組織学習の 3つの次元 -...

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〔愉文〕 弘前大学経済研究第 20 November1997 組織学習の 3 つの次元 綿 I 問題の所在 経営理論において組織構造の変動が問題とな って久しいが,特にコンティンジェンシ一理論 に対して認知的側面および組織構造の変動の欠 如が指摘されて以降,「組織学習(Organiza- tional Learning) J の名の下に数多く研究がな されてきた。 通常,自然言語においてく学習〉という言葉 は個人単位において使われるものである。古川 (1991: 10 )によると個人単位の学習は①それ まで身につけていなかった知識,技術,行動, さらには状況の認知や原因帰属のスタイルなど の習得②これらの習得は,周囲の他者からのフ ィードパック情報による強化や自己強化を通じ て,反復されながらなされ③安定的,永続的な 変化をいい,繰り返し出現されるという特徴を 持つことを指すのが一般的なようである。古川 (1991: 10-11 )自身も主張するように,この 概念を組織単位にそのまま置き換えようとする と若干無理が生じる。したがって,組織学習を 科学言語として改めて定義し直さなければなら ないわけであるが,現在この名称は多様な用い られ方をしており,論者によっては全く異なる 局面をさしていることがある。たとえば,組織 学習は組織構造の変動であったり,組織単位での 情報やスキルの蓄積や知識の創造であったり, また獲得された知識がどのように蓄積されるかな ど,その他複数の内容が混在して使われている ことが多々見受けられる。例えば, Espejo, Schuhmann, Schwaninger & Bilello(1996 : 91 )の場合は,「組織学習とは,組織の中で違 l 宣道 い(distinction )を創り出し,獲得し,変換, 実行することである。…(途中省略)…組織学 習は,違いを創り出し,獲得し,変換し,実行 するために,関係の変更を含む,行為の修正を 合意する。Jとしている。この例からも明らか なように,組織学習の概念は複数の要素概念か ら構成されており統一された概念で使われるこ とは殆どなく,論者によっては原因と結果が入 れ替わっているものもあり,学習は組織の中に ルーチンをっくり出すこと(例えば, March & Olsen1978 )としている。 しかし,企業体の業績に貢献するという管理 の観点からは,一局面だけの改善が利益につな がったり,一方で複数の局面を改善しなげれば ならないこともある。意思決定の局面を軸に組 織学習を考えると,たとえば Mintzberg(1973 : 邦訳152-155 )は,マネジャーの重要な職能と して不確実性1 )の縮減をあげている。これは, 意思決定内容の的確化,意思決定の迅速化を意 図しているが,仮に不確実性に対処するために, Ashby の最小多様性の原則2 )に従うにしても, ごみ箱モデル(Garbage Can Model) に従う にしても,情報をできるだけ多く蓄積し,うま く関連づけて引き出せる状態に常にしておく必 要がある。 しかし,不確実性の縮減はマネジャーに限っ た職能ではなく,研究開発部門のような高度に 不確実性に晒される部門では,マネジャー以外 1 ) Mintzberg は, Katz & Kahn (1966 )を引用し「不 完全性と予測不可能性Jという言葉を用いているが,ほぽ同 義であると考えられる。 2) Ashby の最少多様性の原則については市橋(1978: 53 -54 )を参照されたし、 duz a

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〔愉文〕 弘前大学経済研究第20号 November 1997

組織学習の 3つの次元

綿

I問題の所在

経営理論において組織構造の変動が問題とな

って久しいが,特にコンティンジェンシ一理論

に対して認知的側面および組織構造の変動の欠

如が指摘されて以降,「組織学習(Organiza-

tional Learning) Jの名の下に数多く研究がな

されてきた。

通常,自然言語においてく学習〉という言葉

は個人単位において使われるものである。古川

(1991 : 10)によると個人単位の学習は①それ

まで身につけていなかった知識,技術,行動,

さらには状況の認知や原因帰属のスタイルなど

の習得②これらの習得は,周囲の他者からのフ

ィードパック情報による強化や自己強化を通じ

て,反復されながらなされ③安定的,永続的な

変化をいい,繰り返し出現されるという特徴を

持つことを指すのが一般的なようである。古川

(1991 : 10-11)自身も主張するように,この

概念を組織単位にそのまま置き換えようとする

と若干無理が生じる。したがって,組織学習を

科学言語として改めて定義し直さなければなら

ないわけであるが,現在この名称は多様な用い

られ方をしており,論者によっては全く異なる

局面をさしていることがある。たとえば,組織

学習は組織構造の変動であったり,組織単位での

情報やスキルの蓄積や知識の創造であったり,

また獲得された知識がどのように蓄積されるかな

ど,その他複数の内容が混在して使われている

ことが多々見受けられる。例えば, Espejo,

Schuhmann, Schwaninger & Bilello (1996 :

91)の場合は,「組織学習とは,組織の中で違

ヲl 宣道

い(distinction)を創り出し,獲得し,変換,

実行することである。…(途中省略)…組織学

習は,違いを創り出し,獲得し,変換し,実行

するために,関係の変更を含む,行為の修正を

合意する。Jとしている。この例からも明らか

なように,組織学習の概念は複数の要素概念か

ら構成されており統一された概念で使われるこ

とは殆どなく,論者によっては原因と結果が入

れ替わっているものもあり,学習は組織の中に

ルーチンをっくり出すこと(例えば, March

& Olsen1978)としている。

しかし,企業体の業績に貢献するという管理

の観点からは,一局面だけの改善が利益につな

がったり,一方で複数の局面を改善しなげれば

ならないこともある。意思決定の局面を軸に組

織学習を考えると,たとえばMintzberg(1973 :

邦訳152-155)は,マネジャーの重要な職能と

して不確実性1)の縮減をあげている。これは,

意思決定内容の的確化,意思決定の迅速化を意

図しているが,仮に不確実性に対処するために,

Ashbyの最小多様性の原則2)に従うにしても,

ごみ箱モデル(GarbageCan Model)に従う

にしても,情報をできるだけ多く蓄積し,うま

く関連づけて引き出せる状態に常にしておく必

要がある。

しかし,不確実性の縮減はマネジャーに限っ

た職能ではなく,研究開発部門のような高度に

不確実性に晒される部門では,マネジャー以外

1 ) Mintzbergは, Katz & Kahn (1966)を引用し「不

完全性と予測不可能性Jという言葉を用いているが,ほぽ同

義であると考えられる。

2) Ashbyの最少多様性の原則については市橋(1978: 53

-54)を参照されたし、

duz

,,a晶

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組織学習の 3つの次元

の組織構成員がその縮減に大きな役割が期待さ

れることは容易に想像できることである。彼ら

は,大量の情報を持つことで不確実性を縮減し,

非公式的に組織構造を変更することで意思決定

の迅速化を図っている。また,生産方式が確立

されると不確実性が比較的に少なくとなると考

えられる生産現場であっても,経験曲線をおし

すすめるために絶えざる改善の必要があり,公

式非公式に関わらず生産現場からの情報を吸収

蓄積し,それらを活かす何らかのコミュニケー

ション構造の存在が期待される。これらは,情

報の蓄積方法やコミュニケーションの径路のど

ちらか一方を修正するだけで業績を改善させる

ことが可能であったり,また両者を同時に改善

しなければ業績に結びつかない場合もある。い

ずれにしろ,意思決定の研究には組織構造の変

動,情報やスキルの蓄積や知識の創造といった

学習の構成概念の内容の検討が必要である。こ

うしてみると,一般には組織学習は経営環境に

与える何らかのインパクトを創出する一連の過

程という極めて漠然としたものとして捉えられ

ているといっても過言ではないだろう。

組織学習は,専門知識や技能の管理という個

別的な問題であると同時に,マネジメントサイ

クルの実施においてそれぞれの局面においても

重要な問題となりうる。したがって,いずれか

特定の局面を限定的にく組織学習〉と名づける

ことは,今後の管理の問題を扱うにあたり,過

度に価値拘束的になると思われるので,むしろ

複数の局面を表す上位概念として捉え,その構

成概念を議論する必要があろう。

この観点に立つとき, Cohen& Sproll (1996 :

ix-xv)は有意義な見解を提示してくれている。

そこで本稿では,組織を原則的にー企業体また

はその一部門に限定してとらえ,多様な使われ

方をしているこのく組織学習〉が,どのような

次元が含むのかを Cohen& Sproll (1996 : ix-

xv)の視点,すなわち第一次元(〈プロセスを

通じての知識〉かく他者からの知識〉)第二次

元(〈個人〉かく諸個人間の関係の中〉)第三次

元(く行為パタンの強化〉かく行為パタン変更

の原因〉)の 3つの視点に立ってサーベイする。

II第 1の次元:〈プロセスを通じての知設〉か

〈他者からの知践〉か

この次元は,どこから発生する知識またはど

のようにして獲得したかという問題である。一つ

は,自らが行う組織の諸活動プロセスの実体験

を通じての学習であり,もう一つは他者から体

験を間接的に手に入れる学習である。 Cohen

& Sproll (1996 : X)は,それぞれを次のよう

な特徴を持つとしている。

①くプロセスを通じての知識〉

くプロセスを通じての知識(Procedura 1

Knowledge)>は,「充分に経験が積まれるこ

とによって習得された技能(実行と認知の双方)

に関する個人の知識とするところに特徴があ

る」また「暗黙的(tacit)で,すぐには忘れ

去られることはない」という性格を持つという。

つまり,ルーティン業務であれ非ルーティンな

業務であれ,業務の実施(do)を通じて体験

したことが,その獲得される知識となる。

明確に組識学習という用語を用いて主張されて

いないが,野中郁次郎教授の自己組織化につい

ての一連の研究は,くプロセスを通じての知識〉

の傾向が強い。彼が用いるケース(例えば野中

(1986, 1990), Nonaka & Takeuchi 1995)

は,個人間の対話から創造される知識に基づい

て,試行錯誤を繰り返すというものが多い。

この第一次元から捉えると,奥村 (1982: 67

-68)は「戦略はこのように組織内プロセスを

経時的に通過して進化的に形成されていく。あ

る時点の戦略の姿は,昨日までの戦略をインプ

ットとしてなされて作り上げられたものであ

り,それはまた明日の戦略の概念を内包してい

るのである。このように戦略は進化するもので

あり,それはちょうど学習プロセスに似ている。

これまでの戦略における失敗・成功を繰り返す

ことで,組織は『何が正しいことで,何が間違

ったことかjを学習し,それをしだいに積み重

ねることでまた一つの戦略の統合体を作り上げ

ていくのである。Jと述べている。この記述か

5

Ft

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ら理解されるように,彼の組織学習観は典型的

にくプロセスによる知識〉を中心に学ぶことと

捉えている。

すなわち,以下で述べるく他者からの知識〉

と対比させ,二者を両端にとったとき〈プロセ

スをつうじての知識〉の例は,「組織の全面的

な参加でなくても,参加を通じて得られる全て

の技能(Cohen& Sproll 1996: X)」であると

いうことができる。つまり,例えば研究開発の

共同体を組織し,自社から構成員を出向させ,

そこから知識や技能を収集してくるような場合

(例えばGibson& Rogersl994)を指す。

②く他者からの知識〉

一方の〈他者からの知識〉または〈ディクレ

アレイティプな知識(以詑larativeKnowledge)> 3>

とは,「(他者が経験した過去の) 4)事実や案件

についての知識(Cohen& Sproll 1996: X)J

で,自らが経験していないため過去の経験が参

考にならないとき,また自らが体験しようとし

ても体験を研究開発の共同体のような別組織に

参加できないとき,他組織の経験を参考にする

知識である。ここでCohen& Sproll (1996)

は, March,Sproll & Tamuz (1991 : 1-19)

を〈他者からの知識〉を例に出している。彼ら

は,〈ディクレアレイティプな知識〉を「歴史

から学ぶ知識Jとしているが,その例として「外

国企業の合併経験に乏しい企業が,どのように

投資するのかまたはしないかについて歴史から

学ぶ」ことなどをあげている。すなわち,経験

の乏しい企業がく他の組織の経験からの知識〉

を獲得するということであり,歴史的事象から

も「観察され,歴史的なプロセスについて推理

が形成される。…(途中省略)…歴史的事象が

効果的な学習をもたらす(March,Sproll &

Tamuz 1991 : 1-19) Jことがある。

〈他者からの知識〉の端は,「他者の経験を

3 ) Cohen & Sproll (1996)は,これをくディクレアレイティプな知識> (Declarative Knowledge)としているが,その意味は外部からの象徴的な事件に関する情報であり.ここでは他者の経験を通じての知識つまり〈他者からの知識〉とした。4)括弧内は引用者が加筆した。

論理的に分析することで得られる知識(Cohen

& Sproll 1996 : x) Jである。この見解に立つ

研究は,基本的に組織の外部で発生した,たと

えば科学技術に関する情報を入手する個人の役

割研究であり, Allen0979), Rogers (1982),

Gibson & Rogers (1994)や Cohen& Levinthal

(1990: 128-152)などがこれに該当する。ま

た,文化の解釈や認知システムとしての個人の

役割研究(例えばChikudate1995 : 27-38)

や,社会全般に関しての研究(例えば Rogers

& Rogersl976)が基本的にこの部類に入る5)。

Levitt & March (1990 : 11 -37)も,同様

の次元を指摘している。〈実行による学習〉

(Levitt & Marchl990 : 16-22)と〈他組織

の経験からの学習> (Levitt & Marchl990 : 24

-26)の次元である。ここで, Levitt& March

(1990: 26-27)は,どちらを選択するかはく学

習のエコロジー〉に依存するとしている。彼ら

は学習する内容の性質によると指摘する。すな

わち,比較的ルーチン化されている内容であれ

ば〈実行による学習〉が盛んであり,一方〈他

組織の経験からの学習〉は学習内容が複雑であ

り,すでに蓄積された内容が当てにならない場

合に用いられる可能性がある。以上の点から

Levitt & March (1990)と Cohen& Sproll

(1996)は,ほぽ同じであると考えてよい。

この次元について双方の側面を持つ研究に桑

田 (1991: 22ー35)がある。これは,ストラテ

ジック・ラーニング(StrategicLearning)と

もう一つはビジネス・ラーニング(Business

Learning)の 2種類の組織学習を考える。ス

トラテジック・ラーニングとは,「戦略行動を

デザインする際の,基本的なものの見方・考え

方を規定する組織の根源的知識が学習され,戦

略的能力の刷新をもたらす組織学習Jとした上

で,この種の学習は「自らの経験を通じてでし

か学習ー蓄積できない(桑田1991: 22) Jとし

ている。一方のビジネス・ラーニングは「所与

5)この観点に立つ研究は Tardeの「模倣の説Jに依拠しつつ,その僕倣行為を意識的なものに限定しているといえよう。詳しくは,横山 (1991: 136)を多照されたい。

ku

,i

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組織学習の3つの次元

の根源的仮定の集合の範囲内で,ビジネス・レ

ベルの知識6)が学習される組織学習Jであり,

「その組織の年齢やその時点における組織内外

の経済的・社会的あるいは政治的要因によって

もたらされる」という性格を持つとしている(桑

田1991: 25)。

③第 1次元についての検討

この次元は,基本的に外部からの情報に対し

て開かれているか否かという次元である。この

次元を検討すると,日本での研究は,多くがク

ロースド・システムズ・アプローチをとり,〈プ

ロセスを通じての知識〉を重視する傾向がある。

このアプローチ依拠する場合は,外部からの情

報を模倣するよりも,独自に情報を編み出すこ

との力点を置き,その内容の独自性を強調する。

これに対して,少なくともアメリカ系の研究で

は,多少時代によって傾向は異なる7)が,〈他

者からの知識〉を積極的に用いようとする傾向

にある。この点について, Tarde8>によると,

学習や創造性は模倣(反対模倣も含む)を基礎

としており,彼の視点に立てばクローズド・シ

ステムズと独自性の発揮は,さほど正の関係に

は無いことがいえる。

Cohen & Sproll (1996)の見解から一歩進

んで検討しよう。〈プロセスによる知識〉と〈他

者からの知識〉の違いは,微妙なものである。

何故なら,組織単位で学習を考えるとき,学ん

だ情報がどこに蓄積されるかによって,変わり

うるからである。情報の蓄積はあくまでも個人

単位であると想定してみよう。作業や事件を実

体験した個人がその組織の構成員であるなら

ば,その情報はくプロセスによる知識〉である。

しかし,その組織の構成員ではなくなった場合

には,実体験を伴わない,いわば組織の伝説ま

たは伝承として,あるいは文書化され情報蓄積

となる。そこにおいては,く他者からの知識〉

6)桑田(1991:23)によると,特定のピジネスに関する

問題空間で有効な知識,ノウハウ,信念を指している。

7) 1970年代は,後で述べる事になるが経験曲線を中心とした〈プロセスを通じた学習〉に, 80年代広範囲以降は外部

からの技術導入を奨めようとするく他者からの学習〉への移行が見られる。

8) Tardeについては,機山 (1991)を参照されたい。

へと変化するのである九一方,学習された情

報はく諸個人の関係の中〉に蓄積されるとする

立場に立てば,その関係が変更されない限り〈他

者からの知識〉であるということがいえよう。

この問題については,第二の次元で再度検討さ

れることになる。

以上のことから組織内の経験に依拠する〈プ

ロセスを通じての学習〉にのみに独自性を求め

ることは,若干問題が残るところであろう。

III第 2の次元:〈個人〉か

〈蹄個人聞の関係の中〉か

「個人の記憶修正するか(modifyingindivid-

ual memories) Jあるいは「組織構成員間の関

係を修正するか(modifyinginter-individual

relations) Jつまり組織が学習した知識はどの

ようにして蓄積されるか,という次元である。

換言すれば知識の蓄積は,く個人〉が持つ知識

の累計とするのかあるいは,〈諸個人間の関係

の中〉というように組織であるがゆえに持つ特

性とするのか,のどちらに重心を置くのかとい

う論点である。

①〈個人〉に蓄積

この立場の研究である Huber(1991 : 124-

162) lO)は,次のような見解を述べている。「従

業員の転職に伴い組織は大きな損失を支払わな

ければならないこと」があり,また「情報を持

った組織構成員は,彼が持つ情報の存在が知ら

れていない <Huber1991 : 148) Jことがよく

ある。このことは,組織の記憶は個人に蓄積さ

れることを意味している。こういった事態が発

生する原因に,構成員間の態度や情報の配分,

組織の解釈,情報の蓄積に関する規範と方法,

蓄積された情報の配置や記録を引き出す方法に

依存するとしている <Huber1991 : 149)。特

に,専門化・部門化が進むと,誰がどのような

情報を管理しているのか,または蓄積している

のかいないのかが分からなくなる傾向にある。

9)しかし,この前提は個人に蓄積された記憶が.変化しないという前提があるときのみ有効である。

10)ページ数は Cohen& Sproll 0996)による。

ヴJ,i

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これを,解決しようとするのが,例えばコンビ

ュータ・ペースで情報共有を容易にしようとす

る情報システムの構築である。 Constant,

Kiesler & Sproll (1994)の情報共有に関する

個人の態度に関する研究は,基本的にこの立場

に立っているといえよう。

花岡 (1995: 16, 160-164)も,情報システ

ムの構築を前提に組織学習を論じようとする。

彼は,職務遂行能力11)を発展させるものの一

環として学習を論じている。そこにおける組織

観は,組織を一つの有機体としてみるよりは,

むしろく個人の職務遂行能力〉の組み合わせ的

な色彩が強い。そして,く個人の職務遂行能力〉

の要素である知識と経験の拡充として学習を位

置づける。この場合,組織学習は自発的なもの

というよりトップダウン的な色彩が強いもので

あり,計画的な技能習得としての学習,特に教

育的なものに終始している。このように高度に

専門性を要するような組織での組織学習の研究

は,個人の学習を中心に組織学習が形成される

とする傾向にある。

こういった研究は,個人が専門的な知識を持

つことの限界を乗り越えようとする前提にある

といえる。この個人の記憶を中心とする観点に

立つ場合,情報は極めて限定された個別事象に

関する問題解決のためのものであるといえる。

この象限の例は,組織の所有する情報は,モザ

イクに喰えることができ,その一片一片が個人

の知識であるということができる。 Cohen &

Levinthal (1990)も,基本的に組織の情報は

個人の専門知識に依存する立場を取り,個人の

専門知識間で重複する部分が多いほどコミュニ

ケーションは円滑に進み,創造性が高まるとし

ている。く個人〉に蓄積されるとする立場にあ

る場合,組識学習の後に意図的な情報共有の必

要性を論じることになる。

②く諸個人の関係の中〉に蓄積

これは指揮命令系統と,意思決定の際に問題

11)花岡 (1995: 161) は,本源的要素として個人の力を

捉え,そして知的装備によって装備された個人の力が人的・

物的要素に働きかけ生産性に影響を与えるとしている。

となるコミュニケーション径路や認知スタイル

に関する問題である。古Jll(1991:10-11)は,

個人の記憶との違いについて「組織が学習した

ものは,組織内部に流布し,それを媒介にして

将来の成員にも伝えられ」るとし,基本的に組

織学習の過程に情報共有が前提となっている。

Levitt & March (1990 : 22-24)は,基本

的には個人の記憶に左右されるという Hastie,

Park & Weber (1984)らの立場から,く組織

の知識(organizationalintelligence)>の把握

に努めている。その中でく組織の知識〉は,「規

則,手続き,技術,信念,文化といった構造と

も呼べる一種の制度は社会化のシステムや統制

のシステムを通じて記憶される(Levitt &

March1990 : 22) Jという立場をとる。さらに

彼らは過去において「歴史から推測したことか

ら,行為へと導くルーチンへとコード化

(encode)することで学習していると思われる。

ここでは,ルーチンという言葉は,形,ルール,

過程,因習,戦略,技術を指している。組織が

それを使うことによって,実行されるルーチン

は,それを実行する個人の意思とは独立的であ

り,個人の行為において何度も繰り返される可

能性がある(Levitt& March1988 : 320) 12~ 」

と述べている。あくまでも個人ではなく,社会

的なルーチンに蓄積されるとする立場をとるの

である。すなわち組織学習は,構成員聞に共有

された個人の行為の準拠枠13> (frame of refer-

ence)をつくり,それに蓄積され組織体の準

拠枠を構成することを意味している。 Watkins

& Marsick (1993:邦訳41)は,組織学習は

「組織に組み込まれ,他の人と共有される新し

いアイディアを生み出す組織的な能力を構築す

ること」ととし,「学習したことを組織的記憶

に保持するために,システムの中に取り込まな

ければならない」と述べている。そして,学習

を個人の能力と準拠枠に依存するとしている

12)下線は引用者が加筆した。

13)行為の準拠枠は,人が事象を認識・評価・判断する際

に必ず依拠する枠組みで.集団の属することで構成員聞に共

有される。 Merton,Blumer, Meadらによって議論されて

きた。

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組織学習の 3つの次元

(Watkins & Marsickl993:邦訳63)。

共有された個人の行為の準拠枠は,組織構成

員が組織の一員として行動するに先立つてなさ

れる認知のスタイルをも規制する。つまり,こ

の次元は組織の認知あるいは特に不確実性の高

い分野に関する意思決定技能または個人の行為

の準拠枠すなわち構成員に共有され,継承され

る組織の「解釈システムJや「認知マップJは

組織文化,規範,価値観などという形で蓄積さ

れることを示している。

奥村 (1982: 89)も,組織学習を情報共有14)

と捉え,情報の蓄積形態を表現している。その

指し示すところは,奥村 (1982: 72-78)の見

解によると「戦略の展開は,戦略の策定,実施,

コントロール,学習というプロセスが一連の一

貫した流れとして,組織の固有のメンバーによ

って遂行され・・・(中略),この戦略プロセ

スを有効に展開しうるのは,実は同一メンバー

がその戦略プロセスの中で最大限にその知識,

スキル,情報を活用できることである。」とし

て,組織学習の学習内容の蓄積は,諸個人の記

憶に情報が蓄積されるという前提をとる。すな

わち,組織で体験した事象について,諸個人が

それぞれ個人単位で情報を蓄積15)するのであ

る。この意味から,奥村 (1982)での共有する

情報の内容は,行為の準拠枠というよりはむし

ろ個別事象についての知識としての情報を共有

することを意図している。

ここでの例は,個人の意思とは関係なく存在

し,これに従うことによって意思疎通が可能と

いう点から,文法のアナロジーが用いられよう。

③第 2次元の検討

この次元の論点は,単に情報の蓄積場所また

は形態に留まらない。すなわち,組織観の違い

と組織が所有する情報の内容についてでもあ

る。組織観の違いとする場合は,個人単位に蓄

積されるとする立場を強調するとき,組織の構

成単位である諸個人の特性のく組み合わせ〉に

14)ここでは個別事象に関する知識としての情報を意味し,

意思決定の技能としての情報・知識ではない。

15)あえて自然言語で言うならば記憶というべきであろう。

注目する。また,〈関係の中〉とする立場を強

調するときは,ネットワーク内部の相互作用か

ら生じる創発的特性に注目している。この点

Constant, Kiesler & Sproll (1994)の研究は,

個人が持つ専門知識の検索を容易にする行為の

準拠枠についてであり,個人の記憶と諸個人の

関係の有機的な橋渡しを試みようとするもので

ある。

また,情報内容に焦点を合わせると,〈個人〉

の記憶に力点を置く場合は,例えば意思決定の

技能や専門知識といった情報に焦点を合わせて

いるのに対し,〈諸個人の関係〉に蓄積すると

いう場合には例えば意思決定手続きといった行

為の準拠枠に焦点を当てている傾向があるとい

うことがいえる。

殊に近年の企業における意思決定の支援,情

報共有システムおよび検索支援システムの導入

は,この点で重要である。情報システム化され

ていない時点では,基本的に個人の記憶と文書

化による情報の蓄積が中心であった。これに対

して,情報システム化されることによって部分

的には個人間のコミュニケーションと情報検索

は容易になる。この種の研究は,次の第3次元

の問題と関連するが,蓄積される情報を,行為

の前提となる準拠枠あるいは組織パラダイムで

あるとするならば,次の事がいえる。すなわち,

組織単位でのパラダイムがあるとすれば,諸個

人において行為の準拠枠は少なくとも部分的に

でも共有化されていなければならない。この観

点の道具として,新しいメディアを使った問主

観化に関する研究が必要になるであろう。

この次元では,組織単位がもっ情報は,新し

くなるほど全体としてく個人〉よりもく諸個人

の関係〉に蓄積されるとする立場に立つ傾向が

強い。

- 19 -

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IV第 3の次元:〈行為パタンの強化〉か

〈行為パタン変更〉か

組織学習はく行為ノ守タンの強化(reinforce

existing action patterns)>であるのか,すなわ

ち組織学習は今ある行為のパタンを結果となる

ものか,あるいはく行為ノマタンの変更(changing

action patterns)>であるのかすなわち組織学

習は行為ノマタンの変化の原因かというものであ

る。これについて Cohen& Sproll (1996 : XI)

は,多くの古典的研究(たとえば経験曲線のよ

うな)は,結果として行為のパタンの強化へと

つながるという立場をとり,最近ではルーティ

ンにおいて変化を作り出す学習を容易にする組

織デザインへと研究が移行しているとコメント

している。

①〈行為パタンの強化〉

序文であげた古川 (1991)の定義によれば,

個人の学習は結果として行為が反復的に現れな

ければならないという。この点に着目すると,

寺本 (1993: 9)の「パラダイム強化型学習J

もこの次元に一部に入る。彼は,この学習を「既

存の知識体系の妥当性が確認される知識の場合

には,そのまま組織の記憶を構成する。こうし

た学習は,既存の知識体系の枠組み(知識パラ

ダイム)の中で処理されるJとしている。この

組織学習は,行為のプログラム自身についての

反復性をいっているのであって,行為プログラ

ムの作動過程およびプログラムの作動結果は含

まれていない。だが,この次元を考えるにあた

り,後の議論も含まれるべきであろう。

Argyris (1978, 1992: 7-38)は,個人およ

び組織の学習の双方について,シングル・ルー

プ(single-loop)とダプル・ループ(double-

loop)という 2つのモデルを提示している。シ

ングル・ループは,「エラーが発生しても,疑

問を持ったりシステムの価値を変更しないで訂

正を行う(Argyrisl992: 8)」ことであり,サー

モスタットのような単純な制御システムに例え

られている。

この反復性の利点に注目すると,経験曲線

(experience curve, or learning curve)に関

する研究(BostonConsulting Group1972)が

あげられるであろう。この経験曲線に関する研

究は,基本的に〈行為パタンの強化〉を基本と

している。これは製造業一般,特に資本集約産

業に見られ,累積生産個数が増加するとそれに

伴い製造費用が減少する現象である。つまり,

標準化された同種類の製品を製造し続けること

による作業の内容の安定性から,無駄な作業を

省くことや資源の組み合わせ方の変更などが容

易に進む(Mintzberg1996 : 653)。これらは,

シングル・ループの一種である。

戦略および計画策定においても同様の事がい

える。つまり,成功体験が同様の事態に遭遇し

たとき,同じような対処を行う傾向にある。こ

のような対処をするのはごく当たり前である

が,この体験に囚われすぎて逆機能に働いたと

き一般に「成功のジレンマJと呼ばれる事態に

陥る。 T型フォードの値下げによる販売回復

を図ったことが,この例に挙げられよう。

②〈行為パタン変更〉

一方のダプル・ループは,「ミスマッチが最

初のテストによって訂正され,次に方針を変更

すること(Argyris1992 : 8-9) Jである。日

本の理論家の多くの場合(たとえば吉田1991,

海老津1992など)は, Argyrisの理論に依拠し

つつ圧倒的にダプル・ループを重要視し,この

視点を圧倒的に支持している。直接 Argyris

に依拠はしていないものの伊丹&加護野(1993

: 442-443)は,「パラダイム内部の学習」と

「ノfラダイムを変える学習」を考え,前者を〈行

為のパタンの強化〉としている白しかし,特定

のパラダイムに安定的に依拠している聞は,獲

得される知識はその範囲で学習は深まるが,同

時に固定化する。そこで,後者のく行為ノ守タン

変更〉を重要な学習として捉えている。

この次元に関して奥村 (1982)も,第一義的

にく行為パタン変更〉とする立場を取る。つま

り,組織遂行能力16)の拡充を組織学習として

16)奥村 (1979:79)によると,組織遂行能力=組織カル

チャー+組織能力+物理能力 であるとしている。

- ::rJ -

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組織学習の 3つの次元

いる。奥村 (1982:79)は,組織カルチャーを

組織の方向づける存在として捉え(奥村1982:

76),一方組織能力を情報蓄積量,情報処理能

力,ノウハウとしている(奥村1982: 79)。そ

して,組織遂行能力のダイナミックな舷充(変

更)を重視する。また Probst& BU:hel (1997

: 15)も,「組織学習とは,プロセスつまり組

織が持つ知識と問題解決能力や行動能力の改善

に導くような価値基準の変化であるJとして,

極度に変化を強調する傾向にある。

③第3次元の検討

行為パタンの変更とするか強化とするかは,

経験曲線の記述から分かるように相対的な問題

である。ところが,多くの組織学習に関する研

究は,いかにして行為パタンを変更するかとい

う局面に偏る傾向がある。それは,イノベーシ

ョンに関する研究の多くがSchumpeter(1908)

の創造的破壊(CreativeDestruction)に強く

影響されているせいでもあろう。例えば

Watkins & Marsick (1993:邦訳51一79)の

ように継続的な変化を理想とする理論もある。

ところが, IIであげた Levitt& March (1990)

の定義から見ると,学習は原因と結果を推測し

ルーチンへと取り入れていくので,両者を総合

するとルーチンの変化は推測に大きく依存する

ことになるが,基本的な立場としてルーチンの

強化へとつながっている。組織目的という観点

からは良いものであると判断された案件・行為

パタンは反復的に使われるべきであろう。この

二者の違いは,当事者視点と観察者視点の違い

によるものであるかもしれない17)。

多くの研究の場合,反復的な行為パタンまた

は行為パタンの強化が発生することを嫌い,学

習と呼びたがらない傾向にあるようだ(例えば

Probst & Biichel 1997 : 14-23)。上位概念の

「学習jのもとに下位概念として以下の2つ,

17)たとえば,観察者視点からは同じ意思決定がなされて

いるとしても,当事者視点から見ると意思決定過程において

複数の選択肢から敢えて前回と同じような意思決定を行って

いる場合も考えられる。プログラムの作動結果かプログラム

の作動過程のどちらに力点を置くかの違いであるとも冒えよ

う。

すなわち選択された行為パタンが順機能的に作

用すれば,学習の成功また逆機能的に作用すれ

ば特定の目的に対して学習の失敗と呼んでも差

し支えないのではないか。これは,行為ノfタン

の変更についてもいえるであろう。その点

Argyris (1978)や伊丹&加護野 (1993:442

-443)の学習概念は,く行為のパタン変更〉と

く行為ノ守タンの強化〉の両側面を捉えており,

個人の学習概念にも共通性を持つものであり妥

当であるといえる。

v 若干の検肘

以上,「組織学習Jという「用語使用法Jに

ついて検討を行った。これらの3つの次元を組

み合わせると次の図が書ける。

図1プロセスを

通じての学習

x

ヘ憶

’・守口

zz

の人個

行為パタンの変更

y

. .. . a

a .

..

Y’J

行為パタンの強化

z 諸個人間の

関係

・x’ 他者からの

学習

cohen & Sproll (1995 : xii) 一部変更

本稿では,なるべく科学言語に忠実であるよ

うに心がけてきた。ここで検討された研究は,

既存の研究のうちのわずかではあるが, Cohen

& Sproll (1996)はく組織学習〉に関する近年

の研究の傾向として,〈他者からの知識〉を習

得し,〈諸個人の関係の中〉に蓄積され,く行為

パタンの変更〉につながるとする X'YZ象限に

焦点を当てる傾向にあるとしている。日本での

研究を加えて検討すると以下の傾向があるよう

,i

n4

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に思われる。

第一次元において,日本ではくプロセスを通

じての知識〉に,欧米ではく他者からの知識〉

に偏っている傾向がある。しかし,本文でも示

したように筆者の立場は完全に〈プロセスを通

じての知識〉のみの蓄積は有り得ず, Tarde

風にいえばまず模倣(反対模倣も含む)すなわ

ちく他者からの知識〉があり,その後〈プロセ

スを通じての知識〉が生じるのであり,この次

元のどちらかに偏向するという場合は,ごく短

期的な視点である。

第二次元においては,圧倒的にく諸個人の関

係の中〉に蓄積されるとする傾向にある。これ

は諸〈個人〉の記憶とするのであれば,組織学

習は個人の学習の総和としての位置づけとなり,

組織体と個人の区別がつきにくくなる。この個

人単位での学習の総和として捉えられるような

学習が議論される必要性は,個人が持つ専門性

に大きく依存する可能性を前提としているから

である。しかし,その可能性をその実行に移す

組織行動の行為プログラムである個人と組識の

行為の準拠枠の作動が,組織行動の遂行能力に

作用する。少なくとも,個人が持つ専門知識の

量をある時期一定であると仮定するならば,行

為の準拠枠はその遂行能力の可能性を制約する

ことはあっても拡大することは考えにくい。こ

の点が,く諸個人の関係の中〉に蓄積されるこ

とを強調する所以であろう。

第三次元では,比較的に〈行為パタンの変更〉

が多く,特に日本の研究では行為の準拠枠と関

連してこの傾向が強い。先に示したように,個

人の学習の定義の場合,反復性が見られなけれ

ば学習されたことにはならないが,ここで検討

にあがった日本の研究にはく行為ノマタンの強化〉

のみを強く主張するものは皆無であった。しか

し,少なくとも行為パタンの繰り返しがなけれ

ば,新しい情報に起因するものなのか偶然に起

因するものなのかについての検討は困難であろ

つ。

次いで,本文でも取上げたが,組識学習の名を

冠していない理論を検討してみる。以下の「自

己組織化Jと「自己組織性Jは,その議論の論

理展開の基本にある物は全く異なるものである。

①自己組織化

例えば自己組織化について野中 (1990)の研

究は,「知識創造」という(組織にとって)新

しい意思決定の技能を組織の中に創り出し,

ルーチン化し古いルーチンは新しいものへと取

って代わるという組織パラダイムの変動を議論

している。彼の事例は,基本的に組織構成員の

実体験を通じて情報(彼の記述では組織知)が

吸収され,その情報が持つ冗長性を個人間の相

互作用を通じて新しい情報(組織知)が創り出

されるという立場に立つ18)。ここで,物理学の

カオスのアナロジーを用いて,組織構造の変動

を論じている。したがって,組織学習というメ

タの観点からすれば,クローズド・システム

ズ・アプローチを採っている19)。これらの点を

考えると, XYZ象限にある研究と言うことに

なる。

②自己組織性

一方の自己組織性に関して,吉田(1990)は

構造については毎回選択の対象となっており,

構造の自己維持をも範晴に入れようとしてい

る。つまり,吉田は満足基準と最大化基準との

組み合わせによって,その構造を変えるという

議論である。そこにおいて,構造は行動するに

先立つて毎回選択の対象になっており,たとえ

構造に変動が見られなくても自己維持という名

称のもとに自己組織性を構成する一部分となっ

ている。すなわち, Y-Y’軸上の全ての象限

をその理論の範暗に収めていることになるが,

基本的に社会の構造を議論する理論であり, Z

象限をその範暗に入れており,構造変動理論に

焦点を当てている吉田理論では満足基準の変動

の情報評価過程について述べられておらず, X

軸の範囲について明確には議論されていない。

しかし,他者との関係も自己の組織に入れよう

とするので, X軸についても暗に論じようとし

ている。

18)例えば,野中 (1986)や野中 (1990)19) Pucik (1995: 35-45)も同様の見解を示している。

- 22 -

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組織学習の 3つの次元

以上の研究動向から鑑みると,通常多くの組

織学習という用語は欧米では X’YZ象限上にあ

るものを,日本では XYZ象限上にあるものを

指す傾向にある。特に, X’Y’Z’象限をも組織

学習と名づけるには,自然言語を重視する立場

に立てば若干の違和感が残ると言わざるを得な

い。しかし,それぞれの次元の両端は相対する

ものではなく,両者は一連の活動の一部となっ

ている。ここから分かることは, X軸上の両端

は時系列的なもので表裏一体のものであると言

うことができ,またXおよびY軸上にある〈個

人間の関係に蓄積〉とく行為のパタンの変更〉

が,さらに技能と言う側面からは〈個人に蓄積〉

とく行為ノマタンの強化〉は密接な関係にあり,

またそれぞれの軸の両端は相対するものである

というよりは,一貫した流れのうち一時点での

局面をきしている事が分かる。本稿は全ての研

究を網羅しているわけではないが,我が国での

傾向は,外部からの情報を取り入れるよりは組

織内部によっての独自性を積極的に出そうとし

ているかのように思える。

序章で記したように,この図から以下のこと

がいえる。すなわち,ここ十数年にわたって議

論されている「自己組織化(self-organizing)J

あるいは「自己組織性(self-organity)」の議

論は,重複する論点があり部分的に上記の組織

学習に関するものと同じであるということがで

きる。

VI結びにかえて

最後に,この論文の限界は,上記の3つの次

元に当てはまらない組織学習の分類も可能であ

るということである。 Cohen& Sproll (1996)

はく組織学習〉に関する近年の研究の傾向とし

て,「選択よりも行動に」,「コンテクストにお

いて静態よりも動態」に,「個人による情報所

有よりも共有」に焦点を当てる傾向にあるとし,

他の次元の設定の可能性も示唆している。その

他に例えば,学習主体である組織が能動的ー受

動的に,あるいは意識的-無意識的に学習する

情報を事前一事後に選択,などという次元の設

定である。

特に,本文であげた3つの次元以外の研究,

つまり解釈主義の立場に立った研究も近年重要

さを増しているということである。例えば,

March & Olsen (1976) らによるゴミ箱モデ

ル(GarbageCan Model)である。彼らの用

いる概念は,部分的には「経験を通じての学習J

(March & Olsen 1976:邦訳87)であったり,

学習の結果として組織構造を捉えたり(March

& Olsen1976:邦訳41)という上記の次元に入

る個所もある。しかし,ここでも重要な論点は

学習した内容の再解釈や認知的プロセスの側面

であり,その結果としてルースな連結になる。

吉田の情報概念でいえば,生物以降の情報であ

り,ここでは認知情報から価値情報への意味変

換の側面(吉田1974: 127-129)が欠落している。

Weick & Daft (1984:284-295)も認知的観

点から学習の概念を検討しているが,彼らの場

合は組織だけではなく個人の学習をも範暗に入

れている。寺本 (1993: 9)によると,組織学

習に関して以下のプロセス,つまり環境から知

識の獲得(knowledgeacquisition),情報の流

通(informationdistribution),情報解釈(in-

formation interpretation),組織的記憶(organ-

izational memory)の一連のプロセスを考え

ている。

図2組織

知識獲得 ι情報流通

情報解釈 . 組織的記憶

寺本 (1995:9)より転写

- 23一

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このプロセスで重要なのは,情報解釈過程と

組織記憶であると考える。なぜならば,前者は

同じ情報を得たとしても,それをどのように活

かすかはこの解釈過程によって情報が採用,選

好順序または棄却が決まるためであり,後者は

情報の蓄積過程において意味内容の変化(再解

釈)が生じ,当初の選好順序が変わるからであ

る(吉田1995)。つまり情報変換が生じるから

である。情報変換には,記号変換と意味変換が

ある(吉田1990)が,この意味変換についての

組織の認知メカニズムについては,更なる検討

が必要である。

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