料グループ古林孝夫

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット ユニット長宝野和博

この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

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NIMS NOW 2014 March

たかはし ゆきこ 博士(工学)。2001年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、NIMSポスドク。2010年よりNIMS主幹研究員。 / かさい しんや 博士(理学)。2004年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。同年、京都大学化学研究所助手。2009年よりNIMS主任研究員、現在に至る。 / ふるばやし たかお 理学博士。1984年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。同年、金属材料技術研究所(現、NIMS)入所。現在に至る。 / ほうの かずひろ Ph.D。1988年ペンシルバニア州立大学大学院博士課程修了。カーネギーメロン大ポスドク、1990年東北大金属材料研究所助手、1995年金属材料技術研究所主任研究員などを経て2004年より現職。

Profile

図1 (a) HDDの写真、(b)ヘッドと媒体部分の模式図、(c) CoFeB/MgO/CoFeB強磁性トンネル接合の断面TEM像、(d)CoCrPt媒体の面内のTEM像(ビットはイメージ)

図3 CFGG/Ag/CFGG-CPP-GMRの(a) 断面のHAADF像、(b)(c)上下CFGG層のナノビーム電子線回折像、(d)Ru, Ag, Co, Fe, Ga, Geの元素マップ、(e)室温および(f)10Kでの磁気抵抗曲線

図4 (a) LSV素 子の模 式 図、(b) LSV素子を搭載した再生ヘッドの模式図、(c) CFGGとCuを用いて作製したLSV素子のSEM像と(d)スピン信号曲線

図2 FePt-Cr2O3媒体の(a)面内TEM像、(b)断面TEM像、(c)高角散乱環状暗視野(HAADF)像、(d)Feマップ、(e)Crマップ、(f)Ptマップ

シャルを示すために、単結晶素子による研究をおこなってきましたが、最近は工業的な応用を視野にいれて、Si基板上に成膜される多結晶素子での高性能化に挑戦しています。

再生ヘッド: 面内型スピンバルブ(LSV)素子

再生ヘッドの分解能は素子の大きさに依存するので、4 Tbit/in2を超える磁気記録に応用していくために素子の厚さを15 nm程度にまで低減しなくてはなりません。

現在のTMR素子や現在開発中のCPP-GMR素子では一方の強磁性電極の磁化を固定するために10 nm程度の反強磁性層が必要となり、素子の極薄化が困難です。この問題を解決する有力な手段として、CPP-GMR素子を面内に展開した面内型スピンバルブ(LSV)素子の可能性が検討されています。

図4(a)に示すようにLSV素子は、スピン偏

極電流を強磁性層(FM1)から非磁性層(NM)に注入し、もう一方の強磁性(FM2)/非磁性界面で拡散伝導したスピンを検出します。図4

(b)にLSV素子を搭載した再生ヘッドの模式図を示していますが、再生部分は強磁性層と非磁性層の2層で構成されるために素子の極薄化が可能です。面内型スピンバルブ素子については、これまでパーマロイやCo等、比較的古くから知られている材料での報告しかありませんでしたが、私たちは高スピン分極材料であるCFGGを用いることで、従来よりも17倍も大きな出力を得ることに成功しました(図4(c)(d))。

現在、これらの新規高スピン分極材料を用いてLSV素子で再生ヘッド応用に必要な出力が得られるかどうかの実験的検証を進めています。

HDD の将来:記録密度向上のために

HDDが将来にわたりデータストレージの主役を担い続けるためには、新材料と新記録方式の

導入により、記録密度が伸び続けていく必要があります。前述した熱アシスト磁気記録媒体、再生ヘッド用磁気センターの開発だけでなく、4 Tbit/in2の記録密度を実現するためには新たな技術の可能性も併せて検討していく必要があります。

そのために、例えば以下のような新しい技術の可能性の検討もおこなっています。

① 媒体に高周波磁場を印加することにより磁化の歳差運動を誘起し、磁化反転の磁界を低下させるマイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)方式を実現するための記録ヘッドと媒体

② 1粒子を1ビットに対応させるビットパターン磁気記録(BPM)媒体

③ 円偏光レーザーを用いた磁気記録(AO-HDS)

デバイスの多様化やそれに伴うクラウドコンピューティングの利用により、データ量は将来、確実に拡大していきます。膨大なデータの保存や利用に最適なストレージであるHDDのさらなる大容量化をめざし、研究を推進していきます。

04

(a)

(d)

(b) (c)

この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

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NIMS NOW 2014 March

電流書き込み型 STT-MRAM とは

磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)はメモリデバイスのひとつであり、電源を切っても情報が失われないこと、つまり不揮発性が大きな特長です。また、待機時の消費電力を原理的にゼロにできることから、情報通信機器の省エネへの寄与が期待されています。

このように、地球規模のエネルギー問題やモバイル機器の低消費電力化を背景に、MRAMは今後ますます重要になってくると考えられます。また、宇宙からの放射線に対する耐性が高いことから、旅客機のフライトレコーダーなどの応用でも使われています。

スケーリング限界や待機時消費電力の問題など、半導体メモリが抱える課題を解決し、情報機器の高性能化、低消費電力化に着実に寄与していくためには、MRAMの各メモリセルを半導体素子と同様に微小化することが必要です。

強磁性体そのものは、半導体DRAMのキャパシタより遥かに小さい数nmのものも作製できるのですが、情報の書込み、具体的には磁性体の磁化の方向を変える操作が微小素子では難しくなってきます。

図1は、電流が作る磁場によって情報書込みを行うMRAMとスピン移行トルク(STT)と呼ばれる現象を用いたMRAMの模式図です。それぞれ1個のメモリセルの構造図であり、実際のメモリデバイスではセルをアレイ状に並べて大容量化します。いずれのMRAMセルにおいても、セル選択トランジスタの上方に強磁性体電極/トンネルバリア/強磁性体電極という積層構造を有する強磁性トンネル接合(MTJ)が配置されています。

磁場書込型では、素子サイズが小さくなると、細い配線に流すことのできる電流の大きさでは書込めなくなるという問題が生じます。一方、STT型ではMTJ内部において一方の強磁性電極

(磁化固定層)が電流をスピン分極させ、その電流のスピンがもう一方の強磁性電極(記録層)の磁化に移行され、その際に生じるトルクによって磁化反転(記録書込み)がおこなわれます。

電流を逆方向に流すと記録層の磁化も逆方向を向くという面白い現象であると同時に、電流密度が重要な物理量であり、微小素子の方がむしろ磁化反転させやすいという側面をもっていま

す。この「STTによる磁化反転」は近年活発化してきた新しい研究開発分野であり、磁性やスピンの本質に迫る未解決問題も多く残されています。

STT-MRAM 用強磁性トンネル接合

STT-MRAMに用いるMTJには、いろいろな特性が要求されます。最も基本となる磁気抵抗効果は、MTJの平行磁化状態と反平行磁化状態の間のトンネル抵抗の大きさの変化率(MR比)で定義され、実用的な読出特性を得るために100%を超える値が必要です。また、STT書込みのための電流値(Jc)はトランジスタの微小化に対応して小さい値でなければなりません。

記録情報の長期間の不揮発性を担保するには、ハードディスクの記録媒体と同様にMTJの強磁性体電極が大きな磁気異方性をもつことが必要ですが、Jcの低減と両立させるには垂直磁化膜が有効であることが磁化ダイナミクスの研究より明らかにされています。

垂直磁気異方性の重要性がハードディスクの場合と共通していて面白いのですが、STT-MRAM用MTJでは更に、高MR比と低Jcの実現に向けて、トンネル電子の大きなスピン分極率と低磁気ダンピングが必要となります。MTJ用の垂直磁気異方性材料の開発がSTT-MRAMの将来を決めるといっても過言ではありません。高特性の垂直磁化膜をMTJ素子として完成させるには、トンネルバリア材料がその垂直磁化膜に適合することも必要になります。

垂直磁化を示す磁性超薄膜

1 nm程度の超薄膜状にした強磁性体は、酸化マグネシウム(MgO)などの酸化物層をその上に積層させることでその酸化物との界面に強い垂直磁気異方性が誘起されます。この原理を利用して作製された垂直磁化型MTJ素子を用いてMRAM応用に向けた研究が盛んにすすめられています。

私たちはこの垂直異方性の起源を解明し、より大きな垂直磁気異方性を得ることを目的に材料探索を含めた研究をおこなっています。

まず注目したのは低いダンピング定数と高いスピン偏極率が両立する材料として知られる

Co2FeAlです。Crの上に0.8nmという極薄のCo2FeAlを作製し、上部をMgOで覆うことで薄膜面直方向に磁化が向く垂直磁化膜になることを発見しました1)。

図2に示した磁化曲線は、Co2FeAl超薄膜は膜垂直方向に磁化方向が向きやすく、膜面内方向には磁化が向きにくい特性を表しています。このような界面誘起異方性では、理論的にはFeの存在が重要とされていますが、Co2FeAlのようにCoが多く、また、比較的複雑な構造を持つ規則合金材料において強い異方性が得られたことは、物理的な起源の解明においても興味深いところです。

また、超薄膜層としてFeを用いた構造において、界面誘起異方性の理論限界実現を狙う研究も同時におこなっています。図3には0.7nmのFe層とMgO層間に現れた磁気異方性特性を示しています2)。単純な構造ながら、この構造で得られた磁気異方性は18nm径の微小素子まで対応するほどの極めて大きなものです。このような高い特性が得られたのは電子顕微鏡像からもわかるとおり、たった5原子層という薄いFeを単結晶で平坦に作製することに成功したためです(図3上)。今後、このような強磁性超薄膜を用いた大容量MRAMへの応用が期待されます。

新しいトンネルバリア材料:スピネル構造を持つバリア

現在、MTJ素子のトンネルバリア材料としてMgOが主に利用されています。MgOバリアを用いたMTJでは、結晶方位が特定方向にそろった場合に現れる「コヒーレントトンネル効果」と呼ばれるメカニズムにより、実効的なスピン分極率が大きくなり、その結果、室温で数百%という巨大なTMR比が得られることが知られています。

その一方で、MgO以外の材料を用いて、この効果によって大きな室温TMR比が得られた例はなく、バリア材料の他の選択肢が全くありませんでした。

最近、私たちはスピネル構造を持つMgAl2O4

を高品質な単結晶として作製することに成功し、バリア層として機能することを発見しました(図4)。また、室温300%を超える大きな室温TMR比を達成し、これによってスピネルバリアがMgO

STT-MRAM 用トンネル磁気抵抗素子材料環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット スピントロニクスグループ グループリーダー三谷誠司

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット スピントロニクスグループ介川裕章

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みたに せいじ 博士(工学)。1993年名古屋大学大学院修了、東北大学助手、2001年同助教授、2008年NIMS、2009年から現職。専門は磁性薄膜、スピントロニクス素子。 / すけがわ ひろあき 博士(工学)。2007年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、同年から現職。専門は磁性薄膜、スピントロニクス素子。

Profile

NIMS NOW 2014 March

以外で初めてコヒーレントトンネル効果をもたらすバリア材料であることが明らかになりました3)。

スピネルは、宝石の一種としても知られている安定な材料であり、MgOでみられるような潮解性もありません。スピネルバリアの作製法を工夫することでスピネルの結晶格子サイズを数%にわたり連続的に変化させることができるため、強磁性体

との界面に欠陥を含まない極めて高品質なMTJ素子の創製が可能であることがわかりました。

このNIMS発のバリア材料を用いることで、今後さらに巨大なTMR比の実現や、複雑な結晶構造を持つ垂直磁化材料と組み合わせた素子構造が可能になるため、STT-MRAMのみならず、今までに無い画期的な磁気デバイスの可能

性が拓かれます。

1)Z. C. Wen, H. Sukegawa, S. Mitani, and K. Inomata, Appl. Phys. Lett. 98, 242507 (2011).

2)J. W. Koo, S. Mitani, T. T. Sasaki, H. Sukegawa, Z. C. Wen, T. Ohkubo, T. Niizeki, K. Inomata and K. Hono, Appl. Phys. Lett. 103, 192401 (2013).

3)H. Sukegawa, Y. Miura, S. Muramoto, S. Mitani, T. Niizeki, T. Ohkubo, K. Abe, M. Shirai, K. Inomata, and K. Hono, Phys. Rev. B 86, 184401 (2012).

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット スピントロニクスグループ林 将光

スピントロニクス素子の新しい展開 - スピン軌道相互作用の利用 -

磁化の制御技術の発展とデバイスへの応用

強磁性体の磁化方向を電流で操作する技術が近年大きく進展し、最近ではこの技術を利用した磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)が実用化されています。MRAMは、コンピュータで使われているフラッシュメモリなどの半導体メモリよりも高速・省エネというメリットがあり、既存のすべての種類の半導体メモリを置き換えることができるユニバーサルメモリとして期待されています。しかし、ハードディスクやフラッシュメモリなどのように大容量ストレージとして応用するには多くの課題が残されています。

MRAMの大容量化のためには素子サイズを小さくして行く必要があり、MRAMが今後広く

応用されるようになるためには、ナノサイズの強磁性体の磁化方向をできるだけ低電流で制御する技術の開発が鍵になっています。

強磁性体の磁化を制御するのに必要な電流は、大きく分けて2つの物理的パラメータに依存します。ひとつは強磁性体の磁化や磁気緩和の大きさ、スピン分極率注)などの材料特性、もうひとつは素子の形状やその大きさになります。磁化・磁気緩和定数が低く、スピン分極率の高い材料を選択することにより、ある程度磁化を制御する電流を低くすることができます。また、素子を小さくすると低電流で磁化を制御することができますが、素子の形状は微細加工の精度で決定されてしまうので、現状では数10 nm以下に小さくすることはできません。

スピン軌道相互作用を利用した「スピン流」の生成

磁化制御において、最近、スピン軌道相互作用の大きな物質を利用してスピン分極した電子の流れを作り出し、それにより低い電流で磁化の方向を制御する技術が注目されています。

スピン軌道相互作用が大きいTaやPtなどの重い元素では、スピンホール効果と呼ばれる現象が観測されます。

通常、金属に電流を流すとすべての電子はそのスピンの向きに関係なく、電流と逆向きに動きます(図1左)。一方、スピン軌道相互作用が大きい物質では、電子の移動方向がスピンの向きに依存します。たとえば、スピンホール効果が比較的大きいとされるPtに電流を流すと、上向

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図2 Co2FeAl超薄膜の構造(左上)、 Co2FeAl合金の結晶構造(右上)、 Co2FeAl超薄膜が示す磁化曲線(下)。膜面直磁界によって磁化しやすい垂直磁化膜が得られている

図3 (上)鉄(Fe)超薄膜の構造の模式図と試料の断面電子顕微鏡像(HAADF-STEM像)。単結晶成長した5原子層の鉄(Fe)が実現している。(下) Fe超薄膜が示す磁化曲線。非常に大きな垂直磁気異方性特性が得られている

図4 (左)MgAl2O4の結晶構造。(右)Fe/MgAl2O4/Fe構造を有する単結晶MTJ素子の断面電子顕微鏡像(TEM像)

図1 磁場書込み型(左)およびスピン移行トルク

(STT)型(右)のMRAMセルの構造模式図

この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

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き(緑色)のスピンを持った電子は左に、下向き(紫色)のスピンを持った電子は右に移動します(図1右)。ここで重要となるのは、膜面水平方向のスピンを持った電子で、これらのスピンは上または下方向に移動します。図1を見ると、TaやPt層の上の膜にはスピンの向きが右方向(青色)にそろった電子のみが入射します。

このような分極率が100 %の電子の流れを「スピン流」と呼びます。スピンホール効果で生成されるスピン流を利用して、重い金属の膜に接触する強磁性層の磁化を低電流で制御する技術が注目されています。

スピンホール効果を利用した磁化反転技術

図2にスピンホール効果を利用した磁化反転技術の応用例1)を模式的に表しました。重金属層に電流を流すと、それに接触する強磁性層にスピンの向きが一方向にそろった電子群、つまりスピン流が流れ込み、そのスピンが強磁性層の磁化に力を加え、磁化の方向が反転します。

TMR素子やCPP-GMRなどの面直電流型の素子(駆動電流が素子の積層面に垂直に流れる型)と異なり、この素子構造における磁化反転に必要な電流値は重金属層の膜厚に依存し、プロセスの最小加工寸法によらず低電流で磁化を反転させることができます。

最近の研究から、たとえば重金属(Ta)層の膜厚がわずか1nmもあれば磁化を制御するのに十分なスピン流を発生できることがわかりまし

た2)。今後、スピンホール効果を利用した素子化、

実用化に向けて、さらにスピンホール効果の大きい材料の探索や、重金属層と強磁性層との界面でスピン流を効率良く生成する技術を確立していくことが重要であり、こうした研究が省電力型の磁性メモリ・ストレージ素子の開発につながることを期待しています。

1) M. Yamanouchi et al., Appl. Phys. Lett. 102, 212408 (2013).

2)J. Kim et al., Nat. Mater. 12, 240 (2013).

注)スピン分極 :電子が有する自転に相当する性質のことをスピンといい、磁気の起源でもある。スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態があり、一定の集団における向きの偏りをスピン分極という。

はやし まさみつ Ph.D。 東北大学大学院修士課程終了、Stanford大学博士課程終了。IBM Almaden Research Centerポスドク研究員を経て、2008年よりNIMS主任研究員。

Profile

図1 金属に電流を流したときの電子の動きを模式的に表した図。左:銅などの比較的軽い金属では電子はそのスピンの向きによらず同じ方向に動く。右:TaやPtなど、スピン軌道相互作用が大きい重い金属に電流を流すと、「スピンホール効果」によって電子の動く方向はそのスピンの向きに依存する

図2 「スピンホール効果」による磁化反転を利用したMTJ素子の模式図。強磁性(自由層)/非磁性(トンネル障壁層)/強磁性(参照層)の3層構造を持つMTJ素子を重金属層(Taなど)の上に配置し、重金属層に電流を流すことで自由層の磁化操作を行う。右は重金属層、自由層、トンネル障壁層の断面TEM像

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット 磁性材料グループ桜庭裕弥

磁性材料における異常ネルンスト効果を利用した、新たなエコロジー発電技術

新しい熱電発電の方法

金属や半導体などの電気伝導性を有する物質に対し熱流を印加した際に、熱流と同軸方向に電子やホールなどのキャリアの流れが誘起される現象を「ゼーベック効果」と呼びます。

ゼーベック効果は、熱エネルギーを直接的に電気エネルギーに変換することができるため、一次発電に伴う廃熱や、太陽熱・地熱などの環境熱を利用したエコロジーな発電技術「熱電発電」として長い間、大きな注目を集めてきました。

しかし、ゼーベック効果は熱と電気の流れが同軸方向に発生するため、発電モデュールは、図2(a)のようにn型とp型半導体を交互に並べ、その上下を直列的に接続し電圧を高める複雑な構造を避けられない課題がありました。

そこで私たちは近年、磁性材料において発現する「異常ネルンスト効果」を熱電発電に応用することを提案し、その発電性能を高める研究をおこなっています。

異常ネルンスト効果とは、ある方向に磁化Mをもった磁性体に熱勾配∇Tを加えた際に、そ

の外積方向(Mと∇T双方と直交する方向)に電圧が生じる現象です(図1(b))。現状では、その熱電能はゼーベック効果の10分の1以下の小さいものですが、熱流と電圧が直交する特徴を活かすことにより、従来の熱電では実現できなかった新たな応用が期待できます。

大面積熱源、3 次元的熱源を用いた応用

異常ネルンスト効果は熱流と電圧が直交して生じるため、図2(b)のように磁性体の細線を

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重金属層で生じるスピンホール効果によって、スピンの向きがそろった電子群が自由層に侵入

電流を流すと磁化が反転

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さくらば ゆうや 博士(工学)。2006年東北大学工学研究科応用物理学専攻博士後期課程修了、2007年より同金属材料研究所磁性材料学研究部門助教、2013年よりNIMS主任研究員。

Profile

図1 (a)ゼーベック効果と(b)異常ネルンスト効果。異常ネルンスト効果は磁性体において磁化Mと熱勾配∇Tの外積方向に電圧が生じる現象

図2 (a)ゼーベック発電モデュールと(b)、(c)異常ネルンスト発電モデュールの概略図

NIMS NOW 2014 March

熱源に這わせ、両端を直列的に接続する極めて簡便な構造で細線の長さに比例し電圧を増大させることができます。隣り合う磁性体で電圧が逆に出る2種類の材料を用いずとも、同一材料に保磁力差をつけ、磁化の向きを交互に逆向きにするだけで、電圧増大が可能なことも従来熱電にはない特徴です。

さらに、電圧が熱源面に対し面内に現れる特徴を活かせば、3次元的に歪な構造を持つ熱源を利用することも容易になります。例えば、図2

(c)のような円筒状の熱源に対して、一つの磁性線を螺旋状に巻き付け、その磁化を円筒の長さ方向に揃えれば、電圧は常に円筒の接線方向に現れるため、線長に応じた電圧出力を得ることができます。

すなわち、従来のゼーベック効果が1次元的な現象であったのに対し、異常ネルンスト効果の熱・磁化・電圧の3次元性を利用することによって、空間の自由度を広げた新たな応用が期待できるわけです。

今後の研究によって、熱電能や発電効率の改

善は必須の課題となりますが、近年のスピントロニクスにおける研究から磁性体中のスピン散乱機構を制御することで、大幅な熱電能の改善

が期待されており、ナノレベルの微視的視点からの材料開発に取り組んでいます。1) Sakuraba et al., Appl. Phys. Express 6, 033003 (2012).

現在、ネオジム磁石はハイブリッドカーのモーターなどに用いられていますが、自動車用モーターの小型化、高出力化のためには、より強力な磁石が求められています。磁石の特性は、その材料の微細組織に大きく依存することから、私たちは電子顕微鏡やシミュレーションを用いて、微細構造と磁気特性の関係を徹底的に解析し、ネオジム磁石が本来有する特性を最大限に引き出すための微細組織の設計指針を提案しています。

ネオジム磁石の微細組織

一般的なネオジム磁石は、図1に示すように、5μm程度の結晶粒の粒界3重点にNdが濃化*したNdリッチ相に加え、2粒子粒界にわずか数nm程度のNdが濃化したNdリッチ粒界相が存在します。強い磁石をつくるには、個々の粒子の

磁気的な結合を分断し、雪崩的に起きる磁化反転を抑制することが重要です。特に、2粒子粒界に形成されるNdリッチ粒界相は、反転した磁区の伝播の障害となるため、磁化反転の抑制に決定的な影響を及ぼします。こうしたNdリッチ粒界相の形成を制御するには、熱処理中に粒界3重点に存在するNdリッチ相の中でも、特に金属Nd相の分布に関する知見が重要となります。

ミクロ・ナノ組織解析の融合による微細組織の理解の進展

Ndリッチ相には、金属Ndの他に、NdOx 、Nd2O3などの酸化物、NdFe4B4相など、種々の相が存在します。従来の反射電子SEM像

(BSE)による観察では、いずれの相も同じようなコントラストを示すため、個々の相の判別は困難です(図2上段のBSE)。しかし、最新の検出

器(In-Lens検出器)を装備したSEMを用いて観察すると、Ndリッチ相が異なるコントラストで観察できるようになります(図2上段のIL-SE)。

しかし、SEM像のコントラストからは、相を決定することができません。そこで、元素分布や構造解析が可能なTEMを用いてSEMで観察した視野と同一の視野を観察し(図2下)、In-Lens SEM像のコントラストと相を対応づければ、後はSEM像を見るだけで各相の分布を簡便に評価できるようになります1)。

ナノ・原子レベルでの組織観察と制御 

更に、原子配列を直接観察できるTEMや、合金元素の空間分布を測定できるアトムプローブを用いれば、Ndリッチ粒界相の構造や成分に関する知見を得ることができます(図3)。Ndリッチ粒界相は、これまで磁性を持たない相である

ネオジム磁石に最適な微細組織の設計環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニットナノ組織解析グループ佐々木 泰祐

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット ナノ組織解析グループ グループリーダー大久保 忠勝

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この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

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と考えられていましたが、最近の観察結果から強磁性相であることが示唆され、それが様々な手法により証明されつつあります。このような粒界相の磁性情報と微細組織をマイクロマグネティクス計算(図3)に反映させ、微細組織が磁気特性に与える影響を予測し、その結果を元に最適な組織設計を提案し、さらには、提案した

最適組織を創り込むプロセスをラボレベルで開発しています。

1) T.T. Sasaki, T. Ohkubo, K. Hono, Y. Une, M. Sagawa, Ultramicroscopy, 132 (2013) 222.

*濃化:濃くなること

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ささき たいすけ 博士(工学)。2008年筑波大学大学院修了、米国アラバマ大学ポスドクを経て、2011年より現職。 / おおくぼ ただかつ 博士(工学)。1989年長岡技術科学大学大学院修了、2002年NIMS入所、主任研究員を経て、2006年より現職。

Profile

図1 ネオジム磁石の微細組織のSEM像 図2 SEM/TEM同一視野解析の例 図3 原子分解能HAADF-STEM-EDSと3DAPによるNdリッチ粒界相の観察と、マイクロマグネティクスシミュレーション

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット ユニット長宝野和博

元素戦略磁性材料研究拠点NIMS ポスドク研究員秋屋貴博

ICYS-SENGEN NIMS ポスドク研究員H. Sepehri-Amin

環境・エネルギー材料部門 磁性材料ユニット ナノ組織解析グループ グループリーダー大久保 忠勝

200℃の高温にも耐える、ジスプロシウムを使わないネオジム磁石

熱間加工のネオジム磁石に着目

近年、ハイブリッド自動車用モーターの用途でネオジム磁石の使用量が急増しています。使用中に温度が200℃程度まで上がるため、磁石に耐熱性を持たせる効果のあるジスプロシウム(Dy)が8 %程度使われていますが、この元素は地政学的資源リスクが高いレアメタルに分類されています。

高性能なネオジム磁石は一般には焼結磁石です。結晶粒子のサイズが小さいほど保磁力が高まることが知られており、実験的には1μmまで結晶を微細化した磁石で2 Tの保磁力が報告されています。結晶をさらに小さくすれば、より高い保磁力が期待できますが、実現には技術的に高いハードルがあります。

一方、急冷法で作製されたナノ結晶を含む合金粉を熱間で押し出し加工する熱間加工という手法で作製された磁石では、扁平でサイズが直径0.3μm、厚さ0.08μmの小さい結晶になることが特徴です。しかし結晶が焼結磁石より一

桁以上小さいにもかかわらず、保磁力が焼結磁石と同程度しか出ておらず、結晶粒の微細化の効果を十分活用されていないと考えられていました。この原因が、粒子間の磁気的な結合にあることがわかり、非磁性合金を拡散浸透させて磁気的結合を切ることで保磁力を高める手法が開発されました。

結晶の磁気分断処理で体積膨張を食い止める工夫

今回の研究では、大同特殊鋼(株)から提供された 5.6 mmの厚みの直方体状の熱間加工ネオジム磁石(磁石の配向方向は厚み方向)を用いました。磁石の残留磁化と保磁力は、それぞれ1.39 T、1.40 Tでした(図1)。

通常の拡散処理では、耐熱性の指標となる保磁力は1.97 Tに高まりましたが、残留磁化は1.27 Tまで減少し、磁石の性能である最大エネルギー積(BH)maxも低下しました。その原因は、非磁性のNd70Cu30共晶合金が磁石内部に拡散

することで磁石の厚みが9 %も膨張し、磁化が希釈されたことにあります。

そこで拡散処理中に起こる体積膨張を拘束し、浸透する非磁性合金の量を抑えた結果、保磁力を1.92 Tまで高めながら、1.36 Tの残留磁化が観測されました。

図2は、Nd-Cu拡散処理前後の微細組織観察の結果とその模式図で、円盤状の磁石粒子が重なった構造をしています。拡散処理前(a)は粒界層の比率が少なく、各磁石粒子が直接接触していることがわかります。拡散処理後(b)では、明らかに明るく見える粒界層の厚さが増加しており、大量の非磁性合金が浸透することで磁石粒子の配向に乱れが生じています。その結果、8.6 %もの残留磁化の低下が起りました。

一方、膨張拘束をおこなった拡散処理(c)では、浸透するNd-Cu相の量が適度に抑制されていることがわかります。磁石粒子の配向も保たれており、残留磁化の低下も2.6 %に抑えることができました。

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青点の拡大

緑点の拡大

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ほうの かずひろ プロフィールはP.4を参照。 / あきや たかひろ 博士(工学)。東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士過程修了、東北大学未来科学技術共同研究センター助教を経て、2012年NIMSポスドク研究員。 / H・セペリ・アミン 2011年3月筑波大学博士課程修了。同年9月よりICYSフェローとしてNIMSの若手国際研究センターに勤務。 / おおくぼ ただかつ プロフィールはP.9を参照。

Profile

図2 Nd-Cu拡散理前後の微細組織の比較。上段は磁石の容易軸が上下方向、下段は容易軸が紙面に垂直に向いている。像のグレーの領域は磁石粒子、白く見える領域は非磁性の粒界層(a),(d):拡散処理前、(b),(e):通常の拡散処理後、(c),(f):変形拘束拡散処理後

図1  約520 ℃で溶ける非 磁 性のNd70Cu30合金で拡散処理した試料と処理前の試料の減磁曲線の比較。通常の拡散処理および変形拘束拡散処理を行った結果が、それぞれ青色および赤色で示されている

図3 今回作製した熱間加工磁石と商用の焼結磁石の、保磁力および最大エネルギー積の温度変化

元素戦略磁性材料研究拠点の設立目的

元素戦略磁性材料研究拠点(Elements Strategy Initiative Center for Magnetic Materials; 以下ESICMM)は文部科学省元素戦略<拠点形成型>プロジェクトの「永久磁石課題を推進する拠点」として2012年8月にNIMSに設置されました。

その目的は、(1)希少元素を使用しないで現在使われている磁石材料の特性を極限まで高めることと、(2)新しい物質を探索してどこにでも豊富に存在する元素だけを使った新規磁石材料を発見することです。

ESICMMは、磁石に関する材料科学の徹底

的な掘り下げによってこれらの課題を解決するために設立され、図1に示す8つの研究機関に属する18名の主査研究者(PI)がテーマリーダになって研究をすすめています。その顔ぶれと研究内容はwebに掲載されています(http://www.nims.go.jp/ESICMM/)。

関係者はESICMM全体で約150名、そのうち、NIMSの職員は平成26年1月時点で31名です。研究者は(1)電子論グループ、(2)解析評価グループ、(3)材料創製グループのいずれかに所属していますが、研究拠点として活動することの狙いは、グループを超えた研究者間のネットワークを形成し、SPring-8やJ-PARC、京コンピュータなどの大型施設を活用し、従来の磁石

研究には欠けていた新たな視点での共同研究をおこなってブレークスルーを創出することです。

磁石材料研究の新たな課題

磁石は磁化と逆方向に加わる磁界の強さが「保磁力」と呼ばれる閾値を超えると、磁石の磁化が不可逆的に反転(磁化反転)してしまい、永久磁石として磁界を発生できなくなります。モーターや発電機の使用中にそのようなことが起こらないように、永久磁石には高い保磁力が必要とされています。保磁力を生み出すために材料に求められるのは、外部から磁界がかかっても磁化(磁気分極ともいいます)が一方向に保たれる性質で、このこ

元素戦略磁性材料研究拠点代表研究者広沢 哲

元素戦略磁性材料研究拠点における永久磁石研究のネットワーク

ジスプロシウム含有ネオジム磁石に匹敵する特性

図3に示すように室温でNd-Cuの拡散処理をおこなった熱間加工磁石の保磁力は市販ネオジム焼結磁石(Dy4 %)よりやや小さい値ながら温度依存性はDyを含む焼結磁石よりも低くなります。これは微結晶化の顕著な効果です。

膨張拘束拡散処理磁石の最大エネルギー積は、電気自動車や風力発電機などで要求される200℃で190 kJ/m3に達しました。保磁力はまだ足りませんが、最大エネルギ積ではDy8 %を含む焼結磁石よりも10 %以上高い特性が得られています。

本研究では、熱間加工磁石において、低融点のネオジム合金の体積膨張を拘束した拡散浸透処理で結晶粒界に沿って非磁性層を形成することにより最大エネルギー積の減少を最小限に抑えながらDy4%を含む焼結磁石と同等の保磁力に改善しました。

実用化のためには、200℃で0.8 Tを超える保磁力と少なくとも150 kJ/m3も最大エネルギー積の実現が必要ですが、このような知見は、従来の焼結磁石を更に高性能化するための設計指針

としても役立てられるものと期待しています。

焼結磁石:合金の粉を焼き固める方法で作られた磁石保持力:減磁曲線において磁化がゼロになる磁場の値。あるいは、磁石の磁化がゼロになる、逆向き磁場の強さ

T. Akiya, J. Liu, H. Sepehri-Amin, T. Ohkubo, K. Hioki, A. Hattori, K. Hono, High-coercivity hot-deformed Nd-Fe-B permanent magnets processed by Nd-Cu eutect ic diffusion unde r e xpans i on cons t r a i n t , S c r i p t a Mater. 2014; http://dx.doi.org/10.1016/j.scriptamat.2014.03.002

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この材料が、未来をひきつける省エネ磁性材料の研究開発

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ひろさわ さとし 博士(工学)。1981年京都大学大学院博士後期課程修了。ピッツバーグ大学ポスドク、カーネギーメロン大学ポスドクを経て1984-2004年住友特殊金属(株)、2004-2007年 ㈱NEOMAX、2007-2012年日立金属(株)、以降NIMS特別研究員。レアアース磁石の研究開発。

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図2 Nd2Fe14B化合物の結晶構造と磁壁構造との大きさの比較。矢印は磁化ベクトル、●はFe、●はNd、●はBの結晶構造図の底面上での位置を示す。紙面上下方向の直線は結晶の磁化容易方向[001]、横方向の直線は磁壁の法線方向、影つき平面は磁壁面、曲線は磁化ベクトルの回転角度を表し、曲線への接線が磁壁幅の目安を与える

図3 磁性材料研究拠点の研究グループのテーマと研究プラットフォームの役割図1 元素戦略磁性材料研究拠点の参画機関

とを「結晶磁気異方性が大きい」といいます。そのため、近代の高性能磁石は全て、結晶磁気異方性が並外れて大きな化合物を使用しています。それと同時に、高い磁気エネルギーを得るためには、材料の飽和磁化の値が大きいことも必要です。これら二つの要件を満たす代表的な磁性化合物が、ネオジム磁石に使用されているNd2Fe14Bです。

しかし、ネオジム磁石では磁石の温度が上昇すると保磁力が減少するので、ハイブリッド自動車などで必要とされる温度で使うためには、さらに保磁力を高くしておかなければなりません。

資源問題を抱えている希土類元素(レアアース)のDyやTbが使われるのは、これらの元素でNdの一部分を置き換えることによって、保磁力を高めることができるためです。

ハイブリッド自動車や電気自動車の駆動モーターとエネルギー回生用発電機にネオジム磁石の中でも保磁力の高い最高性能のものが使用されるようになった結果、ネオジム磁石の使用量が爆発的に増えています。将来は洋上風力発電などの需要も加わり、ネオジム磁石の需要は増えてゆくと予想されており、原料金属であるNd、DyやTbなどのレアアースの調達が懸念され、今のペースでDyやTbを使いつづけると、いずれこれらの元素は枯渇してしまいます 注)。

永久磁石研究の元素戦略

したがって、保磁力を支配するメカニズムと材料組織の要因を徹底的に調べ、希少元素に頼らないで保磁力を高める方法を生み出すことが、磁石の研究開発における元素戦略的アプローチとなります。

磁石に保磁力以上の磁界が働いて磁化反転が起きるのは、一方向の磁区で飽和した磁石内部に逆向きの磁区(逆磁区)が発生して拡がってしまうためです。磁区と逆磁区との境界を磁壁(じへき)といい、磁壁の内部では数ナノメートルという狭い範囲で磁化ベクトルがねじれています(図2)。

磁区と磁壁は純粋に磁気的な構造であって、材料の組織や構造とは独立に存在できるものですが、材料組織が磁壁と同じような大きさの構造を持つ場合には、その場所で磁壁のような磁気的構造が生まれやすくなったり、磁壁が材料組織と強く相互作用して動きにくくなったりします。

ネオジム磁石などのレアアース磁石では磁壁の厚みはほぼ4ナノメートル(nm)と非常に薄く、材料を構成する原子が粒として認識できるような相対的サイズしかありません。したがって、ナノメートルサイズの原子配列の乱れが磁石中に存在すると保磁力が大きく変化することになります。

例えばネオジム磁石は多数のNd2Fe14B結晶からできていますが、結晶と結晶の境界(結晶粒界)は幅が数nmの構造を持っています。

このような保磁力を変化させる要因を理解するには、サブナノメートルスケールの極微領域の材料解析や磁化の運動解析ができることが必要です。また微細構造と保磁力の関係を理解するための理論の発展も課題となっています。

研究者ネットワーク

ESICMMでは研究者が解析評価と理論領域

の研究プラットフォームに自由に行き来できる仕組みを作り(図3)、お互いに協力しあいながら研究をすすめています。NIMS研究者もその中の主要メンバーとして在籍しています。

原子スケールからナノ・マイクロメートルにおよぶマルチスケール組織解析の専門家チーム、SPing-8やフォトンファクトリーなどの放射光X線、J-PARCなどの大強度中性子線源を用いた磁気・構造解析チーム、Nd2Fe14Bなどの複雑な結晶構造を持つ磁石化合物の磁気物性と界面の磁気的性質を京コンピュータを使った大規模な理論計算で予測する理論家チーム、計算結果を受けて結晶の集合体である磁石材料の中の磁壁の運動状態を計算する理論解析チーム、磁区の生成過程を観察しそれらの時間発展過程を解析するチームなど、多数の研究チームが参加しています。

当初は、それぞれ専門の異なる研究者集団では使う用語も物理量の単位系も異なるような異分野でしたが、ESICMMの中で目標を共有化するに伴って非常に活発な分野融合型の連携が生まれつつあります。磁石の基礎研究の殿堂として、産業界に大いに活用されることを期待しています。

注) ウィキペディア「地殻中の元素の存在度」に掲載されているBarbalace, Kenneth. “Periodic Table of Elements”. Environmental Chemistry.com.の 値 に よ る と、Feが4100ppmであるのに対して、Ndが33ppm、Dyは6.2ppm、Tbに至っては1ppmと希少。Ndの33ppmというのは、亜鉛

(75ppm)や銅(50ppm)とコバルトやリチウム(いずれも20ppm)の間で、金属元素としては特に少ないわけではなく、合衆国やオーストラリアなどで休業中の鉱山での採掘が再開されれば供給量に不安はなくなるが、DyとTbが今後も安定供給されるかどうかはかなり不確実。

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NIMSは、1月29日~ 31日、東京国際展示場(ビッグサイト)において開催された「nano tech 2014 第13回国際ナノテクノロジー総合展・技 術 会議 」に出展しました。展示 会 全 体のテーマとして、前回に引き続き「"Life & Green Nanotechnology"10-9 Innovation」が掲げられ、今回は同時開催されたナノ関連展示会を合わせて3日間で48,000人余が来場されました。

NIMSブースには1,500人以上の来訪者がありました。

NIMSではナノ関連研究成果(15件)や研究拠点紹介を合わせて22件のポスター展示のほか、研究者によるミニ講演を連日おこないました。ポスター展示ではナノ組織の制御により高機能化した触媒、構造材料、発光材料や高性能センサーなどの研究発表に注目が集まり、また有機

半導体やバイオ材料などのミニ講演でも観客と活発な意見交換がおこなわれました。

会期中、冨岡勉文部科学大臣政務官、小松親次郎文部科学省研究振興局長、タイ王国国立ナノテクノロジー研究センター(NANOTEC)のProf. Pairash Thajchayapong らがNIMSブースを訪れ、研究成果発表に注目されていました。

1月29日~ 31日に開 催されたnano tech 2014(上記ニュース参照)において、NIMSが出展した先端研究成果の中から、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA) 生体機能材料ユニット 複合化生体材料グループの荏原充宏MANA研究者が発表した「抗癌活性を有するナノファイバーの開発」 がnano tech大賞プロジェクト賞(ライフナノテクノロジー部門)を受賞しました。

今回発表した不織布は、外部磁場による自己

昇温機能と加熱で誘導される薬剤放出機能をもつファイバーでできており、基礎実験段階ではありながら、温熱療法と化学療法を兼ね備えた効果的な癌治療法として期待される点が、高く評価されました。

1月27日、NIMSの潮田資勝理事長は米国テンプル大学 Temple Materials InstituteのMichael L. Klein所長とともに包括研究協力協定(姉妹機関協定)の調印をおこないました。テンプル大学(TU)は1884年創立のフィラデルフィアを拠点とするペンシルベニア州立大学の一つで、東京にもキャンパスを置いていることで知られています。Temple Materials Institute(TMI)は2009年にペンシルベニア大学からNIMSの国際アドバイザーでもあ

るKlein教授(現理工学部長)を所長に迎えて設立され、その後40名以上の著名な教授陣を新たに加えて、テンプル大学における材料研究を強力に推進するとともに、世界有数の材料専門研究所となっており、特に理論・計算材料科学の分野で優れた実績をあげています。現在、国際連携大学院協定締結に向けての協議もすすめられており、両者間の協力は今後いっそう深化・拡大するものと期待されます。

nano tech 2014 に出展

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表彰式で川合知二nano tech実行委員会委員長から表彰を受ける荏原充宏MANA研究者(右)

調印を終えた潮田理事長とKlein所長

NIMS 研究者が nano tech 大賞プロジェクト賞を受賞

米国 Temple Materials Institute と包括協力協定を締結

NIMSブースご来訪の小松文部科学省研究振興局長(右)NIMSブースご来訪の冨岡文部科学大臣政務官(左)NIMSブースの様子

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NIMS NOW vol.14 No.2 通巻145 号 平成26年3 月発行

表紙写真:レーザー補助広角3次元アトムプローブNIMS NOW vol.14 No.1 P.10 の図 2 におきまして、間違った図と解説が入っておりました。正しいものは、ウェブサイト http://www.nims.go.jp に掲載しております。