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ISAS ニュース No.367 2011.10 1 ISSN 0285-2861 2011.10 No. 367 ニュース 宇宙科学研究所 はじめに 半世紀余りの間,我が国は固体ロケットの基盤技 術獲得に力を注いできました。研究を積み重ねた技 術群は飛翔実証の機会を経て高度化を果たし,ご 存知の通りM-Ⅴ型ロケットとして結実しました。今 や固体ロケット推進技術は,現在の宇宙活動を支 える基盤の一つとなりました。ところが高性能化を 目指す研究開発一辺倒だった固体ロケットの分野は 近ごろ少し様子が変わってきたようです。これは推 進分野に限らないと思いますが,宇宙関連技術は 高性能化,高機能化などの要求に加え,宇宙利用 を促す低コスト化も重視されるようになりました。 そこで姿こそ見えませんが固体ロケットの中に ぎっしり詰まった固体推進薬について,低コスト化 に関する研究と,高性能化そして環境負荷の低減 を目指す将来研究の二つについてご紹介します。 低コスト化で宇宙利用拡大に貢献 我が国の固体ロケットの新たな時代を担うイプシ ロンロケットの開発構想では,打上げシステムのさ らなる発展を目指しています。M-Ⅴに適用されてい た固体ロケットモータは,今なお他国の追随を許さ ぬほどに高い推進性能を誇っています。イプシロン に適用される次世代固体ロケットモータは,M-Ⅴを 基礎にして我が国が有する高度な宇宙推進の基盤 技術を洗練させながら,さらには国際競争力を高め るための低コスト化が図られています。 固体ロケット推進薬は,主としてバインダーゴム のHTPB(末端水酸基ポリブタジエン)とAP(過塩 宇宙科学 最前線 羽生宏人 宇宙輸送工学研究系 助教 内之浦局の 10m アンテナ。2011 6 月をもって引退した。 進化を続ける 固体ロケット推進薬

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ISAS ニュース No.367 2011.10  1

ISSN 0285-2861

2011.10No. 367

ニュース宇宙科学研究所

 はじめに 半世紀余りの間,我が国は固体ロケットの基盤技術獲得に力を注いできました。研究を積み重ねた技術群は飛翔実証の機会を経て高度化を果たし,ご存知の通りM-Ⅴ型ロケットとして結実しました。今や固体ロケット推進技術は,現在の宇宙活動を支える基盤の一つとなりました。ところが高性能化を目指す研究開発一辺倒だった固体ロケットの分野は近ごろ少し様子が変わってきたようです。これは推進分野に限らないと思いますが,宇宙関連技術は高性能化,高機能化などの要求に加え,宇宙利用を促す低コスト化も重視されるようになりました。 そこで姿こそ見えませんが固体ロケットの中にぎっしり詰まった固体推進薬について,低コスト化

に関する研究と,高性能化そして環境負荷の低減を目指す将来研究の二つについてご紹介します。

 低コスト化で宇宙利用拡大に貢献 我が国の固体ロケットの新たな時代を担うイプシロンロケットの開発構想では,打上げシステムのさらなる発展を目指しています。M-Ⅴに適用されていた固体ロケットモータは,今なお他国の追随を許さぬほどに高い推進性能を誇っています。イプシロンに適用される次世代固体ロケットモータは,M-Ⅴを基礎にして我が国が有する高度な宇宙推進の基盤技術を洗練させながら,さらには国際競争力を高めるための低コスト化が図られています。 固体ロケット推進薬は,主としてバインダーゴムのHTPB(末端水酸基ポリブタジエン)とAP(過塩

宇 宙 科 学 最 前 線

羽生宏人宇宙輸送工学研究系 助教

内之浦局の 10m アンテナ。2011 年 6 月をもって引退した。

進化を続ける固体ロケット推進薬

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素酸アンモニウム)そしてAl(アルミニウム)の3成分で構成されています。一般にロケットモータの重量の90%以上を占めることから,コスト分析ではその大半を占めることになります。したがってコスト低減を図るには,適用原料をより安価な代替材に置き換えるとか無駄のない新たな製造方法を検討するといった基盤技術を活用して,いかにして同等品を製造するかという生産技術の側面から検討がなされます。一方で固体ロケットモータの信頼性を維持,向上させる観点から,推進薬組成を変えずに使い込むことも一つの選択肢です。これなら初期投資が必要ありませんし,初期の技術開発リスクを最小にすることができます。残念ながら研究者としては技術開発に取り組むチャンスを失うことになりますが。しかし実際には獲得技術を長く使い続けることにもリスクが伴います。いわゆる材料枯渇と呼ばれるもので,時代の流れとともに避けられない問題となっています。材料の製造中止や仕様変更などで,しばしばこの問題に直面します。ロケットに適用されているいずれの材料も設計段階で十分吟味されているため,カタログ上で同等かそれ以上の性能を有する材料であっても容易に変更することができません。対象が輸入品であるとさらに問題が膨らみます。 以上のような背景から,固体推進薬分野でも材料枯渇に強くコスト低減効果が得られるような研究課題に取り組むことにしました。 現在,実用固体推進薬には主に2種類の輸入材料が使用されています。その一つはGGP(Gas

Generator Propellant:ガス発生推進薬)に使用される燃焼温度低減剤です。この材料は我が国が主要消費国となっており,海外の製造元から使用の都度手続きを取って入手しています。製造量が限られてしまうために原料単価が非常に高くなってしまいます。M-Ⅴ運用当時は継続的に使用していたので特段の障害

にはなっていませんでしたが,いったん輸入を止めると入手に手間が掛かることが分かりました。次期固体ロケットの開発準備に関わった折,この課題は早期に解決すべきと考えていました。補助推進系はロケット全体から見ると,とても小さなサブシステムなのであまり目立たない存在です。しかし,もしこれが製造できないような場面に出くわすと影響は計り知れません。そこで,低コスト化とリスク管理の一環で国内調達可能な安価な材料の適用を考えました。 AN(硝酸アンモニウム)はH(水素),N(窒素),O(酸素)で構成される結晶性の物質です。産業爆薬の原料あるいは化学肥料として広く用いられています。価格は実用固体推進薬の酸化剤であるAPの10分の1程度で非常に安価です。ANは,酸化剤としての機能を持っていますが,燃焼性能や物性面から固体ロケットの主推進系への適用は難しいと考えられてきました。補助推進系は主推進系ほど高温の燃焼ガスを必要としていません。その理由は,燃焼ガスの噴射方向を金属製の可動式バルブを介して制御しているためです。金属の融点を超えるような高温の燃焼ガスでは,むしろ使い物にならないのです。実際のところは約1400K程度のガス温度にするため,先に説明した燃焼温度低減剤が使用されています。このようなセンスでいけば,GGPにはANが適用可能ではないかと考えたわけです。 そこで手始めに化学平衡計算を使ってANを使った固体推進薬組成の燃焼ガス温度を調べてみることにしました。HTPB/AP/ANを基本組成として,HTPBの割合を実際のつくりやすさを考慮して23~ 25%の範囲で設定し,AN/APの混合比をパラメータに計算をしました。図1に示すように,燃焼ガス温度が1400K以下となる組み合わせがあることが分かりました。そこで実際に固体推進薬を研究室で試作し,予測通りの結果が得られるか小型ロケットモータで燃焼実験を行い,確認することにしました。図2は燃焼試験の様子です。燃焼は安定していて,燃焼ガス温度はほぼ予測通りであることが確認できました。方向性を決める上では,非常に良い結果でした。 AN系固体推進薬の実用化には改善しなければならない点がいくつかあります。その一つが,ANの吸湿性です。この点については,研究分野を横断して国内の大学と連携し,新たな技術の導入をもくろんでいます。

 環境に優しい固体推進薬の研究 宇宙を使って仕事をする私たちにとって,「環境」という言葉が意味する範囲は,地上から軌道上まで及びます。そこで,地上と軌道上の二つの視点から,

図 1 燃焼ガス温度の評価結果

図 2 小型固体ロケットモータによるGGP の燃焼試験 宇宙研あきる野実験施設にて

2000

Binder 23%Binder 24%Binder 25%

1800

1600

1400

1200

200

00 0.5 1 1.5 2

酸化剤中のANの混合割合

断熱火炎温度(K)

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固体推進薬の環境負荷低減に関わる研究をご紹介しましょう。 実用の固体ロケット推進薬は,燃焼に必要な酸素を酸化剤であるAPの熱分解によって得ています。現状では,入手性や物性など固体推進薬の製造に適した酸化剤はAPしかなく,我が国だけでなく世界中の固体ロケット推進技術に使用されています。APにはハロゲン元素の一つである塩素原子が含まれていて,固体推進薬の燃焼によって大部分はHCl(塩酸)として生成します。大型のロケットでは100トン以上の固体推進薬を一度に消費するので,ロケットの発射施設周辺にはHClを含むガスが多量に排出されます。ロケットの打上げ機数は今のところ少ないのですが,一時的には環境負荷を与えていることには違いありません。このような理由から,我々の身近な環境に及ぼす負担を低減させるための技術が求められています。一方,固体ロケットの性能を向上させるためには,固体推進薬の改良によって燃焼ガスの温度を高めることや,燃焼生成ガスの平均分子量を下げることが必要になります。以上のような要求を満たすためには,ハロゲン元素を持たず,化学エネルギーをたくさん蓄え,そしてより小さな分子に分解するような化学物質を探さなければなりません。 HEM(High Energetic Materials:高エネルギー物質)は,そのような特性のいくつかを有する物質の総称です。すなわち,HEMは化学エネルギーの貯蔵庫であり,化学的な分解過程で単位質量当たりに放出される熱エネルギーが比較的高い物質です。熱分解過程で酸素を放出することができれば,高エネルギー酸化剤として重宝する物質になります。とても重要なのは,HEMの多くがAPで問題となっているハロゲンを含んでいない点です。つまり,HEMが固体ロケットの酸化剤として使えるようになれば,ロケットの推進性能向上と環境負荷の低減が同時に達成できることになります。 近年,我が国のHEM研究は新たなニーズに応えるべく再び活発になってきました。(社)火薬学会では高エネルギー物質研究会(主として宇宙研,産業技術総合研究所,東京大学,横浜国立大学,日本大学,福岡大学で構成)が組織化され,HEMの一種であるADN(アンモニウムジニトラミド)の固体推進薬への適用に関する基礎研究が進められています。ADNはANと同じくH,N,Oのみで構成される物質ですが,非常に吸湿性が高いため,使いこなすには,この課題を解決しなければなりません。一つの方向性としては,結晶粒子を上手に加工して防湿する方法が挙げられます。このような新しい技術分野の開拓に,大学院生をはじめとする若い研究者たちが活躍しています。ぜひとも新しい固体ロケッ

ト推進薬を一緒につくり上げていきたいと思います。 さて,ここで視点を変えます。地球を回る軌道上では,スペースデブリ(宇宙ごみ)が世界中の宇宙関係者を悩ませています。宇宙を使う私たちは,積極的にこの問題解決に取り組まなければなりません。固体ロケットの分野では,最上段ロケットモータから排出されるスラグ(推進薬燃焼残渣)や炭化した断熱材ゴム(モータケースと推進薬の間に施工されている材料)などがデブリになると考えられています。 スラグの主成分は,推進薬主要成分であるAlの燃え残りと酸化物のアルミナの混合物です。スラグはロケット燃焼中にノズルスロート近傍に少量蓄積し,ロケットの燃焼末期に放出されると考えられています。Alは一般に燃焼効率を高めるために微粒子の状態で混和されており,固体推進薬の性能を左右する非常に重要な物質です。しかし,デブリ対策でAlの排除を考えると,低下する推進性能を別の手段で補わなければなりません。 そこで前出のHEMの出番になります。GAP(グリシジルアジ化ポリマ)は高分子のHEMです。詳細は『ISASニュース』2000年8月号(No. 233)をご参照ください。HTPBの代わりにGAPを適用することで,低減する推進性能を最小限にすることが期待できます。このような着想から,デブリ低減固体推進薬の候補として2成分系のGAP/APコンポジット固体推進薬の燃焼特性に関する研究を行っています。

 おわりに 誌面の都合で研究の詳細までご説明できていませんが,これまで述べたように,実用レベルで完成した固体推進薬の分野でも時代の変化とともに新しい技術が求められています。低コスト化には汎用材料,高性能化・環境負荷低減にはHEMと,いずれにしても新しい材料をいかに固体推進薬に適用するか,それぞれに基礎研究が必要です。固体ロケット推進薬の研究課題はまだまだたくさんあるようです。             (はぶ・ひろと)

図 3 球状化した ADN の結晶粒子(撮影:東京大学大学院 藤里公司)

500µm

I S A S 事 情

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満 6 歳 を 迎 え た 「 れ い め い 」 の 近 況 と 今 後「宇宙科学と大学」のお知らせ

 小型科学衛星「れいめい」は,2011年8月末で満6歳を迎えました。この間の継続的なオーロラ観測は,私たちに画期的な成果をもたらしました。この成果は,「オーロラの美と神秘」を解き明かす鍵となるものとして,高く評価されています。 一般的に肉眼で美しいと感じるオーロラは数kmの空間構造を持ちますが,「れいめい」は,オーロラを引き起こす降下電子とオーロラ発光現象の因果関係を,空間分解能1kmで明らかにすることが可能です。また,オーロラカメラの狭い視野(対角11°)を,精密に地球磁力線の根元に指向させる3軸姿勢制御機能も重要です。これらの特徴を生かし,オーロラ微細構造形成には乱流散逸のような不安定性が働いており,アルフベン波加速が重要であることなどの成果を得ています。 2008年8月に電子計測器が機能停止したため,それ以降「れいめい」は,中・低緯度の大気光と,雷の放電に伴う高高度での発光現象スプライトを主な観測ターゲットとしました。中・低緯度では,カメラの視野を地球リム(縁)方向に向ける姿勢制御を行うことで,高度90km付近の熱圏に存在する酸素原子とOH分子の大気光高度分布を捉えます。また,同時に数多くの雷発光がカメラ視野内に発生し,

ごくまれにスプライト現象も捉えることができます。これにより,世界初の衛星によるスプライト窒素分子発光の単色画像を取得し,また大気光高度分布のグローバル分布を明らかにしました。 2011年1月に,搭載している光ファイバジャイロZ軸

(FOG-Z)が故障しました。「れいめい」の理学観測には3軸姿勢制御が必要なため,FOG-Zを使用しない3軸姿勢制御系で衛星を運用する改修を現在進めています。具体的には,姿勢決定方式を,従来の「恒星センサ(STT),FOGを用いた拡張カルマンフィルタ法による姿勢決定」から,「精太陽センサ(NSAS),地磁場センサ(GAS)を用いたTRIAD法による姿勢決定」に変更します。この新しい姿勢制御プログラムは近々,「れいめい」にアップロードされる予定です。

(坂野井 健)

「れいめい」が2008年9月2日18:55(世界時)に捉えたスプライト窒素分子発光とOH大気光

A p o l l o 月 震 デ ー タ の ア ー カ イ ブ 公 開「宇宙科学と大学」のお知らせ

 なぜ今Apollo計画のデータアーカイブを日本で行っているのか,という点についてよく聞かれます。NASAが実施したApollo計画には,日本が学ぶべきノウハウが詰め込まれています。これは観測データという観点においても例外ではありません。Apollo計画のノウハウを吸収し,日本の月惑星探査データへのフィードバックを行うことを目的としています。 Apollo計画の中でも11号から16号までほぼ連続的に観測を行った月震データは,約20年前にテキサス大学と宇宙研の協力により,7トラックおよび9トラックの磁気テープから8mmのカセットテープへと移行されました。そのため宇宙研

にも同コピーが保管されており,日本の月震研究を支えています。カセットテープは比較的容易にデータを読み出すことができます。約40年前に行われたミッションには失われたデータもあり,今でもテープを探

すプロジェクトが続けられています。当時のこの協力がなければ,読み出すために莫大な費用を要した可能性があります。 Apollo月震データの容量は約100GBです。今ではそれほど大きな容量ではありませんが,40年前のコンピュータの処理能力・媒体の記録密度を考えると,膨大であることは間違いありません。当時の論文にも,人的・金銭的コストが制限された中で,さまざまな工夫をしたことが記されています。 Apollo月震データはテキサス大学の独自フォーマットで,必ずしも扱いやすいフォーマットとして整備されているわけではありません。そこで現在のデータベース技術を用いて再整備し,ウェブ経由での閲覧が可能なシステムを開発しています。それが,DARTS Apollo Seismic Experimentsです

(http://darts.isas.jaxa.jp/planet/seismology/apollo/)。これらのデータベースは,地球の地震学で用いられる汎用フォーマットであるSEEDやSEG-Yをつくるためのプラットフォームにもなります。将来的には日本の月惑星探査で用いられる惑星探査用地震計にも応用したいと考えています。

(山本幸生)20年前に複製されたカセットテープ

スプライト大気光(OH 分子)

地球リム

670nm

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 平成23年度第二次気球実験は,8月15日から連携協力拠点の大樹航空宇宙実験場において実施されました。準備を開始した15日は北海道太平洋東岸でも好天で,昨年同様に天候に恵まれるかと期待したのも束の間,翌日からは北海道にはないはずの梅雨空が続きました。さらに今年は多くの台風が真っすぐ北上したことからも分かるように,ジェット気流が日本上空に南下せず,高度15km程度までの風がそろって北寄りとなることが多く,短時間の気球飛翔でさえ実施できない日が続きました。 8月18日には,研究者の方々により敷居の低い大気球実験となるよう開発した新テレメトリコマンドシステムの飛翔性能試験の準備を整えたのですが,飛翔機会に恵まれないまま,水平飛翔する高度27km程度の高層風が季節変化のため実験実施に適さなくなってしまいました。 代わって,宇宙からの回収機においてよく用いられる形状であるアポロ型カプセルの遷音速域における動的不安定性について基礎的なデータを収集するとともに,それをリアクションコントロールジェットにより制御することを目指した小型実験用再突入システムの落下実験の準備を整え,8月30日午前4時40分に満膨張体積10万m3の気球を放球しました。午前7時すぎに

高度37kmに到達した気球から投下されたアポロ型カプセルの供試体は,自由落下を利用して予定通りに飛行し,機体姿勢および運動に関わるデータをテレメトリで取得することに成功しました。残念ながら海上に緩降下後のカプセルは回収されませんでしたが,今後取得されたデータを解析することにより,基本的挙動の理解とともに動的不安定時における姿勢制御の理解を深めていく予定です。 9月14日には中間圏下部での「長時間その場観測」の実現を目指した超薄膜高高度気球の飛翔性能試験を実施しました。気球用フィルムとして世界で最も薄い,厚さ2.8µmのポリエチレンフィルムを用いて製作された満膨張体積8万m3の気球は,午前6時12分に実験場から放球されましたが,高度14.7kmに達した時点で浮力を失い緩降下を始めました。その後,気球は所定の降下速度に達せず,降下予定区域を逸脱しました。これらの不具合については原因を究明して今後の気球実験の開発・運用に役立てる所存です。 以上をもって9月15日に第二次気球実験を終了しました。本年度の実験実施にご協力いただいた関係各方面の方々のご尽力に深く感謝致します。            (吉田哲也)

平 成 2 3 年 度 第 二 次 気 球 実 験「宇宙科学と大学」のお知らせ

巨大ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間を MAXI が捉えた「宇宙科学と大 学」のお知らせ 2011年3月28日,りゅう座の方向に強いX線天体が突然に現れました。最初に発見したのは米国のスウィフト衛星で,間もなくMAXIでも増光を確認しました。「Swift J1644+57」と命名されたこの天体(現象)は,その後,電波や可視光でも追観測が実施され,39億光年の距離にある銀河で起こったことが分かりました。しかしながらこの天体,X線の明るさの変化がこれまでに見たことのない変わったものでした。 MAXIのデータを詳細に解析したところ,最初の発見の数時間前から増光が始まっており,それ以前はX線は検出されていません。発見以後も数日にわたって突発的に強いX線放射を繰り返すことから,重い星の死に伴って起こると考えられているガンマ線バーストではありません。 スウィフトとMAXIのデータを詳細に解析した結果,このX線の正体は銀河の中心にあるブラックホールに星が飲み込

まれる瞬間を捉えたものらしいと判明しました。それまでX線を出していなかった銀河の中心核が急に活動を開始するところを捉えたのは,今回のスウィフトとMAXIが初めてです。この中心核から地球方向に向けて飛び出した光速に近いジェットからX線が放射さ

れたと考えられます。 MAXI(全天X線監視装置)は国際宇宙ステーションに搭載されたX線観測装置で,全天をモニター観測しています。今回の成果は,その特徴を最大限に生かしたものです。この成果は英科学誌『Nature』(2011年8月25日号)に掲載され,それに伴いJAXAからもプレスリリースを行った結果,新聞やニュースでも大きく取り上げられました。また,この天体はMAXIチームからの提案によりX線天文衛星「すざく」でも緊急観測を実施済みで,現在データ解析を進めています。                    (冨田 洋)

MAXIによる増光前後の画像。増光前(左)は6 ヶ月積分画像でも何も見えないが,増光後(右)では明るく光るSwift J1644+57がクリアに見える。

2009年9月1日~2010年3月31日 2011年3月28日~ 4月3日

I S A S 事 情

6  ISAS ニュース No.367 2011.10

古 川 宇 宙 飛 行 士 , 宇 宙 で 健 康 診 断宇宙医学実験支援システムの技術実証

 国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の古川聡宇宙飛行士が,9月6日に,地上の医師による健康診断を受けました。といっても,宇宙医学実験支援システムの技術実証の一環で実施したリアルタイム問診実験の話です。 宇宙医学実験支援システムは,心電計,脳波計,電子聴診器などさまざまな医学機器から取得したデータを軌道上で簡易解析するとともに一元管理し,その解析情報を軌道上と地上とでモニタできる共通的なプラットフォームを目指しているものです。これまでのISSの宇宙医学実験では,各機器での取得データなどをそれぞれ個別に地上で解析した後に結果を確認する方法が大半でした。軌道上でのモニタリングやデータ管理機能を持つ支援システムは,他宇宙機関にもありません。データ管理の一元化によって,異なる医学機器のデータの比較が容易になるなど,宇宙医学研究の発展にもつながることが期待されます。そして将来的には,宇宙という遠隔地における宇宙飛行士の健康管理への活用を目指しています。

 冒頭に述べたリアルタイム問診実験に先立ち,8月中旬には軌道上で古川宇宙飛行士が自ら被験者となり,取得した医学データを専用のラップトップPCで自動解析し,解析結果を電子カルテに登録しま

した。軌道上のデータは地上にダウンリンクし,地上でも確認することができます。 リアルタイム問診実験では,古川宇宙飛行士と地上の医師とが電子カルテ(写真の左モニタ)を同時に見ながら,システムの操作性や解析結果の視認性なども含め,医師の視点から意見交換を行いました(写真の右モニタはラップトップPCのUSBカメラからの映像)。飛行中の健康状態の自己把握や医学データ管理への活用のめどが立った一方,古川宇宙飛行士からは電子カルテの数値表示が非専門家には分かりにくいのではないか,といった意見もありました。今後,星出彰彦宇宙飛行士のISS滞在中にも継続的にシステムの改善と実証を行い,医学分野のバックグラウンドのない宇宙飛行士でも容易に健康状態を自己モニタできるようなシステムの構築を目指していきます。    (池田俊民)

 小惑星探査機「はやぶさ」と7年間交信を続けた臼田宇宙空間観測所の64mアンテナは,1984年の開所以来,ハレー彗星探査機「さきがけ」

「すいせい」に始まり,工学実験衛星「ひてん」を経て,火星探査機「のぞみ」,月周回衛星「かぐや」,そして「はやぶさ」,金星探査機「あかつき」と小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」へと大きく発展することになる日本の太陽系探査を支えてきました。 この臼田宇宙空間観測所のある長野県佐久市で,「はやぶさ」帰還カプセル展示が8月19日(金)から22日(月)にかけて行われました。JAXAが共催したこともあり,会場となった

佐久市子ども未来館には,臼田の山本善一所長はじめJAXA職員が解説のために集まりました。21日には,私も国立天文台野辺山の特別公開からハシゴして駆け付け,臼田の元所長代理の山田三男さんと特別講演を行いました。展示室内や待ち行列,工作教室など場所を変えながら「はやぶさ」

と臼田の役割について解説したので,いろいろな角度からイベントをお楽しみいただけたのではないかと思います。 私としてはよい避暑となることを期待したのですが,あいにく4日間とも雨で,気温も20度を切る肌寒さでした。それでも会場には1万1635人(19日2644人,20日4140人,

佐久市子ども未来館での「はやぶさ」帰還カプセル特別公開「宇宙科学と大 学」のお知らせ

宇宙医学実験支援システムのリアルタイム問診実験の様子

会場となった佐久市子ども未来館

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10 月 11 月

BepiColombo MMO

ロケット・衛星関係の作業スケジュール(10月・11月)

一次噛合せ試験(相模原)

21日3120人,22日1731人)にお越しいただきました。金曜と土曜の数が比較的多いのは,両日のみ行った18時から21時までの夜間無料開放に1103人と1531人の来場があったからです。天候の悪い中,よくお集まりいただいたと感謝しています。 ついでに臼田宇宙空間観測所にも足を延ばした方もいらっしゃると思いますが,そこの「はやぶさ」関連展示の貧弱さ

にはショックを受けたのではないかと思います。展示室内にある「はやぶさ」模型のサイズは何と48分の1。アオシマのプラモデル(32分の1)よりも小ぶりです。イトカワの模型もありません。いまや宇宙研の施設ではないとはいえ,宇宙科学になくてはならない拠点であることには変わりません。何とか拡充したいものだと決意を新たにしたところです。

(阪本成一)

「あけぼの」の運用,内之浦局 10m アンテナから宮原局 11m アンテナへ「宇宙科学と大学」のお知らせ

 磁気圏観測衛星「あけぼの」は,打上げ後22年たち,今なお現役のご長寿衛星です。おめでたいことではあるのですが,運用を支える地上設備を長期間維持していくのは大変なことです。22年前はまだウィンドウズパソコンは一般的ではなく,ミニコンで運用計画作成を行い,オープンリールテープにデータを保存し,ファクシミリで受信局と連絡を取っていました。これらはその後,ワークステーションや大容量ハードディスク,高度な情報伝達ツールに置き換えられてきました。 さて,打上げ以来,「あけぼの」の運用には鹿児島県にある内之浦局の10mアンテナが主に用いられてきました(表紙)。「あけぼの」が送信するデータにはS帯とU帯の2つの周波数があり,U帯を受信できる設備が内之浦局10mアンテナだけだからです。今となっては大変恥ずかしい話ですが,私が大学院生として初めて「あけぼの」の運用を行ったとき,相模原局から内之浦局のアンテナ担当の方に「10mさん」と呼び掛けるのを聞いて,変わった名字の人もいるものだなと思ったこともあります(『ISASニュース』1990年2月号,No.107)。 しかし10mアンテナと周辺機器も老朽化が進み,故障す

る頻度が高くなっていました。そのため,統合追跡ネットワーク技術部そのほかの方々のご尽力により,内之浦局から2kmほど離れた場所にある宮原局に新しくつくった11mアンテナに運用を移行することとなりました。 準備完了が近づいたころ,「10mさん」との別れは突然やって来ました。10mアンテナで運用するために必要な,やはり「あけぼの」打上げから稼働してきた機器の一つが,6月末に故

障したのです。宮原局への移行がすでに秒読み段階に入っていたこと,修理には時間と費用がかかりコストパフォーマンスが悪いことから,10mアンテナによる運用の再開を断念しました。ほかのアンテナを使ってS帯のみの運用を行いつつ,宮原局への移行準備を進めました。 そして7月16日に,無線免許に必要な実通試験が行われ,11mアンテナを使って初めて「あけぼの」にコマンドが送信されました。その後,8月下旬に宮原局の無線免許が交付され,本格的な運用が始まりました。 「あけぼの」を打上げ当初から支えてきた設備が,また一つ代替わりしました。「あけぼの」も,次世代にバトンを渡すまで,もうしばらくの間,頑張ってほしいと思います。

(松岡彩子)

宮原局11mアンテナ

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東 奔 西 走

 8月13日,私は成田空港で,航空機にチェックインするための長い列に並んでいた。時節柄,空港も機内も超満員である。少しでも快適に過ごせるよう,足が伸ばせる非常口横の席を要求した。しかし,「空きがわずかで確保はできない。代わりにすぐ隣の席を用意するから出発次第,席を移ってくれ」と言われる。 かくして私は,飛行機のドアが閉まり座席が確定する瞬間を,通路を挟み斜め後方の席から待ちわびていた。そのときである。後方から移ってきたトルコ人の兄ちゃんに,さっと席を奪われてしまった。まだ空席と決まったわけではないのに,なんて厚顔無恥なのだと恨みつつも,自分の決断力のなさを悔いていたところ,前の席のグルジア人はリクライニングを最大傾斜にしてきた。一番前の列で足元に十分余裕があるのにそこまでやるかと思いつつも,後ろの巨漢男性に気を遣う典型的日本人である私は,リクライニングをいささかも倒すことができなかった。そんなこんなで,散々

な12時間のフライトを経て,トルコ・イスタンブールに降り立った。 今回の出張は,国際電波科学連合(International Union of Radio Science:URSI)の第30回全体大会への参加が目的だ。URSIは電波科学に関連するあらゆる研究分野を包括する国際学術団体で,その設立は1919年にさかのぼる。この年は,世界初のラジオ放送が始まった年である。後に「電波天文学の父」と呼ばれるカール・ジャンスキーが宇宙から飛来する電波を発見しURSIの場で報告したのが1931年であるから,URSIの歴史は,まさに電波利用の発展の歴史とともにあったといえるであろう。

 URSIが扱う研究分野は,20世紀における電波利用の爆発的な広がりとともに拡大し,電子工学,基礎物理,惑星科学,天文学から生体電磁波医学に至るまで,多岐にわたっている。近年は扱う波長の範囲も広がり,テラヘルツ波や光波もスコープに入っている。宇宙とは関係のない多彩な分野の研究者と,電波という共通の切り口で議論を交わすことができるのが,URSI全体大会の最大の魅力である。日本からも産官学から多くの参加者があったが,JAXAからの参加者はわずかであった。NASAなどはあらゆるセッションに発表者がいる。基礎研究の幅広さの歴然たる差にあらためて気付かされる。 私は,小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」

における Delta-DOR技術の開発について話をした。Delta-DORとは,電波干渉計(VLBI)の原理に基づき深宇宙機の軌道を精密に求める手法であり,近年の精密惑星軌道投入には欠かすことができない技術だ。私のセッションは,世界で数ある宇宙ミッションから電波に関係するものが選ばれて紹介するというものであった。NASAの月探査機GRAILや火星探査機MRO,ロシアのVLBI衛星Radio Astronや中国の月探査計画など,燦然たる大型ミッションに混じり,一桁も二桁も低コストのミッションであるIKAROS が同様の注目を浴びるのは鼻が高い。URSI に参加する研究者はそれぞれ,さまざまな形態で電磁波を利用しているであろうが,その圧力を推進力として利用しているのは我々だけであろう。講演後も多くの質問を受けた。 1週間の開催期間の中,2日目の午前で早くも自分の発表が終わるという幸運に恵まれ気が軽くなった私は,早速街に出た。どこからかコーランの調べが聞こえてくる。夕闇に浮かぶブルーモスクの妖しい光が何とも幻想的だ。時はラマダン。昼間は一切の飲食が禁じられ禁欲的な時を過ごすが,日が暮れると吹っ切れたかのように街中が宴会状態になる。街の公園には,親類や友人同士なのか幼児から老人まで老壮青の区別なく大勢で集まり,シートを広げ談笑したりスポーツをしたり,夜半に至るまでとことん楽しんでいる姿に驚かされた。 イスラム教というと厳しい戒律に縛られるイメージがあり,イラクの隣国でもあるので,ある程度張り詰めた街の雰囲気を想像していたのだが,それとはまったく逆の開放的な印象であった。そこには,日本では希薄になりつつある人と人の絆が感じられた。GDP(国内総生産)などの経済指標に基づくとずっと豊かなはずの日本人は,トルコ人に比べ豊かな生活を送っているといえるのだろうか,と考えさせられた。震災以降,人生の意味について考える機会が増えた。 トルコ料理は,中華・フランス料理と並び世界三大料理の一角をなすだけあり,1000円もあればかなりの美食にありつける。さすがオスマン帝国時代にルーツを持つだけのことはある。出張も後半になると,大ざっぱな味付けに耐えられなくなり,日本料理屋を探して右往左往することになるア*リカのような国とは歴史の長さが違う。 帰国の前日,街を歩いていると,空港のそばに来ていることに気が付いた。前日にチェックインをしてしまえば,さすがに良い席が取れるであろう。案の定,非常口の横窓側という最高の席を予約できた。大混雑の機内で,ほんのささやかな優越感に浸りながら帰路を過ごした。          (たけうち・ひろし)

古塔ガラタ塔からボスポラス海峡を望む。対岸が東洋(アジア大陸)で,手前は西洋(ヨーロッパ大陸)。イスタンブール滞在中は,東洋と西洋の間を東奔西走する日々であった。

宇宙情報・エネルギー工学研究系

助教

竹内

 

イスタンブールに

飛んで

ISAS ニュース No.367 2011.10  9

西田篤弘宇宙科学研究所 名誉教授

日本学士院会員 宇宙研にいたころからアジアとの協力を進めたいという希望を持っていたが,個人的にも組織としても余裕がなく,手を付けることができなかった。しかし2005年から2009年までアジア・大洋州地球科学会(Asia Oceania Geosciences Society : AOGS)の運営に携わってアジアの研究者とのつながりを広げることができた。AOGSはシンガポールを本拠地とし,毎年アジアの各地で研究発表の講演会を開催している。 2006年はAOGS創立から3年目で,いくつか問題点があらわになっていた。No show

(講演時間を与えられていながら欠席する人)が多い,発表論文の程度が低い,などであり,出席者は創立時の約1000人から約700人に低下していた。2007年の開催地はタイのバンコクとすでに決められていたが,地元の研究者の提案によるものではなく,赤字にならぬようにささやかな会議にするつもりだったようである。しかし,これでは働きがいがない。私はAOGSをアメリカやヨーロッパの地球科学会と並ぶことを目指す成長路線に乗せたいと思った。 タイの研究者には直接の知り合いは一人もいないので,仲介者を探す必要があった。まず,宇宙研退職後しばらく日本学術振興会に在籍した折に,近海沿岸汚染に関する日タイ協力事業の会議に陪席したことがあったので,この事業のタイ側代表であった名門チュラロンコン大学理学部長のP教授に紹介してもらうことができた。次に,シャム湾には油田があって日本の企業も採掘権を持っていることを知り,地球深部探査船「ちきゅう」の掘削事業に関わる日本の石油開発会社を海洋研究開発機構の理事に紹介してもらい,その線で大学や官庁(エネルギー省のもとにある鉱物燃料局)の地質学者に会うことができ

とである。我々アジアの大学や研究所を本拠とする研究者は,アジアで頻繁に顔を合わせるべきだ。Home groundで日常的に接触し,意見交換や共同研究を行うべきではないか。AOGSをそのための場として定着させ,アジアにおける地球惑星科学コミュニティの中核にしようではないか」ということである。私の意見は大方の共感を呼んだようで,この会議の出席者たちが全国的に同分野の研究者に呼び掛けてLACを編成してくれることになった。ソウル国立大学のL教授が委員長で,ブサンの諸大学に所属する研究者の方々には特に熱心に働いていただいた。 2008年6月に開催されたAOGS会議では,発表論文が質・量ともに向上してきた。出席者数は約1600人になり,AOGSが確かな存在感を持ったという印象を受けた。開会式には韓昇洙(ハン・スンス)韓国首相が出席してあいさつをしてくださったが,地球環境研究の重要性に関わる内容の濃いものであった。 2008年には2010年の開催予定地インドのハイデラバードと近くのバンガロールを訪れ,ここでも大学や研究所を訪ねて協力を要請し,LACを結成してもらった。地元の研究者に集まってもらうときには,一人一人に意見を述べていただくことにしている。日本だとこういうとき,「先ほど○○さんが言われた通り」という話し方をする人がいるものだが,インドにはそのような人は一人もいない。 AOGSには六つのセクションがある。宇宙研からはPlanetary Sciencesの議長を齋藤義文氏と岡田達明氏が歴任しており,またSolar Terrestrial Sciencesの議長に佐藤毅彦氏が就任することになっている。 来年2012年の会議はアメリカ地球物理学会を誘って共催する。開催地はシンガポールである。       (にしだ・あつひろ)

た。いずれの方々も快く協力を約してくださったので,P教授を中心に大学と官庁の研究者でLAC(Local Advisory Committee,地元諮問委員会)を編成してもらった。 LACに期待したのは,タイ人研究者の出席勧誘と資金援助である。AOGSの登録料はほかの国際学会並みで,現地の物価水準と比べるとかなり割高であり,学生や若い研究者が自弁することは難しい。そこで,彼ら向けに登録料の割引額を設定した上でLACに資金を調達してもらった。出席者数は1100人になった。 2008年のAOGSは韓国のブサンで開催することにした。ソウル国立大学にはすでにAOGSで活動している若い研究者がいたので,地球環境科学学科の教授に集まってもらうことができた。私が話したことは,「自分は約50年のキャリアの中で大勢のアジアの友人を得ることができた。しかし,私が彼らと会った場所はアメリカであり,ヨーロッパであった。考えてみると,これは不自然なこ

アジアの地球科学者とともに

第6回AOGS(シンガポール)にて。左が筆者。

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気温の上下を繰り返しながら,ようやく本格的な秋がやって来つつあります。クーラーを封印した今夏は,昼の睡魔

との闘いで作業効率がずいぶん落ちましたが,日本の夏とは元来そういうものだったのだろうと,何だか趣を感じます。    (笠原 慧)

ISAS ニュース No.367 2011.10 ISSN 0285-2861 編集後記

*本誌は再生紙(古紙 100%), 植物油インキを使用してい  ます。

宇 宙 ・ 夢 ・ 人

—— どのような研究をしているのですか。山﨑:ずっと取り組んでいるのは,惑星の大気進化です。地球には海があり,多様な生物が暮らしています。ところが,隣の金星や火星の環境は地球と大きく異なり,生命は見つかっていません。金星と地球と火星は,46億年前,ほとんど同じ材料からつくられたと考えられています。似ていたはずの惑星が,なぜこれほど違ってしまったのか。その謎を解く一つの鍵が,宇宙空間への大気散逸です。 ほとんど同じ材料からできた惑星には,同じような元素組成の大気が形成されたでしょう。しかし,現在の金星と地球と火星では,大気の組成が違います。惑星の上層大気は,太陽風によってはぎ取られます。惑星ごとに流出する元素の種類や量に違いがあり,その結果,運命が分かれると考えられています。それを確かめるために,惑星の大気の流出を観測しています。—— 大気の流出をどのように観測するのですか。山﨑:宇宙空間から極端紫外光で惑星の上層大気・プラズマを撮影します。太陽光線のうち紫外線より波長が短い極端紫外光は大気で散乱(反射)されるので,大気の分布を写真に撮ることができるのです。私たちは,火星探査機「のぞみ」に極端紫外光の観測装置を搭載し,火星大気の観測を目指したのですが,火星に到達できませんでした。その後,月周回衛星「かぐや」で地球大気の観測を行いました。 宇宙空間に流出していく粒子を直接観測する方法もあります。しかし,それでは一点についてしか分かりません。私は,全体像を見たいのです。しかも,上層大気の状態は時々刻 と々変化します。その一瞬一瞬を追うには,写真を撮るのが一番。それが私のこだわりです。—— 研究を離れても,写真撮影が趣味ですか。山﨑:趣味は寝ること。でも,カメラは好きですよ。中学生のとき,ハレー彗星の写真を撮りたくてカメラを買ってもらったのが最初です。かなりいいカメラをねだりました。でも,彗星の写真は,簡単には撮れません。カメラのせいにしたいが,それもできない。性能を最大限に発揮するにはどうしたらよいか,試行錯誤しました。さらにさかのぼると,探査機ボイジャーが撮影した土星や木星の写真を見て,とても感動しました。それが,宇宙に興味を持った原点です。—— では,ずっと宇宙の仕事に就きたかったのですか?山﨑:いいえ。子どものころは,新幹線の運転手,プロ野球選手,

宇宙飛行士と,なりたいものがたくさんありました。私は,自分が何が好きで何が得意なのか,よく分からないのです。最初は間口を広く取って,いろいろかじってみなければ,決められません。だから,大学の専攻は地球

惑星物理を選びました。地球惑星物理では,地球のことも惑星のこともできる。さらに,地震,火山,大気,海洋と,選択肢が多いですから。最終的に,探査機に搭載する観測機器をつくることができると聞き,面白そうだなと,惑星の大気進化の道へ。「大気の全体像を写真で撮る」という視覚に訴えるシンプルな観測手法が,自分に合っていたのでしょう。極端紫外光の撮像観測をしている研究者は,世界でも数えるほど。私は人見知りが激しいので,そういう状況も都合が良かったですね。—— 研究をする上でのモットーはありますか。山﨑:明るく楽しく元気よく。装置開発でも,観測でも,解析でも,自分が楽しいと思ってやらなければ,良い結果は出ません。では,何をもって「良い結果」というか。他人の評価ではなく,自分が「良い」と満足できるかどうかが一番重要だと,私は考えています。まわりからいろいろ言われても,自分で楽しいと思える方向に進むべきです。—— 惑星の大気進化について,今後の観測計画は?山﨑:2013年度に,小型科学衛星1号機「SPRINT-A」を打ち上げる予定です。世界初の惑星観測用の宇宙望遠鏡で,大気流出の観測が重要テーマの一つです。火星と金星のスペクトル写真をたくさん撮りたいですね。国際宇宙ステーションから地球大気を観測する装置も2012年に打上げ予定で,火星の探査計画も検討中です。大気流出の現状については,少しずつ分かってくるでしょう。 しかし,本当に知りたいのは,地球や金星,火星がどのようにして今の姿になったかです。それには,40億年前,30億年前に大気がどのように流出していたかを明らかにしなければなりません。太陽活動の過去を知ることが,次の課題です。系外惑星の観測から重要な手掛かりが得られる可能性もあります。現在と過去が分かれば,未来につながります。地球の未来はどうなるのか? それに答えられることも,大気進化を研究する魅力の一つです。

大気進化の一瞬を写真に撮りたい宇宙プラズマ研究系 助教

山﨑 敦

やまざき・あつし。1971 年,静岡県生まれ。博士(理学)。2001 年,東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。通信総合研究所 研究員,電気通信大学 非常勤研究員,東北大学大学院 准職員 COEフェローを経て,2006 年より宇宙研助手。2011 年より現職。専門は光惑星科学。