デンマークの国際平和活動 - eu centre...

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EUIJ-Kyushu Review Print edition: ISSN 2186-8239 Online edition: ISSN 2186-3385 デンマークの国際平和活動 ―国連・NATO・EU― Denmark’s Peace Operations: The UN, NATO, and the EU 五月女律子 Ritsuko SAOTOME Issues 3 and 4 - 2014

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EUIJ-Kyushu Review

Print edition: ISSN 2186-8239Online edition: ISSN 2186-3385

デンマークの国際平和活動―国連・NATO・EU―Denmark’s Peace Operations: The UN, NATO, and the EU

五月女律子Ritsuko SAOTOME

Issues 3 and 4 - 2014

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EUIJ-Kyushu Review Issues 3 and 4-2014 pp. 1-28

デンマークの国際平和活動―国連・NATO・EU―

Denmark’s Peace OPeratiOns: the Un, natO, anD the eU

北九州市立大学法学部五月女 律子 1 

Ritsuko SAOTOME

The University of Kitakyushu

[email protected]

Abstract

Denmark has taken part in many United Nations peacekeeping operations.

After the end of the Cold War, Denmark has also actively participated in peace

support operations led by NATO and the United States. However, Denmark has

not sent troops to military crisis management led by the European Union (EU),

because Denmark decided to opt out of the common defence of the EU.

The aim of this paper is to examine the change and continuity of Denmark’s

participation in peace operations. The first section of this article describes a

brief history of Denmark’s peace operations and the purpose of this article. The

second section examines the role of peace operations in Denmark’s security and

defence policy, comparing the Cold War era and post-Cold War era. The

Keywords: Denmark, EU, common defence, opt-out, crisis manage-

ment, NATO

1   I would like to express my gratitude to Gorm Rye Olsen and Anders Wivel. I could not write this article without their help and cooperation. 本研究は、JSPS 科研費25380200の研究成果の一部である。

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characteristics of Denmark’s security and defence policy changed after the end

of the Cold War. Denmark seeks close relations with NATO and the USA. Peace

operations are merged into Denmark’s security and defence policy, and Denmark

does not hesitate to use military means for conflict resolution. The third section

investigates Denmark’s participation in NATO-led peace operations. Facing

ethnic conflicts in the Balkans and terrorist attacks toward the USA, peace

support operations became a part of NATO’s missions. Denmark inclined to

participate in NATO-led military operations.

The forth section analyzes Danish reaction to the Common Foreign and Security

Policy (CFSP) and international crisis management of the EU. As Denmark’s

defence policy includes any operations that use military troops, military crisis

management is a part of the defence for Denmark. Even though the purpose

and means of the EU-led military crisis management is the same as NATO- or

the US-led peace operations, Denmark is not able to send troops because of its

opt-out. No Danish troops have participated in EU military crisis management

so far. However, Denmark has tried to adapt to the EU at the administrative

level as much as possible and joined in discussions that include defence matters

in the EU. Since Denmark can take part in civilian activities of the CFSP, it has

actively sent personnel to EU civilian crisis management.

The fifth section focuses on Denmark’s relations to other Nordic countries, the

USA, the UK and France in peace operations. Denmark has cooperated with

other Nordic countries, though each Nordic country has different security and

defence policy preferences. Denmark supports the USA’s policy and actively

participates in US-led military operations. Cooperation with the UK and France

can support Danish activities in international organisations. As Denmark is a

small country, strong ties with large countries are necessary.

In the final section, this paper shows that the Danish purpose of peace opera-

tions has not changed, even though Denmark has inclined to use military means

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デンマークの国際平和活動 (3)

1.はじめに

デンマークは1945年に設立された国際連合(国連)の原加盟国であり、1949年の北大西洋条約機構(NATO)の創設に参加し、1973年に欧州共同体(EC)に加盟した。冷戦期のデンマークにとって、安全保障は NATO、経済は EC、規範や価値の促進においては国連が重要な役割を果たす国際機構として認識され、対外政策は基本的にその棲み分けの中で行われてきた。平和維持、平和構築、平和創造、平和執行などの国際平和活動(peace

operations)は、冷戦期のデンマークにおいては自国の安全保障・防衛と切り離され、国連の平和維持活動(peacekeeping operations: PKO)に多くの要員が派遣された。

冷戦終結を契機として、NATO と欧州連合(EU)の国際関係における役割は大きく変化した。安全保障分野では、NATO は集団防衛のみならず、加盟国域外での平和支援活動(peace support operations: PSO)を積極的に行うようになった。1993年に EC の改組・再編で誕生した EU は、軍事的活動を伴う危機管理(crisis management)を任務に含む組織に変化していった。国連は世界各地で多発する地域紛争への対処を、これまでにも増して期待されるようになった。

デンマークはこのような国際環境の変化を自国にとっての機会と捉え、積極的に対応していった 2。デンマークは NATO による平和支援活動に多くの要員を派遣し、時には国際社会において賛否が分かれるアメリカ主導の

and strengthened relations with NATO and the USA. Denmark and the EU have

a similar purpose of peace operations, but cooperation on international crisis

management between them has become difficult since the EU started military

crisis management. Danish relations to the EU could increase in complexity

and difficulty if EU-NATO cooperation and Civil-military Co-ordination are

developed in the future.

2   デンマークの安全保障防衛政策の一般的な変化については、五月女(2012b)を参照されたい。

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軍事攻撃にも参加してきた。他方で、冷戦後もデンマークは国連の PKO に要員を派遣し続け、新たな待機部隊の創設にイニシアチブを発揮することもあった。

しかし、1992年6月に実施された EU を創設するマーストリヒト条約の批准を問う国民投票(referendum)では反対が過半数に達する結果となり、同年12月のエディンバラ合意で4つの政策分野(経済通貨統合、共通防衛、欧州市民権、司法内務協力)で適用除外(opt-out)を受けることとなった。再度の国民投票で賛成が過半数となりマーストリヒト条約を批准したが、デンマークは EU の共通防衛に参加しない道を選択することとなった。この共通防衛からの適用除外によって、デンマークは EU の指揮下で実施される危機管理活動では、軍事的活動(軍隊が関わる行動)には参加せず、文民的(非軍事的)活動のみに人員を派遣することとなった。

冷戦後のデンマークの政策に対して、一方でデンマークの国際平和活動は大きく変化したと分析され、他方で継続性を指摘する研究がある。本稿は、デンマークの国際平和活動について、国際組織および他国との協力における変化と継続という視角から考察し、特に EU との特殊な関係について明らかにすることを目指す。冷戦後は、デンマークが重視する政治的価値(多国間主義、民主主義、法の支配、リベラル平等主義、人権など)の実現に効果的と考えられる手段・方策・国際機構が多様化すると同時に、軍事的手段の有効性が認識されるようになったため、国連の PKO への参加を継続しながら、NATOおよびアメリカとの協力・協調を進めるようになったことを示す。そして、EU との複雑な関係とそれに起因して今後デンマークが国際平和活動において直面しうる課題や困難について考える。なお、本稿では便宜上、国連の平和維持活動(国連平和維持軍 PKF を含む)はPKO、NATO による活動は平和支援活動、EU による活動は危機管理活動と、それぞれの国際組織で多く使用されている用語を使用し、それら全てを包括する用語として国際平和活動を用いる。

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デンマークの国際平和活動 (5)

2.安全保障・防衛と国際平和活動

2-1.冷戦期の安全保障防衛政策と平和維持活動冷戦期のデンマークにおいて、平和の促進は国家の安全保障とは別のも

のであった。自国の安全保障・防衛は NATO、地域や世界レベルでの平和の積極的推進は国連および北欧諸国間の協力(北欧会議:Nordic Council) 3

で遂行する政策であった。そして、国連の中では他の北欧諸国と協力・協調して国際平和を目指す政策をとった(Wivel 2013b: 306)。

冷戦期にデンマークは国連の PKO に積極的に参加し、人口の割合から見ると最も多くの兵力を提供した国であった(香西 1991: 439)。デンマークの対外政策において国連 PKO への参加は重要な役割を果たしていたが、安全保障防衛政策に関する公式な発言や文書で触れられることはあまりなかった(Jakobsen 2006: 84)。デンマークにとって国連 PKO への参加は安全保障政策というよりも、国連への支持、外交政策、開発支援の表明であり、安全保障は NATO と関連づけられていた(Frantzen 2005: 165)。

デンマークの対外政策において国連の PKO は重要であったが、最も考慮すべき事柄は自国の防衛であった(Jakobsen 1998: 109) 4。他の西欧諸国同様に冷戦期のデンマークにとって、ソ連を中心とした東側陣営が安全保障上の脅威であった。第二次世界大戦終結後にスカンジナビア防衛同盟

(Scandinavian Defence Union)の創設を目指す動きもあったが 5、結局デンマークはノルウェー、アイスランドとともに1949年に NATO の創設に参加した。しかし、当時の北欧諸国はソ連を刺激しない政策を選択し、デンマークは NATO としての活動に留保を示し、大きな負担を避ける政策をとっていた。

デンマークの NATO における消極的な姿勢は、「脚注国家(footnote

state)」と称されることもあった(Pedersen 2006: 42-43)。また、その政策は「脚注政策(footnote policy)」と呼ばれることもあり、同盟によって防

3   北欧会議の詳細については、五月女(2004)を参照されたい。4   デンマークは徴兵制を採用しており、1年間の兵役のうち5日のみが、平和維持活動

の技術に関する情報と訓練にあてられていた(Frantzen 2005: 165)。5   詳細については、五月女(2004: 41-45)を参照されたい。

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衛や安全保障の恩恵を受けながらも、負担の分担を望まない国を指す概念として「デンマーク化(Denmarkization)」という言葉が使われることもあった(Rieker 2006: 127)。1969年に NATO 脱退が国内で話題になるほど 6、デンマークの NATO に対する姿勢は積極的とはいえないものであった。しかし、1949年から1987年の世論調査において、NATO への支持率は30%台から70%近くまで変動はあるものの、常に反対を20ポイント程度上回り 7、冷戦期のデンマークでは国民の多くが NATO からの脱退を真剣に考える状況ではなかった。NATO への加盟はデンマークにとって自国の防衛のための必要悪であり、平和の促進のための正当で適切な手段ではなかった

(Wivel 2013b: 308)。1956年の第1次国連緊急軍(UNEF I)からデンマークは国連の PKO を

支持し、積極的に参加してきたが、PKO における武力行使には国内で賛否の議論があった(Frantzen 2005: 150)。冷戦期は国連の PKO 自体でも、通常は武力の行使は自衛に限られていたため、PKO 従事者には戦闘技術よりも公平性や交渉技術が重視されていた(Jakobsen 1998: 107)。当時のデンマークは国連の PKO 以外では海外派兵の志向はなく、軍事力の使用に強い制限があった(Rasmussen 2005: 69)。

1960年代には、北欧諸国間で PKO に関する協力が進められ、1964年に北欧諸国で国連待機軍を創設することとなった。そのための国内措置として、同年3月にデンマークの国連待機軍設置に関する提案を国防大臣が議会に提出し、翌月に議会の決議で承認された。デンマークでは他の北欧諸国と異なり、特別の立法措置がとられることはなかった。待機軍は国連の PKO

に従事するためのみに設置され、国防軍の一部を構成しない独立の部隊であった。志願制によって採用され、兵力は950名であった。待機軍の設置は同年10月に着手され、国連キプロス平和維持軍(UNFICYP)への派遣部隊も待機軍設置計画の中で採用・訓練・派遣が行われた。待機軍の活動は国連の PKO への参加に限定され、部隊の派遣がデンマークの国防に支障がな

6   NATO 憲章では20年間の加盟後、1年前までに脱退を通知すれば、加盟国は脱退できることになっており、デンマークでその可能性について議論があった(Hendrickson 1999: 67)。

7   世論調査のデータは Doeser (2011: 233) の Figure 1による。

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デンマークの国際平和活動 (7)

いかどうかも考慮された(香西1991: 437-439)。武力の行使を含む活動には、議会の承認が必要であった(Frantzen 2005: 165)。

自国軍を持たないアイスランドを除いた北欧4カ国で1964年に創設された北欧国連待機軍 8では、憲兵隊の合同訓練コース(UN Military Police

Course: UNMILPOC)がデンマークに置かれた(渡部 1991: 60)。この訓練コースはオーストリア、アイルランド、イギリスなどの要員も受け入れており、北欧諸国のみに参加が限られたものではなかった。また、PKO への参加は軍事要員だけでなく、選挙管理のための文民もナミビアやニカラグアに派遣された(香西1991: 439)。

2-2.冷戦後の「安全保障」および「防衛」冷戦の終結により何を安全保障および防衛上の脅威と考えるかが変容

し 9、デンマークの安全保障防衛政策は変化することとなった。アメリカとの協力関係は強化され、「超大西洋主義(super atlanticism)」(Mouritzen

2007)と呼ばれるほど、デンマークはアメリカの軍事行動を積極的に支持し、実際に軍事作戦に参加するようになった。デンマークの国際平和への貢献は、いわゆる「行動主義的(activist)」外交・安全保障政策の一部であるといえる。冷戦期はデンマークにおいて別個に捉えられていた安全保障政策と平和政策は、冷戦後に統合されていった。それにより、デンマークの平和政策は軍事化の過程を辿ることとなった(Wivel 2013b: 310-311)。

冷戦後に、デンマークの防衛は自国領土の防衛から、国際的展開が可能な部隊と「総合防衛(total defence)」の2本立てに移行していった。これらは、テロリストのデンマークに対する攻撃を予防するとともに、テロ行為が起こった際のデンマーク社会への衝撃を和らげることを目的とするものであった(Wivel 2013a: 87)。後述する1999年のコソボ紛争と2001年のアメリカでの同時多発テロが、デンマークにとって大きな転換点となった。特に、2001年11月の選挙により首相となったフォー・ラスムセン(Anders

8   北欧国連待機軍は、1993年まで共同で部隊を派遣することはなかったが、訓練課程の分担による協力が実施されていた(岩井 1995: 148)。

9   1990年代初頭における、デンマークの政党や防衛に関する委員会での東西関係の認識の変化については、Archer (1994: 599-604) が詳しい。

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Fogh Rasmussen) 10 右派連立政権のもとで、前政権(左派中道)に増してアメリカに対して協調路線をとるようになった(吉武 2007: 108)。結果としてデンマーク軍の役割は大きく変化していくこととなった。

冷戦期と異なり、1990年代に国際平和活動はデンマークの安全保障防衛政策に関係する文書や宣言において、中心的な位置を占めるようになった。国防大臣、外務大臣、首相がデンマークによる国際平和活動について常に言及し、1993年にデンマーク軍の目的、任務、組織に関する法律が改正された際に、国際平和活動が軍の中心的な任務として規定された。そして2001年の法改正時に、さらにその傾向は強まった(Jakobsen 2006: 84)。デンマーク軍は冷戦後の国際関係の変化に対して、遠隔地での軍事行動を不可避なものとして積極的に受け入れ、軍の活動の専門化と国際化を進めた

(Saxi 2010: 416)。デンマークの防衛は過去数十年の間に根本的に脱国家化(denationalization)したが、これは政策決定者が新たな安全保障環境を最大限に利用する最良の方法と考えたことによる(Wivel 2013a: 87)。

1992年11月に与野党間の国防政策に関する基本合意において、約4,500名の国際部隊を1995年内に創設することが決定された。そして1993年10月に議会において、デンマーク国際旅団(Danish International Brigade)の創設が承認された。この部隊を創設する決議で、議会は部隊の役割について、

「紛争予防、平和維持、平和創造、人道及びその他の類似の活動で、国連または OSCE の委任下の活動に参加しうる」ことを示した。また、「主に緊急展開軍として NATO に提供される部隊として創設され、また、国防軍の一部を構成する」ことが明示された。この部隊の創設により、1964年の国連待機軍創設に関する議会決議は廃止されることになった(岩井 1995: 148-149)。

この部隊は重装備であり 11、冷戦期にデンマークが国連の PKO に派遣し

10  ラスムセンはデンマークにおいて政治家として傑出して有能であり、デンマークの安全保障防衛政策の方向転換が成功した理由の一つとして、彼の政治家としての能力の高さを多くの研究者が挙げている。筆者がコペンハーゲンおよびロスキレで行った、Jakobsen 准教授(2011年9月デンマーク国防大学)、Olsen 教授(2014年3月17日ロスキレ大学)、Wivel 准教授(2014年3月19日コペンハーゲン大学)へのインタビューでも同様の回答を得た。なお、ラスムセンは2009年から2014年まで NATO 事務総長を務めた。

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デンマークの国際平和活動 (9)

た、軽武装の歩兵を基礎とした平和維持部隊とは大きく異なっていた。2004年にデンマークは自国の領土防衛のための部隊を廃止し、総合防衛における教育の手段として、また専門的な海外派兵のための人員を採用する方法として、徴兵制による4カ月の兵役を維持するのみとなった(Wivel

2013a: 87)。冷戦時は平和維持活動を行う主体は国連が中心であったが、冷戦後は NATO、OSCE(欧州安全保障協力機構)、有志連合(coalition of the

willing)などさまざまな組織・形態によって国際平和活動が行われるようになったため、その状況にデンマークの活動を適応させるべく、国際平和活動に参加する部隊の再編が進められたといえる。

また、デンマークは武力の行使はグローバルな問題の解決に有効であるとともに、国際関係の中でデンマークが積極的な位置につくために効果的であると考えるようになった。デンマークは、テロ、破綻国家、大量破壊兵器の拡散からの間接的脅威を国際秩序への重要な脅威と捉え、国際社会からの支持が得られるならば時には軍事的対応が最良の解決策であると認識するようになった。このような立場においては、武力行使は国連安全保障理事会の直接の承認を必ずしも要しない。そのため、デンマークにとっては、国連安保理から公式の承認が得られない場合でも、正しい原則とその原則の実施の機会というものが、有志連合や NATO による軍事的行動の基礎となりうる(Wivel 2013a: 86-87)。

国連の下での PKO に対しては、冷戦後もデンマークは積極的に対応する姿勢を示した。1990年代初頭に起こった旧ユーゴスラビアでの紛争に対して、デンマークは早い時期から積極的に解決のための国際的活動に参加した。ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、セルビア・モンテネグロ、マケドニアにおいて展開された国連保護軍(UNPROFOR)に、デンマークは1992年2月から95年3月まで部隊を派遣した。

要員の派遣だけでなく、国連の PKO に関する制度の改革にもデンマークは積極性を見せた。1996年12月15日に7カ国 12で協力の同意書に署名がなされた国連活動用多国籍高度即応待機旅団(Multinational Standby High

11  砲兵隊や戦車などを装備した部隊である。12  7カ国はオーストリア、デンマーク、カナダ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、

スウェーデンであった。

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Readiness Brigade for United Nations Operations: SHIRBRIG)の創設は、デンマークによって1995年に設置されたワーキンググループの検討がその道筋を創った 13。デンマーク政府はワーキンググループにおいて中心的な役割を果たし、設立後の5年間は特にカナダ、オランダとともに、SHIRBRIG

の活動を積極的に促進した。この3カ国は、多国間制度や地域機構のなかでイニシアチブを取ることを好む傾向がある点で共通していた(Koops and

Varwick 2008: 10-11)。常設の計画部門(Planning Element: PLANELM) 14がデンマークに設置され、平和維持活動のための訓練の促進にも積極的に取り組むなど(Frantzen 2005: 167)、デンマークは中心的な役割を果たした。SHIRBRIG は2009年6月に解消されたが、6つの国連 PKO に要員を派遣した 15。

冷戦終結後、国際平和活動に対するデンマークの軍事要員の年間平均派遣数は大きく増加した。冷戦期と1990年から2002年の年平均を比較すると、後者は前者の2倍以上の数値となった(Jakobsen 2006: 84)。2000年から2012年のデータでは、年度によって増減はあるが、国連決議に基づいた軍事的活動に毎年1,000人前後を派遣しており、国連主導の PKO には多い時で300名前後を派遣していた 16。1993年に国連 PKO として遂行したボスニア・ヘルツェゴビナでの活動は、平和維持というより戦争であり、デンマークは戦車を投入することとなった。当初は国連 PKO の概念に合わないとして反対もあったが、すぐにデンマークの戦車部隊はミッションへの積極的なアプローチを評価され、翌年も激しい戦闘を行うこととなった(Frantzen

2005: 166)。国連 PKO へのデンマークの積極的な参加については、デンマーク国防省

による軍の国際化に関する報告書に平和維持活動の主な目標として人道や平和の促進が特に明示されておらず、潜在的なデンマークの国益が焦点と

13  ワーキンググループの参加国は13カ国であった。7カ国が完全参加となり、4カ国は部分参加やオブザーバーとなった。SHIRBRIG の設立過程の詳細については、Koops and Varwick (2008: 9-10)、一政(2002: 97-99)を参照されたい。

14  10カ国13名の常任の将校で構成され、85名まで拡大される予定であった(Behringer 2005: 314)。

15  SHIRBRIG の組織については、Koops and Varwick (2008)、山下(2007)が詳しい。16  データは Jakobsen (2012: 2) の Figure 1, 2による。

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デンマークの国際平和活動 (11)

なっており、デンマークの貢献の目的は自国の国旗が PKO で見えることとの見方もある(Frantzen 2005: 167)。しかし、2000年には途上国での平和維持部隊の構築に対する積極的支援がデンマークの公式な開発政策の一部となり、部隊の訓練といった軍事的要素が開発政策にも統合されている

(Wivel 2013b: 316)。デンマーク軍に関わる文書等に平和促進や人道といった文言が明記されていなくとも、デンマークの国際平和活動や開発支援においては、軍事的活動が平和や発展を実現するための一手段として認識されているといえるであろう。

3.NATO主導の平和支援活動への参加

冷戦の終焉によって、NATO は東側陣営に対する集団防衛組織から、加盟国外での平和構築・治安維持および対テロ活動を任務とした組織へと変化することとなった。NATO の任務から集団防衛が消滅したわけではないが、新たに加盟国域外での平和支援活動(PSO)が加わることになった 17。デンマークは、この NATO の新たな活動に積極的に対応した 18。

デンマークは NATO 主導で展開された、ボスニア・ヘルツェゴビナでの1995年12月から1996年12月までの平和執行部隊(IFOR)および、1996年12月から2004年12月までの平和安定化部隊(SFOR)に、多くの要員を派遣した。IFOR/SFOR への軍事要員派遣に際しては、北欧諸国とポーランドで構成される旅団(Nordic-Polish Brigade)が形成されたが、これはデンマークのイニシアチブによるものであった。この旅団は、NATO 加盟国、軍事的非同盟国、旧東側諸国、旧ソビエト連邦構成国の間の協力形態の一つのモデルとされた(Frantzen 2005: 167)。

1999年の NATO によるコソボ紛争に対する空爆と地上作戦は、デンマークの国際平和活動にとって大きな転換点となった。国連のマンデートがないまま攻撃に参加するという、それまでのデンマークの政策からは大きく

17  NATO の PSO の詳細については、広瀬・吉崎(2012)、Frantzen (2005) を参照されたい。

18  1992年以降のデンマーク国内での政策変化および防衛関係組織の改組・改編については、Farntzen (2005) が詳しい。

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かけ離れたものであった。冷戦期のデンマークの政策と比較すると大きな変化であったが、これは突然起こったものではなく、約10年におよぶ段階的な政策の適応と調整の結果であった。1990年代において、NATO の下でのデンマーク軍の平和支援活動はデンマークの防衛政策に統合されたものとなり、徐々に国際化が進んでいたのである(Frantzen 2005: 150)。1999年からデンマークは、国連安保理の決議に基づいた NATO 主導の KFOR(コソボ治安維持部隊)にも部隊を派遣し、2014年2月時点で1999年以来、10,000人以上のデンマーク兵士が任務に従事している(Ministry of Defence

(MoD)2014a)。アフガニスタンにおいては、2002年から NATO 主導の ISAF(国際治安

支援部隊)に参加し、2006年には比較的治安に問題があり危険を伴う地域である南部のヘルマンド(Helmand)にデンマークは戦闘部隊を派遣し、治安維持活動にあたった 19。デンマークがリスクの高い地域に進んで多くの軍事要員を派遣したことは、NATO の中で賞賛された。NATO のトップレベルの司令官たちは、デンマークの要員の技術および専門性に対して高い評価を表明した(Ringsmose and Rynning 2008: 62-63)。国連安保理の決議を受けて実行された2011年のリビアに対する NATO 主導の軍事作戦において、デンマークは戦闘機6機、輸送機1機を派遣し、空爆も実行した 20。このミッションには合計で120名の要員が従事した(MoD 2012)。

デンマークは NATO による平和支援活動の現場に多くの軍事要員を派遣するだけでなく、活動に備えた合同訓練も積極的に主催するようになった。例えば、デンマークが主催した訓練には、1997年のドイツとポーランドが共同で活動を行うための訓練、翌年開催された17の NATO 加盟国と平和のためのパートナーシップ(PfP)参加国による、平和支援活動のための準備や空・海における機材の運用協力の試行などがある。また、同年にはヨーロッパの地において初めて、ロシアとともに NATO が訓練を行ったが、こ

19  ヘルマンドでの活動はイギリス指揮下で行われた。デンマーク軍の活動の詳細については、Rasmussen (2013) を参照されたい。

20  デンマークは最も積極的かつ効果的な参加国の一つであり、500発以上の爆弾を投下した(Wivel 2013a: 79)。リビアでのデンマークの軍事活動については Jakobsen and Møller (2012) が詳しい。

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れもデンマークが主催したものであった(Hendrickson 1999: 67)。

4.EUのCFSPへの対応

4-1.マーストリヒト条約での共通防衛からの適用除外EU は軍事能力以外ほとんど全ての安全保障を包含する唯一の国際組織

として、冷戦後デンマークにとって理想的な安全保障機構となったように見えた(Wivel 2014: 85)。しかし、1990年代半ば以降のデンマークと EU の関係は、軍事面での協力において難しいものになっていった。1993年のマーストリヒト条約によって、共通外交・安全保障政策(CFSP)が EU に組み込まれたが、これは政府間主義を基本とするものであり、この時点では安全保障や防衛で EU としての共通政策がどのような方向へどの程度進展するのか不透明であった 21。

デンマークはマーストリヒト条約に関する国民投票で1度目は反対が過半数を占めたため、4つの分野での適用除外を受けて2度目の国民投票で条約の批准に至った。EU に共通防衛からの適用除外を求めたことにより、防衛を含蓄する EU の決定や行動の策定および実施にデンマークは参加できないこととなった 22。デンマークにとっての「防衛」には、軍隊の配備・使用・参加を伴うものであれば平和維持活動や危機管理活動も含まれるため 23、EU の軍事的ミッションに参加することができない。マーストリヒト条約批准時にデンマークは CFSP の発展に参加することに同意したため

(Olsen 2011: 19)、CFSP 全般に関わらないわけではなく、軍事的計画の議論・策定には参加するが、計画の実施には参加しないという政策をとることとなった。

EU においては1999年5月発効のアムステルダム条約によって、1992年以降に西欧同盟(Western European Union: WEU)で行われてきたペーター

21  EU における CFSP の発展については、五月女(2007b: 209-215)を参照されたい。 22  デンマークの政策エリートやメディアによって、EU は一般的に経済政策に関わるも

のとして示されてきたため、国民はヨーロッパ統合を第一義的には経済問題と捉えており、防衛政策は NATO と関係するものとの認識している。

23  筆者が2014年に行ったインタビュー(注10)による。

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スベルク任務(Petersberg tasks)が CFSP に導入されることになった。これは、人道・救難任務、平和維持活動、平和執行を含む危機管理における戦闘部隊の任務であり、EU において戦闘部隊の活動が共通政策の範囲に含まれることとなった。この背景には、軍事的非同盟政策をとるフィンランドとスウェーデンが中心となって、自国が国連のマンデートの下で経験を積み重ねてきた PKO や平和支援活動を、共通防衛とは切り離して EU として行う CFSP に組み入れることに力を注いだことがあった 24。

また、1999年の欧州理事会で欧州安全保障防衛政策(ESDP)の構想内容が示され、EU が外交・安全保障政策の主体として急速に発展する道を進みはじめ、2000年に安全保障・軍事分野の協力に関わる3つの委員会が創設された 25。デンマークは EU における共通防衛には参加しないが、この3つの委員会には参加している。また、歴代のデンマーク政府は防衛からの適用除外を緩やかに解釈し、EU の閣僚理事会における防衛分野を含蓄する決定や行動に関する議論に参加している(Olsen 2011: 19) 26。

EU の文民部門の危機管理活動に参加することは可能であるため、デンマークは安全保障の非軍事的側面では、EU 内でその実現のため積極的に活動した(Larsen 2011: 106-107)。例えば、1999年にはオランダとともにEU の緊急対応警察部隊(rapid-reaction EU police force)の創設を提案して実現させた(Jakobsen 2009: 89-90)。

防衛分野における政策決定で実際にデンマークが適用除外を行使したのは、1996年半ばからであった(Larsen 2000: 52-53)。1993年11月のマーストリヒト条約の発効から2003年1月までの間に、デンマークは防衛分野からの適用除外を9回実行した。これらはペータースベルク任務に属する意思決定に関わるものであった(Olsen 2007: 23)。また、テロや国際犯罪への対策などにおいては、共通防衛とともに受けている司法内務協力からの適用除外も、デンマークが EU としての活動・行動に参加する場合に困難を

24  詳細については、五月女(2012a: 93-94)を参照されたい。25  2000年3月に暫定機関として政治・安全保障委員会(PSC)、軍事委員会(EUMC)、

軍事幕僚部(EUMS)が設置され、同年末から常設機関として活動を開始した。26  デンマークの政府や官僚は、可能な限り最後まで EU における議論に参加する姿勢で

あることは、筆者が行った Wivel 准教授へのインタビュー(注10)でも同様の指摘があった。

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伴う要因となることが指摘されている(Larsen 2008: 88; Rieker 2006: 141-144)。

4-2.EUの軍事的危機管理活動への不参加EU として具体的に軍事的危機管理活動(military crisis management)が

行われていなかった2003年までは、デンマークが共通防衛に不参加であることはシンボリックなものであったと指摘されている(Olsen 2007: 24)。しかし、2003年に EU おいて欧州安全保障戦略(European Security Strategy)が合意され、欧州緊急対応部隊(European Rapid Response Force)の創設によって実際に活動が始められると、状況が変化していくこととなった。共通防衛からの適用除外は、EU におけるデンマークの政治的立場に影響を及ぼすようになった(Olsen 2007: 24-25; Olsen and Pilegaard 2005: 354)。

2003年3月に開始された旧ユーゴスラビア・マケドニアにおける EU の軍事的危機管理活動(Concordia)に、デンマークは軍事要員を派遣しなかった。この EU の活動は NATO の任務を引き継いだものであったが、デンマークは適用除外により EU の軍事的活動に参加することができないため、同国で NATO 主導の活動に従事していたデンマークの要員は撤退した。また、同年7月に EU 主導によって初めてヨーロッパ域外で展開された、コンゴ民主共和国での EU の軍事的危機管理活動(Artemis)にも、派兵することはなかった。

デンマークは、2004年12月から開始されたボスニア・ヘルツェゴビナでの EU による大規模な危機管理活動(EUFOR Althea)にも参加しなかった。この活動は NATO 主導の平和支援活動を EU が引き継いだものであり、NATO の協力を得て遂行された。デンマークは同国で活動していた NATO

主導の SFOR に派兵していたが、2003年に EU が NATO のミッションを引き継ぐことが明らかになると撤兵した。EUFOR Althea では軍事的手段と文民的手段の混合が計画段階から模索されたため、EU の文民的危機管理活動(civilian crisis management)への参加を目指すデンマークにとって、初めて適用除外が否定的な影響を与えた EU の活動と考えられることが指摘されている(Olsen and Pilegaard 2005: 353-354) 27。

アフリカでの EU による2つの大きな軍事的危機管理活動(2006年の

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EUFOR Congo と2008~2009年の EUFOR Chad/CAR)にも、デンマークは軍事要員を派遣することはなかった。EU が現実に軍事的危機管理活動を実施する主体となるに至って、防衛分野からの適用除外を実行した結果として、デンマーク国防省は情報収集に多くの時間を割く必要に迫られるようになっている(Olsen 2011: 24) 28。

EU の防衛に関わる常設機構として2004年に欧州防衛庁(European

Defence Agency)が創設されたが、上述の3つの安全保障・軍事に関する委員会と異なり、デンマークはこの組織に参加していない。デンマーク以外の EU 加盟国は全て参加しており、デンマークの適用除外が際立つ結果となっている。しかし、CFSP および ESDP の発展に伴って、デンマークの外務省は1990年代半ばから、国防省は2001年以降、EU の軍事分野での協力に省レベルでは適応し、EU は安全保障・防衛の面でも NATO と同等に重視されるようになっていることが研究によって明らかにされている 29。

EU の下での軍事的活動に参加しないという姿勢は、他の加盟国からの信頼などの面で、デンマークの影響力を低下させる要因となることが指摘されている(Olsen 2007: 25; 2011: 23-24)。ただし、CFSP の文民部門での政策策定にデンマークは積極的に参加し、他の北欧諸国とともに EU に影響を及ぼしている 30。適用除外により ESDP の軍事的ミッションに要員を派遣できないことが、文民部門での協力をデンマークが促進する動機となっているといえる(Olsen 2011: 24)。例えば、デンマークは2004年に文民部門ヘッドラインゴール2008(Civilian Headline Goal 2008)の策定へと繋がる提案をドイツと行っている(Jakobsen 2009: 92)。

また、非軍事的分野での現場における活動に積極的に人員を派遣するこ

27   以上の EU による3つの軍事的危機管理活動へのデンマークの対応については、Olsen and Pilegaard (2005: 348-354) が詳しい。

28  例えば、2004年に創設された欧州戦闘グループにデンマークは参加していないため、関係者との接触や担当者間のネットワークの欠如が生じる。

29  例えば、2001年から外務省では EU の安全保障防衛問題に関わる人員と NATO に関わる人員はほぼ同数であり、国防省では2010年春以降、ESDP に対処するマンパワーはNATO の防衛計画に関わるそれと同等であった。詳細は Olsen (2011: 21-23) を参照されたい。

30  CFSP の文民部門での協力の進展に対して北欧諸国がおよぼした影響については、Jakobsen (2009) が詳しい。

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とによって軍事的危機管理活動への不参加を補完し、EU での政策決定過程に関与できなくなるリスクを低減するとともに、デンマークの国際的な影響力を低下させないよう努力がなされた(Larsen 2008: 87; Olsen and

Pilegaard 2005: 343; Wivel 2005a: 399)。ESDP の下で実施された文民活動に多くの人員を派遣し 31、EU 警察ミッション(EUPM)や文民的危機管理活動の要職にデンマーク人が就任するとともに、文民 ESDP の訓練プログラムの実施に積極的に協力するなど、デンマークは大きな役割を果たしている(Jakobsen 2009: 96)。

例えば、ボスニア・ヘルツェゴビナでの国際平和活動において、参加していた NATO 主導の平和支援活動が EU の軍事的危機管理活動に引き継がれたため、デンマークは2003年3月に要員を撤退させたが、同年12月に軍事的活動が終了して EU の警察ミッションが開始されると警察官を派遣するなど、文民分野での EU の危機管理活動には積極的に参加している。

4-3.CSDPの下での活動2009年12月にリスボン条約が発効し、EU の3本柱構造は解消され、EU

に一元化されることになった。EU の共通安全保障・防衛政策(Common

Security and Defence Policy: CSDP)は別協定でその内容が規定されており、従来の EC のような超国家的な意思決定手続きとは異なっているが、EU として協力を深めようとしている。デンマークはリスボン条約においても、マーストリヒト条約の適用除外を継続しているため、EU による軍事的活動や防衛に参加することができないままである。

CSDP に深く関わらないことがデンマークの安全保障や防衛を脅かすわけではなく、EU の軍事的危機管理活動に不参加であることはデンマークに大きな影響を及ぼさないという見方もある 32。しかし、EU が軍事的主体として発展する過程へのデンマークの参加は制限され、一般的な外交政策

31  デンマークは文民 ESDP の下で行われる文民警察、司法、行政、監視などの任務のために人員を確保し、人口に対する割合から見て多くの人員を派遣した。詳細については、Jakobsen (2009: 94-95) を参照されたい。

32  筆者が行った Wivel 准教授へのインタビューによる。2011年にデンマークの研究者に行ったインタビューでも同様の回答を得た(注10)。

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を進める上ではデンマークの行動の範囲を狭めることになる。このデンマークへの影響は今までのところ、デンマークの外交政策決定者の「防衛からの適用除外」に対する緩やかな解釈によって和らげられている。また、EU

からの適用除外が一部の分野で存在していても、EU の政策を実行するために行われている日々の政治的・行政的実務によって、デンマークの国内制度や政策過程はヨーロッパ化されている(Wivel 2014: 93)。

EU の危機管理活動では民軍調整(Civil-military Co-ordination: CMCO)が進められており、包括的国際危機管理(comprehensive international crisis

management)が重視されるようになっている。他の北欧諸国と同様にデンマークも軍事的政策と文民的政策を組み合わせる国際平和活動を進めており、NATO の活動では民軍協力(Civil-military Cooperation: CIMIC)が実行されている 33。しかし、デンマークは EU による軍事的活動に参加できないため、本来であれば大きな影響を及ぼせるはずの EU の危機管理活動全体に深く関わることが出来ない(Olsen 2011: 20-21)。ESDP の活動目標はデンマークの外交・安全保障政策とほぼ同一であり、1990年代初頭からデンマークの部隊は ESDP に対応可能となる訓練を受けているが(Wivel 2013b: 315)、EU の危機管理活動においてデンマークの強みを活かすことが難しい。デンマークは EU レベルでの政策に影響を及ぼしうる理想的な立場にあるにもかかわらず、EU の軍事的活動に参加できず、軍事能力を発展・獲得するための EU レベルでの計画や協力に関わることができないのである

(Wivel 2014: 89)。

5.他国との連繋の変化

5-1.北欧諸国との協力北欧5カ国は国際平和活動で第二次世界大戦後から協力を続けている

が、各国の安全保障防衛政策は異なっているため、国連、NATO、EU、OSCE、有志連合、北欧協力に関わる程度や形態は一様ではない 34。特に、冷戦終結後、デンマークは国際平和活動において EU の軍事的活動に参加

33 アフガニスタンのミッションでの民軍協力については、Rosén (2009) が詳しい。

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せず、NATO を重視するようになっており、EU による危機管理活動に積極的な姿勢を見せる非 NATO 加盟国のフィンランドやスウェーデンとは異なる立場である。例えば、アフリカでの危機管理活動の立案や実施では、デンマークにとって北欧諸国との協力は優先されるものではなくなっていることが指摘されている(Olsen 2013b)。

また、北欧諸国の防衛能力の維持を目的として、140以上の分野での協力の可能性や必要性を調査するために2008年に創設されたNORDSUP(Nordic

Supportive Defence Structures)は、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドで進められていた制度設立の協議に、デンマークは後から参加する形となった。2009年に元ノルウェー外相から提出された、軍事分野での北欧協力の促進を提案する報告書に対しても、基本的には協力の深化の方向性に賛意を示すものの、デンマークはいくつかの領域は NATO や北極圏の枠組みがより適切であるとの意見を示した。また、同年に国会に提出された

「デンマーク防衛合意2010-2014」(国会に議席を持つ8党のうち7党の合意)では、北欧協力は国連 PKO に対する貢献の一つの方策として、また北極圏での潜在的役割の文脈の中において言及されているに止まった

(Forsberg 2013: 1170, 1173)。冷戦期と比較すると、デンマークにとって他の北欧諸国との軍事分野で

の協力は相対的に重要度が低下しているといえる。しかし、他の北欧諸国との協力がなくなったわけではなく、2009年に創設された NORDEFCO

(The Nordic Defence Cooperation) に よ る 協 力 は 継 続 し て い る。NORDEFCO の目的は、参加国の防衛を強化し、共通の相互強化作用を探求し、有効な共通解決策を促進することである(NORDEFCO 2014)。デンマークが NORDEFCO で重視する協力は政治対話の強化であり、国連の枠組みでの東アフリカにおける協力、北極圏での協力、物資・教育・訓練での協力が主なテーマとして挙げられている(MoD 2014c)。

アフリカでの協力も続けられており、3つの分野に焦点をあて、それぞ

34  北欧諸国の国際平和活動の比較については、Jakobsen (2006; 2007) を参照されたい。1990年代の北欧5カ国の平和支援活動に見られる類似点・相違点については、Andersson (2007) にまとめられている。北欧各国の安全保障防衛政策の一般的な特徴については、Forsberg (2013) および Wivel (2013a) が詳しい。

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れの分野で主導する国が決められている。デンマークは東アフリカ対応旅団(Eastern African Reaction Brigade: EASBRIG)の能力構築への支援に責任を負っている(MoD 2014b)。

5-2.アメリカ、イギリス、フランスとの協力デンマークはアメリカとイギリスが2001年に開始したアフガニスタン攻

撃を支持し、国連安保理の公式な承認のない軍事作戦に2002年から戦闘部隊を派遣した。有志連合によってある国や地域に対して軍事攻撃が行われる場合、デンマークが参加してきたのはアメリカが主導している作戦である。デンマークとアメリカの関係は緊密になり、国際的には十分に支持が得られていないアメリカによる軍事攻撃に対しても、デンマークは積極的に支持・参加している。デンマークは自国が「一極(unipolar)」の世界秩序の中にあると認識し、アメリカが追求するリベラルな価値観を支持している(Wivel 2013a: 88)。

2003年のアメリカを中心とした有志連合によるイラク攻撃に際しては、ヨーロッパ諸国の対応が分かれる中、デンマークは早々にアメリカ支持を表明し、開戦とともに戦闘部隊を派遣した。戦闘終結後も治安維持活動のため、2007年7月に部隊の大部分が撤退するまで軍事要員の派遣を継続した(吉武 2007: 108-109)。2004年および2005年に、他の EU 加盟国や NATO

加盟国は軍の撤退を始めたが、デンマークの部隊はイラクに駐留し続けた(Wivel 2005b: 419)。

デンマークの対外政策は EU からの影響を受けて「ヨーロッパ化」してい る と 同 時 に、 共 通 防 衛 か ら の 適 用 除 外 に よ り「 ア メ リ カ 化

(Americanized)」している。デンマークは、国民に EU 懐疑の傾向があり、適用除外により EU が安全保障の主体として発展する過程に与える影響が限られ、自国の外交・安全保障政策とかなりの部分が一致しているにもかかわらず CSDP に全面的には貢献できない状況にある。ゆえに、デンマークの政策決定者はアメリカとの2国間関係を進展させることを選択してきた

(Wivel 2014: 93-94)。北欧諸国を除くヨーロッパの国との協力としては、危険が伴うアフガニ

スタン南部での行動においてイギリス主導の軍事的活動に参加するなど、

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デンマークの国際平和活動 (21)

イギリスとの関係が強化されつつある 35。フランスはアメリカの軍事作戦に対して時に懐疑的な姿勢を見せることもあり、デンマークと必ずしも政策が一致しているわけではない。また、ヨーロッパ主導の国際平和活動をフランスが志向する場合には、NATO や有志連合ではなく EU の枠組みを積極的に利用する傾向が見られるため、EU の軍事的活動には適用除外によって参加できないデンマークとの関係が今後深まるかどうかは不透明である。フランスは歴史的な繋がりから特にアフリカでの国際平和活動に積極的であり、初めにフランスのみで活動を進めた後、EU としての CSDP

の活動につなげるという政策を進めつつある 36。イギリスやフランスといった大国と協力することによって、デンマーク

が国連などで影響力を及ぼせるとの考え方もある。例えば、デンマークが国連安保理の非常任理事国であった際の事例では、2年の任期の間にデンマークはアフリカでの武力紛争に注目を促し、紛争に対する包括的アプローチ(comprehensive approach)を発展させることを目指していたが、安保理で小国が議題を設定することは非常に困難であった。イギリスとフランスの支持を得たことによって、デンマークは安保理でアフリカでの紛争に対する活動を議題とすることに成功した。この例からみて、デンマークにとって国連において国際平和活動に対して自国の影響力を行使するためには、イギリスやフランスといった大国と協力することが必要となる(Olsen

2013a: 417-418)。アメリカ、イギリス、フランスといった国際関係に影響を及ぼす力を持

つ国と協力関係を深めることによって、実際にデンマークの影響力をどの程度高めることができたかの評価は分かれると考えられる。しかし、デンマークは自国を「小国」と認識し、他国との協力を強化し、自国の安全保障・防衛を高めることを試みてきたといえよう。

35  ISAF の活動で、他の北欧諸国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー)は、比較的治安の良いアフガニスタン北部の平和支援活動に参加した。

36  例えば、2014年4月に EU としての治安維持活動が開始された中央アフリカは、フランスが軍事介入をした後に EU としての部隊の派遣が決まった。

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6.おわりに

冷戦期は、デンマークが平和維持活動のために関わる国際組織は国連や北欧諸国間の協力組織であり、国家にとって最重要であった国防は NATO

によって行い、経済協力は EC で進めるとの認識であった。しかし、冷戦後は NATO と EU も平和支援活動および危機管理活動を行うようになり、時にはアメリカ主導の有志連合によって軍事作戦が展開されるようになった。

そのような国際環境の変化の中で、デンマークは冷戦終結後、NATO やアメリカ主導の軍事的活動に参加するようになった。そして、1999年のコソボ紛争および2001年のアメリカ同時多発テロを契機として、国連安保理の明示的な承認がなくとも NATO やアメリカ主導の有志連合による軍事攻撃に積極的に参加するようになった。デンマークの国際平和活動は、活動地域が冷戦終結直後のバルト諸国から1990年代にヨーロッパ一般、そして2001年以降に世界全体へと地理的に拡大していった(Wivel 2013b: 300)。

冷戦後、デンマークの国際平和活動において、参加する活動を主導する国際組織が国連から NATO に広がり、使用する手段がより軍事的なものへと変容したが、これらの変化は国内で激しい対立を巻き起こすことなく、広い政治的・国民的支持のもとで進められた(Frantzen 2005: 169)。国際平和活動で協力する国家が多様化していく中で、デンマークは北欧諸国以外の国々と行う平和維持活動のための合同訓練を、積極的に主催するようになった。

EU の危機管理活動との関係については、現時点では EU によって実施される軍事的危機管理活動は NATO と比較すると規模が大きくないため、デンマークが適用除外によって不参加であっても、それほど自国の国益に大きな影響があると認識されていない。しかし、デンマークの外務省や国防省は行政面で EU の CSDP に適応しており、軍事分野の行政に携わっている関係者は、EU で軍事に関連する意思決定過程に最後まで関われないことに不満を感じている(Olsen 2011: 23)。また、実際に EU から情報を得ることに困難が伴う場合もある。

今後の EU の発展がどのようになるかによるが、軍事的活動で EU と

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NATO の協力が深まると、デンマークは対応に苦慮する可能性がある。デンマークの政治家が再び国民投票を行って国民の同意を得て共通防衛からの適用除外を撤回する道を選ぶかは不透明であるが 37、適用除外が当時の国会の状況によって選択された結果である 38ことを考えると、今後のデンマークの政治状況によって EU の軍事的危機管理活動に参加する可能性も残されている。

デンマークの国際平和活動において、追求する価値に大きな変化はないが、その価値を実現する手段や方策に冷戦期と冷戦後で大きな相違が見られるといえる。他の北欧諸国にも共通する国際平和活動を支える政治的価値観は変化していないが 39、それを実現するための手段として武力を行使することの有効性を国連や NATO の下での活動でデンマークが実感したため、軍事力を使用することへの躊躇が低減したといえる。

デンマークの軍事的活動への参加は、狭い意味での安全保障というよりも、デンマークの価値観の推進という目的があることが指摘されている

(Wivel 2013b: 298)。しかし、武力行使を伴う国際平和活動への積極的な参加の目的が、デンマークが重視する価値の推進や平和構築への貢献であっても、アメリカの方策を支持し、緊密な協力のもとアメリカ主導の軍事行動に参加することで、デンマークの目的が本当に達成されているかは議論の余地があろう。

デンマークの目標が「価値の推進によって平和的国際秩序を促進する」(Wivel 2013b: 299)ことであったとしても、軍事攻撃を受けた側がデンマークの意図やそれを実現するための手法に納得・同意するかは別問題である 40。デンマークが追従するアメリカの軍事作戦が、国際社会において常

37  EU の CSDP の中核が危機管理活動である現時点では、政治家、官僚、国民の間で、共通防衛からの適用除外を撤回することに賛成する人の割合が多いといえる。しかし、緊急性がなく、政府はリスクを取ることを嫌う傾向があるため、今のところデンマークの政治において中心的な議題とはならず、国民投票を行う動きはない。2014年に筆者が行ったインタビュー(注10)による。

38 詳細については、Pedersen (2006: 39) を参照されたい。39  北欧諸国に共通した外交政策および安全保障政策における価値が、冷戦後も存在して

いる点は既存研究で指摘されており(例えば Forsberg 2013)、筆者が2011年および2014年に行ったデンマークでの複数の研究者へのインタビュー(注10)でも同様の回答を得た。

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に高い支持を得られるとも限らない。また、冷戦後にデンマークがアメリカや NATO との協力関係を強化しつつ国際平和活動に数多くの軍事要員を派遣していることが、冷戦期よりもデンマークの安全保障・防衛を高める

(または同程度を維持する)結果に繋がっているかを判断することも難しい。これまでの国際平和活動でデンマーク人兵士に死傷者が出ていても、武

力行使を伴う国際平和活動に参加することに対するデンマーク国民の支持率は高い 41。今後、デンマークが EU において共通防衛からの適用除外の状態を続けるか不透明であるが、暫くの間は軍事的活動を NATO、国連、有志連合(特にアメリカ主導)、文民的活動の中心を EU、OSCE と分けて、国際平和活動への参加を継続していくことになるのであろう。しかし、現状のままでは国際平和活動の実施において、NATO 主導の軍事的活動に参加できるが、その指揮が EU に移行するとデンマークは部隊を撤退させることになる。活動内容に大きな相違がなくとも、活動主体が EU である場合には軍事要員を派遣することができない状態でありつづけることは、デンマークが国際貢献のために生かせる機会を制限するとともに、対外政策の面でも他国との調整が難しくなる可能性がある。

また、軍事的な国際平和活動への参加において、国連 PKO を除くとアメリカとの緊密な協力以外を選択することが困難な状況がデンマークにとって今後も望ましいかどうかは、EU における CSDP の発展やアメリカおよび NATO による平和支援活動の展開、そして EU と NATO の協力関係の進展如何によっては変化するかもしれない。

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40  アメリカを支持することによってデンマークがテロに巻き込まれるという議論はデンマークではあまりない。筆者が Wivel 准教授に行ったインタビュー(注10)による。

41  デンマーク国民の多くは兵士に犠牲者が出ることを受け入れている。筆者が2014年に行ったインタビュー(注10)による。

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  原稿受理:2014年10月6日  掲載承認:2014年11月17日