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研究紀要第5号 F10-01 小学校におけるメディア・リテラシー教育 目標リスト作成のための研究 -第4学年児童の到達目標に関する考察を通して- 平成 17年2月 岡山県情報教育

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Page 1: Taro-H16 kiyou22 · 2005. 4. 1. · かかわる考察を行い,中学年における指導の目安 を探りながら「小学校ベタ゛゚ンモゾメクヴ教育 目標モケダ」を作成する。

研究紀要第5号

F10-01

小学校におけるメディア・リテラシー教育

目標リスト作成のための研究

-第4学年児童の到達目標に関する考察を通して-

平成17年2月

岡山県情報教育センター

Page 2: Taro-H16 kiyou22 · 2005. 4. 1. · かかわる考察を行い,中学年における指導の目安 を探りながら「小学校ベタ゛゚ンモゾメクヴ教育 目標モケダ」を作成する。

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小学校におけるメディア・リテラシー教育目標リスト作成のための研究-第4学年児童の到達目標に関する考察を通して-

岡山県情報教育センター 指導主事 高橋 伸明

研究の概要

小学校におけるメディア・リテラシー教育の目標リストを作成するために,第4学年児童を対象にした

実践的検証を行い,授業実践や事前事後調査から得られたデータよりメディア・リテラシーの高まりを分

析した。過去の高学年実践のデータや先行研究における知見と比較しながら考察した結果,中学年のメデ

ィア・リテラシー教育では,その到達目標を「映像・文字情報等の特性を踏まえて,情報を分析的に受け

止め,伝えたいことを効果的に表現する力」の育成に置くことは有効であるが 「社会的な文脈の中で制,

作者の意図を読み解く力」の育成に置くことは難しいという点が示唆された。このことを踏まえて,発達

段階を考慮した「小学校メディア・リテラシー教育目標リスト」を作成した。

[キーワード] メディア・リテラシー 到達目標 発達段階 思考・判断 社会的な文脈

1 はじめに

情報社会の進展と共に様々な不安や問題が発生

する現代において,児童にメディア・リテラシー

を育成することは非常に重要である 「情報教育。

の実践と学校の情報化 (文部科学省) にも」 (1)

「急速なメディア・情報社会の変容に耐え得るよ

うな主体的判断力醸成の意義は,ますます強調さ

れ共有されなければならない」と記されている。

近年,小学校における単元モデルを作成し,実践

・研究に取り組んでいる成果も報告されている

(高橋ら2003) 。(2)

実践・研究を進める過程で一番困ることは,児

童の発達段階・学年に応じて,どれくらいの力を

育てればよいかという基準ができていない点であ

る。そこで,メディア・リテラシー教育の内容と

段階を示した目標リストを作成しようと考えた。

指導内容は,例えば,NHK学校放送「体験!メ

ディアのABC」のカリキュラム に示された項(3)

目を参考に作成できる。しかし,指導する段階の

目安は既存の事例からは見つけることができない。

メディア・リテラシー教育を普及させるためには,

実践を通して得られた様々なデータから,指導す

る段階を見いだす必要があると考えた。

2 目的

本研究では,小学校第4学年の実践を通して高

まったメディア・リテラシーを分析する。そして,

先行実践・研究の成果と比較しながら発達段階に

かかわる考察を行い,中学年における指導の目安

を探りながら「小学校メディア・リテラシー教育

目標リスト」を作成する。

3 仮説

先行研究の中で行われてきた実践をもとに,小

学校第4学年児童のメディア・リテラシー教育に

ついて,次のような仮説を立てた。

・実践の到達目標を,映像・文字情報等の特性

を踏まえて情報を分析的に受け止めたり,伝

えたいことを効果的に表現したりする力の育

成に置くことは有効である。

図1 研究全体のイメージ

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・実践の到達目標を,マスメディアと商業のか

かわりなど,社会的な文脈の中で制作者の意

図を読み解く力の育成に置くことは難しい。

目標リストを作成する際には,こうした発達段

階の違いを踏まえる必要があると考える。

4 方法

(1) 実践にあたって,次のような指導上の留意点

をもって臨む。

ア 児童が情報の受け手と送り手両方の立場を行

き来する活動を取り入れる。

イ 児童が情報を批判的(クリティカル)に分析

する活動を取り入れる。

ウ 学習過程で多様なものの見方・考え方を促す

ような資料・教材を投入する。

(2) 上記の留意点が,児童のメディア・リテラシ

ーを高めることに結び付いたかどうかを確かめ

るため,また,3で述べた仮説を実証するため

に,次のようなデータで調べる(図1参照 。)

ア 児童の撮影した写真

イ 作品や発表内容を相互評価する場面での児童

の発言

ウ ワークシートの記述

エ 事前・事後調査

5 実験

(1) 授業実践

三つの小学校第4学年児童計83名を対象に,情

報・メディアの特性理解を促し,伝えたいことを

効果的に表現する力を育成するための小単元を実

践した(図2 。)

ここでは,総社市立総社東小学校第4学年児童

47名を対象に実施した授業の様子を記す。活動1

では,まず,グループごとに話し合い,被写体に

する先生と,その先生を題材にスピーチする際の

「伝えたいこと」を決めてから撮影に出かけた。

「伝えたいこと」はグループによって様々だが,

図2 授業実践の指導案(一部) 図3 1回目の多くは正面から撮影した肖像

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撮影した写真は,ほとんどのグループが正面から

写したバストショットの肖像だった(図3 。)

活動2では,全グループが撮影した写真を提示

しながらスピーチを行った(図4 。その他の児)

童はスピーチを聞きながら「自分だったらこうす

るのに」という視点をもって,相互評価を行って

いった。

一通りスピーチが終わった後 「同じ被写体で,

も,アングルやフレームを変えて撮影すると全く

違ったことが伝えられる写真になる」という新し

い見方・考え方に結び付く知識を,教師から得た

(図5 。そして,活動3では,自分たちの「伝)

えたいこと」をより明確に表現するために,どの

グループも「撮影の仕方」を工夫することができ

た(図6 。その後,グループごとにスピーチを)

しながら,1回目と2回目の写真の違いについて

意見交流したり,本単元の学習で分かったことや

マスメディアが伝える情報に関する気づき等を話

)。し合ったりして,学習のまとめを行った(図7

(2) レクチャと事前・事後調査

ア レクチャ

特に3の仮説の項で記したことを実証する目的

で,マスメディアと商業のかかわりなど社会的な

文脈の中で情報を読み取る際に必要な基礎知識を

図8 レクチャで使った教材(一部)

図4 「明るい○○先生」というスピーチ

図5 アングル・フレームを変えた撮影を知る

図6 2回目の撮影(図3と同グループ)

図7 各グループの2回の写真を並べた板書

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与えるために,クライアントと広告代理店の関係

等を説明する教材を活用して 「事前・事後調,

査」の前にレクチャを行った(図8 。)

授業者の説明内容は次のとおりである。

「商品とCM」

これからお話しするのは,世の中にたくさん売られている「商品」とそれを売るための「CM」についてのことです。いっしょに考えながら進めていくので,よく聞いてください。

さあ,とっても楽しい機能を備えた最新ゲーム機が新発売になりました。その名前は「はてなボックス 「はてなボックス」はある会社が開発し,発売」。しました。さて,この会社の人たちは,開発した「はてなボックス」がたくさん売れるためには,どんなことをすればよいか考えました。みなさんがこの会社の社長さんだったらどうしますか?

この会社では,テレビで流すCMを作ろうと考えました。世の中のたくさんの人に知ってもらい,たくさんの人に買ってもらおうと考えたのです。でも,ここでみなさんにたずねます。CMって誰が作るのか知っていますか?

実はCMって 「はてなボックス」を作った会社,が作るものではないのです。多くの場合,CMは「広告代理店」と呼ばれる会社で作られます。

もちろん 「はてなボックス」を作った会社は広,告代理店に「無料」でCMを作ってもらうわけではありません。この「はてなボックス」の場合,会社は広告代理店へ1,000万円のCM制作費を払って,CMを作ってもらうことになりました。

広告代理店は1,000万円の費用で,いろいろなアイデアと技術をフルに使って,見る人に「はてなボックス」のよさが伝わるCMを一生懸命に作りました。そして完成。見る人の気持ちをつかみ 「はて,なボックス」を使ってみたい!と思わせるような楽しいCMがテレビに流れはじめました。また,合わせて雑誌でも紹介されました。

すると,全国であっという間に「はてなボックス」の大ブームが起きました。うわさはたちまち広がっていき 「はてなボックス」は売れに売れまし,た。

そして「はてなボックス」を作った会社は,たった1ヶ月の間で2,000万円もの売り上げを記録しました。2,000万円売り上げたということは,広告代理店に1,000万円のCM制作費を払ったことを考えても,いくらもうかったことになりますか?そう,1,000万円の利益を上げたことになりますね。

このように,商品をただ作っただけでは,商品はたくさん売れるとは限りません。だったら,1,000万円という高いお金を広告代理店へ払ったとしても,たくさん売れれば結局大きな利益を上げることができますね。

みなさんが見ているテレビCMは,そのほとんどがこういう仕組みの中で作られています。そして,そのほとんどが「商品を売るため」に作られている,もっと言えばCMは「商品のよいところを伝えるために」作られているということです。ぜひ知っておいてください。

イ 事前・事後調査

授業実践の前後に,次の調査を実施した。

問題A

栄養ドリンクのテレビCMを3回視聴しなが

問① 写し方の工夫点

問② ①によってどんなことを伝えようと

しているか

について気づいたことを自由記述する。

問題B

栄養ドリンクのポスターを見ながら

問① 写し方の工夫点

問② ①によってどんなことを伝えようと

しているか

について気づいたことを自由記述する。

また,総社東小学校児童に対しては 「ディジ,

タルカメラで写真を撮る際の意識調査」を授業実

践の前後に実施した。

6 結果

(1) メディア・リテラシーの高まり

本実践と事前・事後調査から,次のようなメデ

ィア・リテラシーの高まりが見られた。

ア 児童の撮影した写真

授業実践の中で,3校の児童が撮影したディジ

タルカメラの写真を分類すると次のようになった

(表1,写真9 。)

1回目の撮影からアングルやフレームのとり方

を工夫しているグループは見られなかった。また,

モデルにポーズを求める等の工夫が反映された写

真が,1回目の撮影から9つのグループに見られ

表1 1,2回目の写真に見られる撮影の工夫

意図が撮影の工夫に

反映されている

主な撮影の工夫

アングル フレーム モデルの

撮影回 ポーズ他

8 0 0 91回目

0 8 8 12回目

※数字はグループ数(全17グループ)

れていない

撮影の工夫

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るが,このうち5つのグループは,日常活動の中

でディジタルカメラで撮影した写真を使ったスピ

ーチ活動を行っている学級の児童である。しかし,

こうした使い慣れた児童でも,アングルやフレー

ムのとり方を工夫することは,1回目の撮影では

できなかった。体験だけでなく知識が身に付いて

いないと,こうした撮影の工夫は困難であるとい

うことを示している。

いずれのグループも,2回目の写真は1回目に

比べて「伝えたいこと」が「撮影の工夫」によっ

て,より明確に伝わるものになっていた。それに

対して1回目の写真は,モデルにポーズを求めて

一見工夫して撮影しているようにも見えるが,

「伝えたいこと」と結び付いておらず,ただ何と

なくポーズを求めただけ,という程度のものも数

多く見られた。

イ 児童の発言

ワークシートの中に,スピーチを相互評価する

際の視点として「伝えたいことが~ならば,自分

だったら~するのに」という言葉を記した。その

視点を生かして,代案を示しながらスピーチを批

判的(クリティカル)に分析した意見を述べるこ

とができる児童も現れた(以下,一部抜粋 。)

・伝えたいことが「かしこい」ということな

ら,ぼくだったら 100点を取ったテストプ

リントを持って写るけど,どうですか?

・伝えたいことが「算数が好き」ならば,私

だったら計算ドリルなどをしている写真を

写すけど,どう思いますか?

・伝えたいことが「バスケットボールが好

き」ならば,私だったらボールをついてい

るところを写すけど,どう思いますか?

ウ ワークシートの記述

児童は2回の写真を比較し,気づいたことをワ

ークシートへ記入した。撮影者の意図と撮影の工

夫とを結び付けてとらえ,見方・考え方を広げて

いる記述が数多く見られた(以下,一部抜粋 。)

・Eくんの写真はフレームの広さを変えてい

て,一人ぼっちになっても勉強しているこ

とが分かるので,まじめなんだということ

が伝わってくる。

・Fくんの写真は,力強いポーズをとってる

けど,下から撮っているのでもっと強そう

に見せている。

・Gくんは,最初はただ本を読んでいるだけ

だったけど,フレームを広くして写して,

本に囲まれている様子が見えるようになっ

て,本が好きなんだなあ,ということがよ

く伝わってきた。

エ 事前・事後調査

問題A・Bの回答から,事前・事後調査の結果

を次のように集約した(図10,11 。)

1 問①の記述から,撮影の仕方の工夫に触

れているものだけを拾い出す。

2 1に対応して書いた問②の記述のうち,

意味・文脈が妥当なものだけを「正答」と

し,①②それぞれを分類・集計する。

)図9 写真の変容例(左→右は1回目→2回目

■フレームのとり方を工夫した例

算数の問題を解くAくん 自主学習を頑張るAくん

楽しく優しいB先生 一生懸命なB先生

■アングルのとり方を工夫した例

少林寺拳法をするCくん 世界の平和を守るCくん

明るいD先生 頑張りやのD先生

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表2 「アングル」への気づきの高まり

平均値 N 標準偏差 t値

.74 86 .439.74 86 .439.74 86 .439.74 86 .439CM事後

CM事前 .10 86 .308

.47 86 .502.47 86 .502.47 86 .502.47 86 .502ポスター事後

ポスター事前 .07 86 .256

CM・ポスターどちらの分析でも,事前調査に

比べて事後調査の方が「写し方を工夫していると

ころ」と「その工夫によって伝えようとしている

こと」に気づいている児童の数が増えていた。特

にアングルの工夫を読み取れる児童が著しく増加

し,授業の効果がうかがえた。図10の*1と図11

の*2について事前事後のt検定を行ったところ,

表2ように5%水準で有意に上昇が見られた。

また,授業で扱ったのは「静止画」だが 「動,

-7.455

-12.280

表3 ディジタルカメラで撮影する際の意識調査で有意差の認められた調査項目

平均 標準 有意調査項目 値 偏差 確率

(両側)事後 事後事前 事前4.46 .8364.46 .8364.46 .8364.46 .836写す角度を考えることが3.89 .699 .002できる4.70 .6184.70 .6184.70 .6184.70 .618ちょうどいい大きさを考4.03 .799 .000えることができる4.08 .8294.08 .8294.08 .8294.08 .829写したものの大きさが分3.38 .982 .001かるようにできる4.49 .8374.49 .8374.49 .8374.49 .837逆光になっていないか気3.68 1.056 .000をつけることができる4.49 .7684.49 .7684.49 .7684.49 .768ピントを合わせることが3.78 1.084 .001できる4.70 .5714.70 .5714.70 .5714.70 .571手ぶれしないように気を4.19 .995 .004つけることができる

※「選択肢」とその値「はい」5 「少しはい」4 「どちらでもない」3「少しいいえ」2 「いいえ」1

図10 ①「写し方を工夫しているところ」と②「その工夫によって伝えようとしていること」に記述した項目と児童数※対応している①②の回答が,共に妥当な場

合のみ「正答」と見なし集計

<問題A「栄養ドリンクのテレビCM」分析調査>

*1

図11 ①「写し方を工夫しているところ」と②「その工夫によって伝えようとしていること」に記述した項目と児童数※対応している①②の回答が,共に妥当な場

合のみ「正答」と見なし集計

<問題B「栄養ドリンクのポスター」分析調査>

*2

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画」が題材の問題Aでも問題Bと同様の傾向を示

している。このことは,授業によって新しい見方

・考え方が確かに培われたことを裏付けている。

さらに,総社東小学校第4学年児童(47名)に

ついては,ディジタルカメラを撮影する際の意識

調査を,授業の前後に実施した。表3に示した6

項目において有意な高まりが見られた。静止画の

特性を体験的に理解したことによって,撮影時の

留意点が新たに意識できたことを示している。

(2) 高まりが難しいメディア・リテラシー

「第4学年児童には,マスメディアと商業のか

かわりなど,社会的な文脈の中で制作者の意図を

読み解く力を育成することは難しい 」という仮。

説の一部を検証するために,CMやポスターを分

析した事後調査のデータから 「撮影の工夫」と,

「制作者の意図」とを結び付けて考えた児童の割

合を集計した(図12 。ここで言う「制作者の意)

図」とは,栄養ドリンクのメーカーが視聴者の購

買意欲を高めることである。事後調査の問②で

「買って欲しい」という回答をしている児童が,

マスメディアと商業のかかわりから制作者の意図

に考えを及ばせていると,とらえることとした。

前もって「商品とCM」というレクチャを受け

ていたにもかかわらず,CMやポスターの「撮影

の工夫」から制作者の意図をとらえた児童は,増

加した事後調査でも,10%前後しかなかった。こ

のことは,判断材料となる知識を与えられても,

社会的な文脈の中で情報の特性について考えるこ

とが,必ずしもできるわけではないということを

表している。

7 考察

6 (1)で示された児童のメディア・リテラシー

の高まりによって,仮説の前半「小学校第4学年

におけるメディア・リテラシー教育では,その到

達目標を『映像・文字情報等の特性を踏まえて情

報を分析的に受け止めたり,伝えたいことを効果

的に表現したりする力』の育成に置くことは有効

である」という点は示されたと考える。ここでは,

仮説の後半「マスメディアと商業のかかわりなど,

社会的な文脈の中で制作者の意図を読み解く力を

育成することは難しい 」ということについて,。

先行実践・研究の内容と比較したり学習指導要領

の記述を分析したりしながら,考察を深めていく。

(1) 先行実践・研究の成果より

実施条件が異なるので,本研究の結果と単純な

比較はできないが,中村らが行った第5・6学年

対象のメディア・リテラシー教育実践 のデー(4)

タを見ると,ある化粧品のテレビCMを見た後に

「何のために作られたか 「見た人はどう思う」

か」等の設問に回答した文章では,社会的な文脈

を意識して妥当な記述をした児童が全体の70~94

%に達している(表4 。また,2003年には笠岡)

CM分析 ポスター分析

図12 「撮影の工夫」と「制作者の意図」とを

結び付けて考えることができた児童の割合

表4 第5・6学年児童が化粧品のCMを見て回答したCM分析テストの結果(一部)

(2002,笠岡市立金浦小学校)

設問 正答例 正答者/被験者81/881)どんな人が 性別 ・女性

86/88対象か 年齢 ・30~40歳代

67/88職業 ・OL ・主婦

61/882)何のために作られたか ・商品を売るため

83/883)見た人はどう思うか ・買いたい・使いたい

63/884)現実離れしているのは ・しわがすぐ取れるどんな点か ・街角の文化教室へ

美女ばかりが大勢集まる 等

図13 「撮影の工夫」を商業とのかかわりの中で

考えることができた児童数の比較

(2003,笠岡市立中央小学校)

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市立中央小学校で栄養ドリンクのCM分析テスト

を実施した。この場合,本研究で行ったような

「商品とCM」のレクチャは行わず,児童はCM

を3回視聴しながら「1)写し方を工夫していると

思うところ 「2)その工夫によってどんなことを」

伝えようとしているか」に対する回答を自由記述

で行った。記述を分析すると,1)については第4

学年も第6学年も大きな差は見られなかった。し

かし,2)でCM制作者の意図を商業の性質と結び

付けてとらえ,撮影の工夫について考えることが

)。できた児童は,第6学年で42%に上った(図13

H.G.ファース(以下「ファース」とい

う )は,社会についての思考に関する研究 の。 (5)

中で,子どもの発達段階を4つに分けている。そ

して,その段階ごとの特徴的な様子のうち 「商,

業」に関する思考例を取り出すと表5のようにな

る。ファースによると,子どもの思考はお金の社

会的機能が認識できない第Ⅰ段階から基本的な経

済原理を理解できる第Ⅳ段階へと,段階的に発達

していく。6 (2)で記した第4学年児童にとって

困難だったものの見方・考え方は,この分類にお

いては第Ⅳ段階あるいは第Ⅲ段階に到達していな

い思考レベルであることが見取られる。

この研究の中でファースは, 195人の子どもに

面接調査を行い,思考の特徴から一人一人がどの

発達段階に位置するかを判定・整理した。その結

果をもとに,各発達段階に属する子どもの割合を

年齢ごとに示したものが図14である。個人差は見

られるものの,10歳の時期には,社会的事象につ

いて論理的に考えることが困難な第Ⅱ段階の子ど

もが15%いることや,基本的な経済原理が理解で

きている第Ⅳ段階の子どもが,18%程度しかいな

いことなどが分かる。10歳は第4学年にあたる年

齢である。つまりこのことは,第4学年で商業・

経済的な背景について思考することが発達段階的

に難しいということを裏付けていると考える。

(2) 各教科学習指導要領の目標より

また,小学校学習指導要領(文部科学省)(6)

「目標」の中に見られる思考・判断に関する発達

段階の記述に着目すると,例えば,表6のような

箇所を見取ることができる。社会科で言えば,第

5・6学年で社会的な文脈から事象の意味につい

て考える力を育成することが示されている。その

他の教科でも,高学年になって,より多面的な見

表6 学習指導要領「目標」に見られる

思考・判断に関する児童の発達段階(一部)第3学年 第4学年 第5学年 第6学年

国語

社会 社会的事象の意味について考える力を育てるようにする

社会的事象の意味をより広い視野から考える力を育てるようにする

算数 資料を整理して表やグラフに表したり用いたりすることができるようにし,それらの有用さが分かるようにする

数量やその関係を式やグラフを用いて表したり考察したりすることができるようにする

百分率や円グラフを用いるなど,統計的に考察することができるようにする

比や比例の意味について理解し,数量の関係の考察に関数の考えを用いることができるようにする

理科 比較しながら…見いだした問題を興味・関心をもって追究する

関係付けながら…見いだした問題を興味・関心をもって追究する

条件に目を向けながら…見いだした問題を計画的に追究する

関係付けながら…見いだした問題を多面的に追究する

相手や目的に応じて,適切に書く自分の考えが明確になるように,段落相互の関係を考える

目的や意図に応じて,自分の考えを効果的に書く自分の考えを明確に表現するため,文章全体の組立ての効果を考える

地域社会の社会的事象の特色や相互の関連などについて考える力を育てるようにする

表5 社会に関する思考段階とその様子(例)

(ファース: ピアジェ理論と子どもの世界」より引用)「

思考特徴的な様子(例)

段階第 ・より全体的な理解,基本的な経済原理の理解Ⅳ ・経営者は安く仕入れ高く売るという「利潤」につい段 て論理的に理解する階 ・個人的なお金と社会的なお金を結び付けて理解する

・部分的ではあるが一貫性をもった論理的・組織的な第 解釈をするⅢ ・店が商品に関して工場や問屋へお金を支払うという段 社会的システムを観察しなくても理解する階 ・全体的な理解の枠組みを欠いているので,いやいや

考えたり妥協的な解決をしたりする・初歩的な理解はできる,だが想像的な思考・お金を支払うという社会的な行為,おつりは支払い

とは別物という認識・客が品物を買うお金と店が仕入れるために支払うお

金が結びつかない第 ・社会についての解釈の枠組みの欠如,想像的な理解Ⅰ ・お金の社会的機能についての認識がない段 ・店が客に渡すおつりを,お金を与えているように見階 なす

第Ⅱ段階

図14 「社会についての思考」各発達段階に

属する子どもの年齢ごとの割合

(ファース: ピアジェ理論と子どもの世界」より「

データを引用し再構成)

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方や客観的な判断を児童に求める目標が設定され

ている。つまり,これら主要4教科の目標に見ら

れる思考・判断の発達段階は,前述した中・高学

年の到達目標の違いを裏付けるものと考える。

以上のことから,中学年では,社会的な文脈の

中で制作者の意図を読み解く力を育成することは

難しいのではないかと考える。

8 結論

小学校第4学年におけるメディア・リテラシー

教育では,その到達目標を「映像・文字情報等の

特性を踏まえて情報を分析的に受け止めたり,伝

えたいことを効果的に表現したりする力」の育成

に置くことは有効だが 「マスメディアと商業の,

かかわりなど,社会的な文脈の中で制作者の意図

を読み解く力」の育成に置くことは難しいという

表7 小学校メディア・リテラシー教育の目標リスト○=指導開始学年

  目標リスト

a001 私たちの身の回りにはさまざまなメディアがあることを知る。 ○

a002 私たちはテレビをはじめとするさまざまなメディアからたくさんの情報を得て生活していることを知る。 ○

a003 メディアが伝える情報は,ほとんどが「文字」「音・声」「写真・絵」「動く映像」に分類できることを知る。 ○

a004 ボディランゲージは自分の身体の動きや表情で情報を伝えるメディアであることを知る。 ○

b001 言葉や文字は,正確な情報を詳しく伝えることができるものであることを知る。 ○

b002 キャッチコピーは,簡潔でインパクトのある言葉を使い,ターゲットを意識して作られるものであることを知る。 ○

b003 写真や動く映像は伝えたいことを短時間に分かりやすく伝えることができるものであることを知る。 ○

b004 写真や動く映像は見る人に与える印象が強いので,伝えたいことによって使うものを工夫する必要があることを知る。 ○

b005 ある情報に効果音を付け加えると,もとの情報の印象を変えることができることを知る。 ○

b006 同じパーソナルなメディアでも,手紙・電話・Eメールなど,それぞれが違った特性をもっていることを知る。 ○

c001 新聞などの印刷メディアは,写真と文章を組み合わせることによって伝えたいことを効果的に伝えていることを知る。 ○

c002 映像に字幕やナレーションを組み合わせることによって,伝えたいことを効果的に伝えることができることを知る。 ○

d001 テレビや広告写真の中には,合成によって作られた映像がたくさんあることを知る。 ○

d002 同じ被写体でも,撮影するサイズによって印象が変わることを知る。 ○

d003 同じ被写体でも,カメラワークによって撮影される映像の印象が違うことを知る。 ○

d004 同じ被写体でも,照明の当て方を変えると印象が変わることを知る。 ○

d005 同じ映像が,組み合わせや並べる順場を変えるだけで,まったく別の意味をもつ場合があることを知る。 ○

d006 同じ映像でも,同時に聞こえる音が違うと印象が変わることを知る。 ○

d007 同じ映像でも,ナレーションのつけ方を変えると伝わる意味が変わることを知る。 ○

d008 動く映像は静止画の連続によって作られているので,実際には撮影できない映像を作ることができるということを知る。 ○

e001 情報は事実の全てではなく一部を切り取ったり強調したりして伝えるものであることを知る。 ○

e002 マスメディアが伝える音声の多くは,意図的に録音されたものであることを知る。 ○

e003 編集された映像には必ず編集した人の意図が込められていることを知る。 ○

e004 同じインタビュー素材でも,話の組み合わせ方や順番を変えて編集すると伝わることが変わる場合があることを知る。 ○

e005 メディアが伝える情報には,制作者の意図を効果的に伝えるための演出が含まれている場合があることを知る。 ○

e006 メディアが伝える情報は,制作者の意図を効果的に伝えるために構成が加えられていることを知る。 ○

f001 受け手の知識や経験によって,情報の伝わり方は変わってくることを知る。 ○

f002 同じ情報でも,受け手の興味や見方・考え方によって違った意味に伝わる場合があることを知る。 ○

g001 マスメディアからはたくさんの広告が伝えられることを知る。 ○

g002 商品のキャッチコピーは,狙った客層の購買欲をひきつけるように書かれていることを知る。 ○

g003 コマーシャルの映像は,短い時間で効果的に商品を宣伝するため,綿密な計算に基づいて作られていることを知る。 ○

g004 民間放送局の放映する番組の多くには企業等のスポンサーがあり,その広告料で番組が作られていることを知る。 ○

g005 民間放送局の放映する番組の多くは,視聴率の高低で広告料が増減することを知る。 ○

g006 マスメディアでは,信憑性や芸術性よりも娯楽性・大衆性に重きをおいた情報が伝えられる場合があることを知る。 ○

A 情報はさまざまなメディアを通して伝えられることを知る。

B メディアにはそれぞれ特徴があることを知る。

C マスメディアが伝える情報には,映像と言語とを組み合わせて意図が効果的に伝えられているものがあることを知る。

D 映像メディアには,様々な表現技法が使われていることを知る。

F 情報は受け手の受け止め方によって違った伝わり方をする場合があることを知る。

G マスメディアの伝える情報には商業とのかかわりが深いものがあることを知る。

E 情報は送り手の意図によって構成されていることを知る。

5年 6年3年 4年

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- 10 -

点が示唆された。

このことを踏まえながら,先行実践・研究等の

内容をもとに「小学校メディア・リテラシー教育

の目標リスト」を作成した(表7 。)

作成は次のような手順により行った。

1)先行実践における学習目標の抽出・整理・2001年度笠岡市立金浦小第5・6学年・2002,2003年度笠岡市立中央小第6・4学年2)NHK学校放送「体験!メディアのABC」に基づく学習目標の抽出・類型化3)カナダ・オンタリオ州教育省制定「メディア・リテラシーの基本的な概念」 に基づ(7)

いた目標項目の確認・整理・上位項目7,下位項目34を設定・既存の研究で明らかになっている発達段階を反映し「指導開始学年」を設定4)本研究の実施・示された発達段階に関する知見を反映し,3)で作成した目標項目へ「指導開始学年」を設定(主として項目G)

メディア・リテラシー教育は4(1) アに示した

ように,学習者が情報の「受け手」と「送り手」

を循環することによって進めるものであり,その

両面の能力を高める教育である。しかし,特に

「送り手」としての能力を高める指導は,これま

でも情報教育や各教科の学習場面で実施されてき

た。ここでは,メディア・リテラシー教育として

特徴的な「情報の受け手」を育てる側面に重点を

置き,情報を批判的(クリティカル)に読み解く

際の判断材料となる「知識」をリストアップした。

そして,どの学年からその「知識」を指導してい

くべきかという目安を,発達段階として示した。

なお,ここに整理した情報の「受け手」の際に

活用する「知識」は 「送り手」になった際にも,

「意図を明確に表現するため工夫・手だて」とし

て生かすことができる 「知識」は単に教え込む。

ことによって身に付くのではなく 「受け手と送,

り手を循環する」ことによってより確かな「認

識」へと結び付くということも付け加えておく。

9 今後の課題

本研究の中で作成した「小学校メディア・リテ

ラシー教育の目標リスト」を,1)児童の発達段階

から見て無理のないものか,2)設定された目標項

目の中で不要なものはないか,3)その他にも必要

な目標項目はないか,等の視点で検証する。その

際,より多くの実践者と連携を取り,小学校各学

年におけるメディア・リテラシー教育実践を開発

し,実施する。そして,児童のメディア・リテラ

シーの高まりを分析しながら,より児童の発達段

階や実態に合う目標項目へと修正していきたい。

10 おわりに

一言でメディア・リテラシー教育と言っても,

様々な立場・考えを背景にした実践がある。それ

らは一見,主義主張の違いから「相いれないも

の」と受け止められることがある。しかし,情報

の内容や構成を分析的に受け止めたり意図を効果

的に伝えたりする力の育成が,この情報社会にお

いて不可欠であることは言うまでもない。どんな

アプローチの仕方であれ,メディア・リテラシー

教育は学校教育に普及・定着させるべきだと考え

る。筆者は今後も「情報教育」の枠組みの中で,

この教育内容の実践研究を推進していきたい。

最後に,本研究を進めるにあたり授業実践に取

り組んでくださった研究協力者の方々に,深く謝

意を表します。

<研究協力者>

西澤 摩利子 総社市立総社東小学校教諭

城井田 成美 総社市立総社東小学校講師

影山 知美 津山市立西小学校教諭

岩崎 由貴子 真庭郡落合町立天津小学校教諭

<参考文献及びWebページ>

(1) 文部科学省:情報教育の実践と学校の情報化,

2002年6月

(2) 高橋伸明ほか:メディア・リテラシーを育て

る授業作りのための単元モデルに関する研究,

日本教育工学会第19回大会講演論文集,2003

年10月

(3) NHK学校放送:体験!メディアのABC,

http://www.nhk.or.jp/abc/ja/frame.html

(4) 中村ひとみほか:メディア・リテラシー教育

の小学校高学年カリキュラム作成,第29回全

日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集,

2002年10月

(5) H.G.ファース:ピアジェ理論と子どもの

世界-子どもが理解する大人の世界-,北大

路書房,1988年9月

(6) 文部科学省:小学校学習指導要領解説 国語

編・社会編・算数編・理科編,1999年5月

(7) カナダ・オンタリオ州教育省:メディア・リ

テラシー-マスメディアを読み解く-,リベ

ルタ出版,1992年11月

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平成17年2月発行

編集・発行 岡山県情報教育センター

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