沖縄大学紀要 = okinawa daigaku kiyo(7): 157...

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Title 沖縄県における食生活と栄養に関する研究(1)-現代っ子 の食と学校給食- Author(s) 大嶺, 哲雄 Citation 沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(7): 157-182 Issue Date 1990-03-31 URL http://hdl.handle.net/20.500.12001/5743 Rights 沖縄大学教養部

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Title 沖縄県における食生活と栄養に関する研究(1)-現代っ子の食と学校給食-

Author(s) 大嶺, 哲雄

Citation 沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(7): 157-182

Issue Date 1990-03-31

URL http://hdl.handle.net/20.500.12001/5743

Rights 沖縄大学教養部

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

沖縄県における食生活と栄養

に関する研究(1)

-現代っ子の食と学校給食一

大嶺哲雄

はじめに

戦後、沖縄の食生活の移り変わり

沖縄県県民の栄養実態

現代っ子の食

A,学校給食の移り変わり

B,現代っ子の食傾向

C,給食のある曰とない日

むすび

参考文献

●●●●

■ロ■■((叩〃〈】(、ニユ》》△勾一夘一△

●●

二.局泪》》(牙【叩〉

はじめに1.

第二次大戦中から終戦後にかけて青少年の発育および発達に関する研究があ

る。その中で川畑愛義教授(壼都大学名誉教授)は、当時の生徒の体位の発達勾配が著しく低下した主な原因は、戦時中から終戦直後にかけて栄養の悪条件

のもとで、過酷な労働が重なったことに起因することを統計的に突き止めている。

参考までに日本の青少年、6歳、12歳、15歳の男女の85年間における成長の推

移(身長)を掲げた。

注①(1970、健康教室240集、M3~47)

-157-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

図・1全国85年間における身長(平均値)推移(1900~1985)

170

165

160145

155140120■

」150135115

145130110

-側--/:/;;+豐宗':示砦両iiZi5T7 l2019301939I950I960I970I97519W

T5S5SIイS25S35S6SmSEMmMOScale

-158-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

男子15歳、女子12歳についてみれば、いずれも、成長速度が1960年ごろに急上

昇していることが分かる。また、沖縄県の児童・生徒の体位について、戦後30

年間の推移を学校保健調査から概観すると、男女とも著しい伸びを見せている。

男.女14歳の体位比較表表1-1,表1-2

沖縄県の30年間の生徒の体位(全国平均との比較)

表1-1

男子14歳女子14歳

身長DTZ体重kg

l955年400

冊30年)1626524

-20.3

表1-2

男子14歳

身長cml955=100体重kgl955=100胸囲cwz955=IDO座高c、

(&箸iPi年145510003871000729100786(§棚1545106245511767641048237(§:iUoI1590109348612567761064856(§洲1626111852413517941089878

女子14歳

1955年14441955=100鉢重=1100%737=100793100

196514961036400110576210348251040

197515191052442115077410508351053

198515471071484121079310768441064

身長体重胸囲座高

資料;学校保健統計調査報告書(昭62.1987年)

沖縄県教育委員会昭和63.2(P17.18~19.20~29)より

-159-

身長 C11Z 体重k9

1955年

(昭30年)

沖縄

全国

145.5

1512

-6.2

38.7

42.3

-3.6

1985年

(昭60)

沖縄

全国

162.6

163.5

-0.5

52.4

523

+0.1

身長 C、 体重.k9

1955年

(昭30年)

142.3

162.6

-20.3

40.0

52.4

訓2.4

1985年

(昭60)

148.3

156.3

-8.0

48.4

48.5

-0.1

身長 CWZ1955=100

比 体重k91955=100

比胸囲 CリリZ

1955=、比

0 座高 C1n1955=100

(&癖i年 145.5 100.0 38.7 1000 72.9 100 78.6 100

1965

(S40) 154.5 106.2 45.5 117.6 76.4 1048 23.7 106.5

1970(S50) 159.0 109.3 48.6 125.6 77.6 106.4 85.6 108.9

1980(S60) 162.6 111.8 52.4 135.1 79.4 108.9 87.3 111.1

1955年 144.4 1955=100 (zt重=100 100形

73.7 ̄

 ̄ 100 79.3 100

1965 149.6 103.6 40.0 1105 76.2 103.4 82.5 104.0

1975 151.9 105.2 44.2 115.0 77.4 105.0 83.5 105.3

1985 1547 107.1 48.4 121.0 79.3 107.6 84.4 106.4

身長 体重 胸囲 座高

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

1955年の男子の身長は全国との差が62cm、女子で20.3cmも開きがあった。

しかし1985年には男子が僅か0.5cmzの差にせまり、女子で8.Ocnzに差を縮じめ

ている。また、1955年と1985年の対比でみると、男子の身長では1955年=100

とし118%、体重では35.1%、女子では、7%の伸びをみせているが、体重の

ほかはまだまだ、全国的平均との格差に開きがある。

図1-1児童・生徒の身長増加率(男子)1955~1985年

0-1955年…・'65年-.-..85年

10-11A

11-12B

12-13C

13-14D

l4-15E

1品l6F

16-17G

17-18H

/・ク●

〆.

11955年以前には男子の急速成長期(身長の伸び巾、最大長)は、

14~15才にピークに達している。

2.伸び率が緩慢化が16~17才あたりから見られる。

なお、数値は、各年度の年令における平均値をとり、年令1才差にお

ける伸びに、)の差。

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

図1-2急速成長期の年次推移(女子)1955~1985年

一.55年.…652F--,85年7-8

8-9

9-10 ←G85

L。10-11.

11-12

12-13

13-14

資料:昭和62年度校保健統計調査R17-20学校保健体育課

注:1.1955年の女子身長の伸び率(急速成長期における)は11才一

12才がピークで15-16才以降は成長の緩慢化がみられる。

2.1965年以降では、急速成長期が9才-10才でピークに達し、

早期年令移行の傾向が見られる。さらに、16才以上では成長の

緩慢化がみられろ。

表-8-b女子急速成長期の推移1955~1985単位:cm

年令差’55年’65年’85年

7-8才A405.35.6

8-9B5.35.46.0

9-10C4.86.06.8

10-11D4.75.96.0

11-12E6.25.55.0

12-13F4.83.726

13-14G3.82.11.4

14-15H3.9160.7

15-1610.40.30.4

16-17K0.80.30.1

-161-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

上記の表が示すように、青少年の伸び率は1960年代から急速に加速して、

年次本土の平均値に接近しつつあることがわかる。

この様に著しい体位の発達は1960代~70代にかけて県民の栄養改善及び栄

養水準の向上と深く関わっているものと推定される。

しかし、最近、青少年の成長速度の鈍化や運動機能の低下の傾向が見られる

ようになった。また、う歯被患率の増加、心臓疾患、腎臓疾患など成人病的疾

患が若年層に移行しつつあるともいわれている。

このことは、豊かな食の時代にありながら、・偏食や食生活の不規則による、

いわゆる「栄養の貧困」に起因すると考えられる。つまり、食の選択の時代

にあって、栄養のバランスを欠き、また、外食や欠食による不規則な食生活が

肥満体や種々の疾患を誘発する原因となりやすい。また、今日の家庭にみられ

る食の変容は世代間の断層を生じやすくし、家庭問題や青少年の場合には、非

行の原因ともなるケースが多いともいわれている。

この様に、現代の食の問題は単なる飢えをしのぎ、栄養の補給に止まらず、

家庭生活におよびひいては大きな社会問題にまで関わってくる。

現代の食生活について、幼・少年の頃から正しい食生活習慣を身に着けさせて、

食が人間相互の関係を取り持つという重要な意味を持っていることを理解させ

る必要がある。その点で学校給食が今日の食における学習の生きた教材とし位

置づくることはできないだろうか。

しかし、今曰、学校給食の目的は「児童生徒の心身の健全な発達に資し、国

国民の食生活の改善に寄与することにある。」(学校給食法第1条)とされて

いるが、実施に当たっては現実的にはさまざまな問題が介在している。

「食の統制=食の画一化」、「国策の押し付け=余剰米対策」、給食センター

の民間委託問題や財政問題などその他食品業者との癒着問題などがあり、いわ

ゆる、学校給食の民主化運動が起こっている。なかんずく青少年の食の問題を

真剣に考えている人々はこれらの問題解決に懸命に当たっているが、現状は数

々の未解決の問題が山積しており、学校給食問題は前途多難な厳しい岐路に多

しかし、幾多の困難はあろうとも、将来を背負って立つ子供達のために新時

代の教育の任務と考え、「豊かで、おいしく、安全な、子供達に喜ばれる学校

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

給食」を目指して積極的にとりくまなければ前進はない。

このような観点に立って、本稿では、まず、1,戦後、沖縄の食生活の移り

替わり、2,県民の栄養摂取の状況、3,現代つ子の食、4,学校給食経緯、

5,給食のある曰とない日ような構成で、沖縄県の食の実態を把握するための

基礎的考察を試みた。

只、今回の拙稿は資料収集、整理が不十分のうえ、推敲がなされていないので意

を尽〈せいない点が多々あり、叱責は免れないが、後日、機会を改めて考察を

深めたいと願っている次第である。

2戦後、沖縄県民の食生活の移り変わり

昭和の初期ころまで沖縄の農漁村や「地方ではサツマイモを常食したようで

ある。

-部那顛、首里では米のほかに粟、麦、大豆、小豆、などの穀類が用いられ

た。御飯といっても雑炊か粟、ひえのような穀類を混ぜて食していたという。

(注、聞き書き沖縄の食事)曰常食としては、-飯一汁型で味噌汁(カンダ

バー(サツマイモの葉)、ダイコン葉、菜葉やその他根菜類や豆腐などが用い

られた。そして、さかなや肉のようなおかず類は特別の行事以外は滅多に食卓

には上らなかったようである。

要するに県民は質素な食生活を営み、風土に適した食物をうまく活用して、

厳しい自然環境のもとできつい労働にも耐えながら生計を立てた。

第二次大戦末期には海上補給路は断たれ、農耕地は焦土と化し、食料は底を

尽き、米軍が上陸して地上戦になってから終戦直後まで(1943年~149)文字通

り餓死寸前まで追い込まれた食糧受難時代があった。

ここで、筆者は、戦後の沖縄における食生活の変遷を主な社会的変動と対比

しながら便宜上、つぎに掲げる一覧表に示すように四期に分けてみた。

-163-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

表5戦後沖縄の食生活から見た時代区分

区分年代特徴 主な出来ごと

第1期 1945~1949食糧受難時代

①前期1945.1上陸作戦開始。空襲、艦砲射撃激し<なる。

~19458食糧補給路遮断。上陸、地上戦。食糧

尽きる。米軍基地周辺や荒廃した畑から

カン詰類や残飯、芋などを収集して飢えを

しのぐ。

(配給時代)

1945.4~1946.5食糧の無償配給実施。

②中期1945.9貨弊制度実施される。

~1946.6B軍票による食糧の配給。

③後期1946.5農地割当、食糧の自給体制作り。

1947~1949物資不足で物価高騰。

第2期 1950~1972食生活の充実の時代

自由企業が認可。民間貿易開始。①前期1950

インフレーションがおさまり、物価はやや

~1959安定し、消費水準高まる。輸入拡大、市場に食料物資が大量に出回る。食生活の量・

質ともに向上。

②後期1960 食生活の多様化。人工甘味料(チクロ)や

~1972.4着色料などの食品添加物による食品公害問

題。

-164-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

区分 年代 特徴 主な出来ごと

第3期 1972~1985飽食の時代

①前期1972.5日本復帰。ドル・円交換。

飽食時代。

インスタント食品、冷凍食品。その他、

人工加工食品が大量にでまわる。大型スー

②後期1973パーマーケツトの進出。食品の販売流通機

~1985構が大幅に変わる。

レジャーブーム。マイカーブーム時代到来。

観光産業、サービス産業の活性化。

外食産業の増加により、食生活のリズムが

変る。

円高ドル安のしわ寄せによる生活不安。

健康食品に対する関心が高まる。食品の

安全性とともに、食生活と少年の非行問題

が注目さる゜

グルマンデーズ(Gourumandise)時代

食の多様化によるライフスタイルの変革。

個性的食を求める傾向と長寿の健康食とし

て、郷土料理(琉球料理)が見直される。

第4期1986~

第1期

1945年、米占領軍の一貫した食糧政策は食糧無償・有償の配給制度をとり、

住民の健康.活力を取り戻すための生活安定と治安の維持をはかる一方で、住

民側に対して食糧の配給体制を確立させることであった。

しかし、農業生産は振わず、有償による食糧配給制度は物資不足から物価高

騰を招き、さらに、1949年ごろまで住民の食糧事情はきびしい時期が続いた。

因みに、1949年ごろ、琉球米国政府が制定した食糧基準は、1,300Kcal

-165-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

(1人1日当たり)と定められていた。この算定で行くと、住民の一年間に要す

る米の需要量は12931トンを要する計算になる。ところが地もとの供給量は米

が4,6870トン、サツマイモが173,468トン(米に換算して46,870トン相

当)合計で約47,096トンの供給量しか見込まれず、不足の105,393トンは

輸入に頼らなければならなかった。しかし、当時の経済事情はこれを許さなか

った。住民はひげイモと軍作業からながれるやみ物資でなんとか生活を支P

えメニ。

第2期

第2期は前期(1950~1959)と後期(1960~1972)にわける。

a・前期:(1950~1959)やがて食糧が大量に輸入され、自由に食糧品が

購入でき、食糧の安定供給ができた時期で、この年、民間貿易が開始され、

1950年ごろから経済情勢が好転し、食糧事情も良くなった時期、その頃から、

戦後はじめて学校でミルク給食が実施される。

b、後期:(1960~19724)

市場には食料物資をはじめ台所用品、電化製品など大量に出回り消費水準も

高まり、食生活の量、質ともに向上し、レジャーブーム、マイカーブームなど

が起り、これに次いでサービス産業が盛んとなる時代を迎えた時期とに区分で

きろ。

この時期は、食生活に潤いが出た時期でもあるが、半面、食品添加物などの

食品公害が起こり、食品に関する社会問題などが起きているのもこの時期の特

徴といえよう。

第3期(1973~1984)

a・前期:本土復帰(19725~1973)による貨弊の切り替えによる経済的

不安やその他諸制度の移向などによる混乱と本土企業の大型スーパーマーケッ

トの進出によるインスタント食品、レトルト食品、などを含む食品流通機構の

大幅改変などによる混乱期。

b・後期:(1974~1985)

ようやく前述のような不安が治まり一応の経済的安定を取り戻したころ、外

食産業の大量進出。健康食品・自然食品ブームなどが起こり、食の選択の時代

-166-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

を迎えることになる。

第4期

グルマンデーズ時代(1986~)で、現代は食の選択時代ともいわれ、

多種・多様の食品が出回り、個性的に食をたのしむ傾向と健康食にたいする関心が高まった時期で、また、巷では、自然食ブームがおこり、琉球の古い薬・

滋養料理にも関心が集まった。一方観光ブームの波に乗って郷土料理(琉球料理)が見直され出したのもこの時期の特徴である。

3.県民栄養の実態

古くから県民は耕地面積が狭く、島内産米では需給量に足りず、多くは本土、

台湾やシャム辺からの輸入米で、不足分をサツマ芋で補なった。したがって、米

は貴重品で幼児や病人・妊産婦用で、常食としてはサツマイモ、副食として、

トウフ、小ざかな(雑魚類)、野菜類などがおもな食料であった。

「聞き書き沖縄の食事」の記録によれば、現代と比較して食品の種類も少な

く、主食の芋を除けば副食はほとんど低カロリー食品であり、月に1度か2度

豚肉汁(ウイミ=折り目)によりタンパク質や脂肪分を補ってはいるが、決して過

剰には摂取してはいない。地元産のやさい類、根菜類を適当に配合したメニュー

は民族の知恵ともいうべきか、よく風土にマッチした素晴らしい食であったよ

うに思える。したがって、この時代には今日のような成人病も少なかったに違いない。

1984年に改正された1990年を目途にした国民の食生活指針となる栄養基

準によれば、これまでのカロリー中心の総熱量主義から種々の食品から栄養バ

ランスのとれた食生活をめざすような指導方針が示されている。

例えば、三大栄養素である炭水化物は穀物エネルギー比(C)、総脂質のう

ち動物性脂肪の占める割合(F)や総タンパク質のうち動物性タンパク(P)

の占める構成比が重視されるようになった。

因みに、1984年、栄養審議会は1990年を目途に日本人1日一人当たりの

栄養所要量をつぎのように推計している。

-167-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

所要量栄養素

1総熱量(Kcal)2,000

2.タンパク質965

3.動物性%50

4.脂質(総熱量中)%20~25%

5.動物性と植物性との比1:2

(年齢により異なる)

6.カルシュウムm9 600

7.鉄分mgll

8ビタミン類

VAIUL800

VB1mg O8

VB2mg L1

VCmg 50.O

VDIU50.0

次の点がおもな留意点である。

1.新しい体位推計基準に応じて、体重別およびそれに応じた1日のエネルギ

ー所要量。

2.従来の労作強度別を改正し生活活動強度、エネルギーの設定。

3.成人については個人に適用できるように年齢層別、性別、生活活動強度別、

身長階級別エネルギー消費を設定。

4また、健康保持と肥満の防止のための付加運動量の目安などが改正されて

いる。したがって、ここに示す栄養所要量とは個人が実際に摂取すべき栄

養量の数値ではなく、人口および国民の平均的諸条件から推定したもので

ある事を断っておく。

1957年に行われた県民栄養調査(県環境保健部昭和59年3月)によれば、

栄養素等摂取量の比較で見ると、昭和47年復帰のころに比較していくぶんか充

足率は向上しているが、国民栄養所要量はS56年度全国平均に対する摂取量比

-168-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

率で示すと次の通り。

図2-1県民栄養の充足率

002

縄土

沖本

80

60

40

121820

1015

%0J 100

98k3

沖縄

沖縄

iilil

LIlljT力鉄

一一一~

(本土) 河川沖

50

}糖

}総

}脂

ルシユウム

ンパク質

熱量

肪 質 分

-169-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

図2-2栄養素等充足率 238

21o

形rLLLL

20

153.8

015

雌,i'、栞if三J)!10 0

94.596.1

73.1

5「1

し 総熱量

鉄分

肪脂

糖質

タンパク質

VB

‐カルシウ/ム

VA

VB

vC

(注)E垂巡I沖縄県

F弓全国

1990年栄養所要量(1984年設定)=10O

沖縄県環境保健部

県民栄養調査報告より(昭和57年)

図2-3エネルギー比(沖縄県)

1990

所要量

1982

13 25 62

|タンパク’脂肪

川一一M

129.6

 ̄フ26.51

川一一川

1972

-170-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

表-2栄養素等摂取量比較

沖縄県S57年S47年全国平均

熱量Kcall,91401,89602,101.0

タンパク質9 75.370.878,0

脂肪963054454.7

糖質9247.0269,0310.0

カルシュウムIng 525.0430.0546.0

鉄分mglO510513.4

ビタミン

VAIU3,787.02,007.0L7300

VB1m91.230.991.17

VB2mgl270.771.04

119.091.0VCmgl15.0

1990年推定におけるP:F:Cの構成比で見ると;P:F:C=13:23:62

がおおよその目安になる。

これを基礎に上記の表から本県のP:F:Cの構成比を比較すると、

S57年P:F:C=15.7:29.6:516

s47年=14.9:25.8:56.8

s56年(全国)=15.0:234:61.6

1990年(推定)=13.0:23.0:620

同様に、これを農家と非農家による世帯別で比較してみると以下の構成比にな

っている。

農家P:F:C=16.1280528

非農家P:F:C-16.030.5523

以上の比較でわかるようにF=23に対してS57(F=)29.6、また農家F=

280,非農家F=305と脂肪分の取り過ぎの傾向があることがわかる。

次に県下の10ケ市町村と3地区の栄養素等摂取量を見ると、次に掲げる4地

区がエネルギー充足率100%を越している地域である。そして、これらの地域

-171-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

は比較的に栄養バランスも良好である。

表-3

①今・帰仁村2060/1962105.0%

②金武村2.048/1946105.0%

③西原村2,018/1930105.0%

④佐敷村1,958/1855106.0%

最も充足率の低い地域に次の地域が上げられる。

那覇市前島1,791/1954917%

繁多川1,743/1879928%

首里汀良1,832/191995.9%

参考までに市町村別栄養等摂取量一覧表を掲げて置く表-6

(庄一1)分子:摂取量、分母:所要量を示す。

(注-2)県保健部59年調査資料引用

以上要約すれば、本県の栄養素構成比から見た特性を列挙すると;

1復帰後、沖縄の栄養事情も本土なみに接近してきたが全体的にみて糖質が

押さえられ、タンパク質、脂肪分の増加が目立つ。

2.ミネラルでは塩分が標準値109以下が、好ましいといわれているのに比べ

て、1039は僅かに高くなっているが、亜熱帯地域で夏の長い地域にあるこ

とを考慮すれば、むしろ良い傾向にあるといえよう。

3カルシュウムの摂取量は、農村で平均を上回っているが、全国平均に比べ

てやや低い。400mgレベルに集中し、64%が300mg~600mgの摂取と

なっている。

とくに、発育成長期の学童・生徒にとって、ミネラルの供給は重要であり、

今後の留意点となろう。

4.現代っ子の食

A)沖縄の学校給食の移り変わり

完全給食が全県下、小・中・高校(定時制)合わせて169校で実施されたの

は1985年である。

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

戦後、沖縄で最初に学校給食が実施されたのは1947年ララ物資(注)によ

るミルク給食で始まった。

注)ララ物資とはLicensedAgenciesforRelicdmAISAの略)

1969年にパン給食となり、一部の地域で完全給食ができるようにはなった

が全県下に普及するまでに30余年の月日がかかった。

完全給食が実施されるようになって、学校給食は学童、生徒の健康の維持、

体位の向上、運動機能の発達に大きく貢献した。

しかし、問題がない訳ではない。年々増加する在籍に見合う給食設備の拡大や

これに伴う財政措置、給食センターンの運営の問題、食品管理の問題、調理加

工技術の問題、その他栄養管理の問題など枚挙にいと間がない。先ず第一にお

いしく、楽しい給食にするための工夫が必要であるが、現実にはいろいろその

面でも悩みは尽きないようである。

また、食が多様化する時代にあっては食はたんに空腹を満たすためだけでは

なく、食を楽しむ、グルマンデーな時代に画一化された給食が本当に必要なの

か、戦後の給食制度の役割はもう終わったとする議論も聞かれる。

復帰後、県民の食生活は量、質ともに向上し、栄養条件もかなり改善された。

しかし、簡便さと合理性に貫かれた現代の食生活の変容は個人的にも、社会的

にもさまざまなもんだいと深く関わっている。

一つの家庭内で、老人や親子の間で食生活に世代間の差を生じてきてをり、

食の分極化の問題が起こっている。

共働きの夫婦、主婦の職場進出による家事の負担軽減、その他、レジャーな

ど種々の理由で手軽にできるインスタント食品やレトルト食品のようなファー

ストフードに人気が集まってきた。

ここで、飽食の時代といわれている今日、食の偏りや栄養の取り過ぎで、成

人病や肥満体など若年層にまでひろがりつつある。

正しい食習慣を身につけてこそ、現代における食の個性化や食を楽しむこと

ができるのではなかろか。この様な意味からすれば、むしろ、今日の学校給食

の役割は終わったのでなく、新しい食生活を考える第一歩とすべきであり、つ

まり、食における学習の場として、また体験する場として見直されるべきでは

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

なかろうか。

B)現代っ子の食傾向

小・中学生に好まれる食品ベストテン

順位 食品名

1位アイスクリーム

2位 果物

3位フライドポテト

4位ポテトチップ

5位 ラーメン

6位 鶏の空揚げ

7位コーンスープ

8位ハンバーガー

9位カルピスなどの

清涼飲料水

10位 果樹入り飲料水

%%%%影%彩彩形

441032055

●●●●●●●●●

433311100

999999999

89.5%

これらの食品の特徴は、どこでも手軽に買える食品であること。

どこでも食べられる食品で食べやすいという点で簡便性とスピード性があり、

現代の生活に合った食品でもある。

子供たちがインスタント食品のようなファーストフード嗜好になる。もう1

つの原因として曰頃から母親が手間の掛からない④ムライス、⑰レーライス、

⑦イスクリーム、⑥ンドイッチ、Oンバーガー、⑦キソバ、②パゲツティ、

②ダマ焼き、その他ピラフ、インスタントラーメンなどのいわゆる「オ、力、

ア、サ、ン、ハ、ヤ、ス、メ」式の手抜き料理が子供たちの食生活を画一化さ

せ、偏食や肥満体にさせているのではないだろうか。

因みに、家庭でよく利用される調理済みの食品ベスト5をあげてみよう。

①ギョウザ547%

②コロッケ51.1%

③シュウマイ37.9%

-174-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

④中華まんじゅう28.1%

⑤ハンバーグ26.7%

その他カレー16.7%、フレンチポテト13.3%の順となっている。

そして、ある調査によれば、これらの食品が利用されている最も大きい理由

の第一位は「家庭で作る時間がない」として簡便性の面から利用している人が

49.7%。とくに仕事をもっている人が63.3%をしめている。また、仕事を

もっていない人でも「自分でつくるより経済的」と考える人が30.6%を占め

ているという統計的数値がある。

しかし、これらの食品の多くは次のグラフに示されているように、調理時間

別栄養素等摂取量でみると、調理済み食品の利用度の高い家庭程栄養摂取量は

少ない傾向にある。また、栄養バランスも劣っていることが解る。

図3調理済み食品利用の有無・調理時間別栄養素等摂取量

(調査対象の平均栄養所要量=100)

I000000000000000000000

0987543298765432-098

32222222111-11-11I

》pノノ?,李牟卜炉川147’

。----つ使用しない

-毎日使用する

ビタミンB

'ビタミンA

ビタミンB蛋白質

≦Z蓼一三Z芳一詫鉄

エ303060

分1分

iiW2

303060

分1分末60以MU分上

303050

分Iチチ未60以済分上

303060

梨610盆宙分上

303050

分Iヴチ未60以済分上

303060

梨`bi9【宙分上

30.060

分1分末60以白分上

30.060

分lチチ未60以頂分上

「1988年食糧・栄養・健康」食糧調査会編集P38~39より

-175-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

C)「給食のある日」と「ない日」

1984年におこなわれた学校給食の実態調査の事例から「給食のある日」と

「ない曰」について比べてみると、児童生徒の栄養バランスの著しい偏りがあ

る事がわかった。

調査対象は、県内の北、中、南部の小学校生男子39名、女子42名。中学校男

子36名、女子38名について調査が実施された。

まず、小学校生男女についてみろと、次に掲げるグラフ(図3-a、b)が

示すように給食のある日とない日とで明らかに差が認められろ。同様に中学生

についてもその差は明瞭である。とくに、女子ではミネラルの摂取でその差は

著しい。

昭和59年の家庭における食生活の実態と学校給食の調査(県教育委員会)か

ら「給食のある曰とない曰」の小学生の栄養素に関わる食物の種類をみると、

家庭では、乳製品、芋類、大豆類、緑黄色野菜、海草類が給食のある日にくら

べて摂取する種類が少ないことが分かっている。その半面、給食のない曰には、

男女ともお菓子類が著しく多くなっている。また、中学生の栄養摂取量を比較

してみると、

例えば、中学男子の場合、1人。1日当たりの総熱量の所要量は2,450kcal

となっているが、「給食のない日」の充足率88%で22%の不足をきたしている。

他の栄養素においてもタンパク質90秘、カルシュウム88.5%、鉄分やビタミ

ンB1,B2など差異を生じている。

女子については、脂肪とvc力過剰なほど摂取されている半面、エネルギー

源となる三大要素のバランスが悪く・充足率も70%~80%と悪い結果が出てい

る。

この様に、学校給食の効果は、栄養バランスの上から明らかに有効である事

が分かっている。また、生徒や父兄からは、おいしく、楽しく、安心して食べ

てもらうためにいろいろな要望がだされている。

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

図3-a男子中学生「給食のある日」と「ない日」の栄養素比較11.タンパク質

ビタミン

カルシュウム

OO7

注:

円は所要量=100%

数値は各栄養素野充足率%

実線は「給食のある曰」を示す

点線は「給食のない曰」を示す

13

ピタミ;'

図3-b女子中学生「給食のある日」と「ない日」の栄養素比較

カルシュウム

120

注:

円は所要量=100%

数値は各栄養素野充足率形

実線は「給食のある日」を示す

点線は「給食のない曰」を示す

ビタミン

。95

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

すでに、「学校給食に関する意見・要望」が生徒、父母、教職員や地域の関

係者にたいして1986年、沖縄教職員組合がとったアンケートによれば、

次にその主なものを挙げて置く。

A生徒からは、ジュース、コーヒー、アイスクリーム、果物、その他、現代

っ子ごのみのメニューの要求が多く、中には材料を小さく切て欲しいという

要望やまた、食事時間が短いので長くしてほしいなどの要望がだされている。

B1,教職員からは季節に合った食品、特産品をもっと利用してほしい。

2食器の改善、衛生管理面に関する要望が出されている。

3,生徒不在の機械的給食にして欲しくない。

4,民間委託に絶対反対。その他、種々の建設的な意見が出されており極め

て高い関心が寄せられている。

5.むすび

世界の人口が急増する中で、食糧の問題は一層深刻さを増して来ている。

すでにアフリカ・インドでは飢餓によって死ぬ人が増えている。

日本でも45年前、終戦直後、飢餓状態を体験しているが、いまの日本の食生

活からは想像もつかない。

現代日本の豊かな食生活の背景には、食品工学やバイオテクノロジーなどの

急速な発達により食料品の高度技術と輸送力や貯蔵力技術もパワーアップされ

てきた。

今や、どんな食料品でも遠隔、近距離をとわず各地方のスーパー・マーケッ

トやフードセンターに直送することができるようになった。

この様に高度の生産技術と流通機構の拡大によって世界的にも高水準にある

といわれる食料の需給体制の確立を可能にしている。

また、その上、円高や曰米の農産物の自由化問題に刺激されて、最近は外国

の輸入食品もかなり店頭に出回り、飽食の時代を象徴するかのように曰本の市

場はかってない食品天国となっている。

沖縄の食の事情は日本復帰を境にして、米国を主にした食品流通機構から直

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

接日本本土との流通が主導となり、大型店舗の進出は食品市場の様子を一変させた。

核家族化が進み、住居の団地化に伴ってこれまでの食品市場の伝統を受け継

いできたマチぐあ-(市場)を脅かした。

マチぐあ-にでて鮮魚や生肉を買って調理するのは第一面倒である。時間が

かかる。それより最寄りのスーパーマーケットから缶詰めやインスタント食品、

ファースト食品に切り替え方が手間が省けて良い。後片付けなども楽である。

このような理由で、1980年代前半、簡便な半調理食品が氾濫するようにな

り、食の本土化が進むなかで家庭内の調理が次第に手抜き料理になり、郷土料

理のあじさえ忘れつつある。

参考までに同時期の児童・生徒の学校保健調査によると、疾病被患率が年次

若年層に移行する傾向が強くなっている。

例えば、う歯被患率は全国でも高く、成人病的疾患も増加の傾向を見せてい

る。このことが食生活の変化と時期を同じくしているのは、たんなる偶然の一

致とは思えない。

図4主な児童生徒の疾病、異常の推移6

】 )6

z△

04△」U

0

丑。。■ S4b

l忍展芹 把満(頃向0

注.①う歯被患率が%の増加

-179-

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

②小、中、高とも全国的に減少傾向にあるのに対し、本県は増加傾向にある。

③肥満についても増加傾向にある。特小学1高校に増加の傾向。

④心臓疾患はS38と対比高校生に約13倍の異常者の増加。

※精密検査が実施されるようになり、発児事例が多くなったこと。

未熟児の出産の増加したことも原因ではないかとみられている。

⑤腎臓疾患、他県全国に比べて小中学校で0.脇多く、高校では0.協と高く

なっている。

前述したように、今日の食の問題は個人的問題以前に家庭の食の問題にあり、

現代社会の仕組みのなかに内在する大きな社会教育のテーマとして深刻に受け

止めなければならない問題である。

学校給食法第一条に「児童生徒の心身の健全な発達に資し、国民の食生活の

改善に寄与することである。」として、その目的が明記されている。

つまり、学校給食の意義は大きく,二つに分けて考えることができる。

給食第一条①前段は云うまでもなく、戦後の青少の体位の発達、健康の維

持に大きく寄与し、今日、顕著な成果を得ており所期の目的は達成されている。

しかし、②後段の食生活改善については、多くの国民から強い関心が寄せら

れているが、未だ十分とはいえず、将来に大きな課題として残している。

これまでの日本の教育体系の中で、「食の教育」または、「味の教育」は家

庭教育か、特殊な専門教育を除いては教育の範囑にはない。

しかし、現代の若年層の食生活を思うとき、食習慣を含めて幼児から生涯教

育の一貫とした教育の中で、食生活を「食の科学」として真剣に考えざるを得

ない。

本来、人間の食生活は生命を維持するという、生物的自然の要求から生じて

いる。したがって、目から食の判断をして、自由に食行動を行って生きていく

本能を持っている。しかし、現代っ子たちは、このままでいくと自からの必要な

食の選択や判断する力さえ失ってしまうのではないかと心配される。

学校給食を通して「食を科学」する立場から、「郷土の自然と調和した食」

や未来における食の在り方」など学習の教材として、学年に応じたカリキュラ

ムを組み立てることは可能であろう。

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

そして、郷士の自然と調和した食を求めて多く若者が高い関心をもつとき、

風土に適合した伝統的食の継承と新しい感性の中から新しい未来の社会形成に

ふさわしい食文化が期待されるものと信じる。

拙稿を草するに当り、開邦高校々長豊島貞夫氏(前沖縄県教育庁保健体育参

事)、県保健体育指導主事石川八千代氏、同調査主任技師伊稽房子氏、那顧教

育委員会保健給食係仲宗根氏、那顯市南小禄公民館々長伊元源治氏、その他

多数の方々から貴重な資料を提供して載きました。その上、各位から貴重な助

言、ご教示を賜わり、衷心より厚くお礼を申し上げます。

誠に深いご理解とご協力有難うございます。

拙稿の終りに、研究室同室に在り、深い御薫陶を受けました沖縄大学教

授故島尻勝太郎先生に対し、感謝を申し上げるとともに先生の御冥福をお祈り

致します。

資料および参考文献一覧表

著者・編集者名書名発行年月日

ジュリスト日本の食料1982/9P29

尚弘子聞き書き沖縄の食1988/4P33~5964

食糧栄養調査食料・栄養・健康1988/4P20.25.R37.~39.E105~l19

P22413LP288~235資料47その他

新村洋史食と人間形成1985/11P120139~156.244

藤井良知現代つ子の食と健康1983/3P28~

農政調査委員食品の科学(食品のハイテック時代)1985/7P2025

厚生省保健医療局国民栄養の現状(昭和63年度版)1988

沖縄県環境保健部県民栄養の現状1984/3

昭禾朋7年度県民栄養調査結果報告

P7.89.11.12.14~23.24~25

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沖縄大学紀要第7号(1990年)

著者・編集者名書名発行年月日

沖縄県教育庁教育委員会,保健体育課

児童生徒の栄養摂取状況昭和59年度昭和62年/3月

P10~11P16~17.18~l9P21~24.25.

P28~29.30~31P89~104.

財団法人

厚生統計協会国民衛生の動向昭和61年通巻512号第33巻第9号

(臨時増刊号)

第3編P91~97.第8編P312~230

今野道勝栄養と運動と健康朝倉書房1983/3

沖縄県教職員組合学校給食に関する意識実態調査報告書1986/1

P2930~38.

資料:P40~61

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