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192 パネルディスカッションB 水戸会場 『学校における重篤なスポーツ外傷とその予防』 奥脇 ・国立スポーツ科学センター メディカルセンター長 ・日本整形外科スポーツ医学会 理事 (略歴) 1984 年 筑波大学医学専門学群卒業 1989 年 日本整形外科学会認定医、1991 年 日本体育協会公認スポーツドクター 2001 年 国立スポーツ科学センター 副主任研究員、2017 年 メディカルセンター長 発表要旨 学校における重篤なスポーツ外傷は、近年、減少傾向にあるが、まだまだ年に数件発生しており、その 予防についてはさらなる対応が必要である。 Ⅰ.スポーツ外傷の予防に必要なこと 外傷サーベイランス(監視システム)を構築していくことが大切である。そのために、まずわが国にお ける実態を把握しておく必要がある。そのための医療統計として、日本スポーツ振興センターの学校安全 部が行っている「災害共済給付制度」がある。同制度は、全児童・生徒総数の約96%が加入しているため、 ほぼ全体の傾向を知ることができる。 同制度によると、学校管理下における運動活動中の災害発生は、小学生は休憩時間に、中高生は部活動 中に多い。なかでも、死亡・重度障害事故に関しては、平成10年度から平成28年度までに792件の発生が報 告されている。これらを学校・学年別にみてみると、中高生での発生件数が多かった。 原因となった病態としては、突然死が6割近くと最も多く、次いで小学生では溺水、中高生では脊髄損 傷や頭部外傷が多かった。スポーツ種目では、疾走中の突然死、格闘技での頭部外傷や脊髄損傷、水泳で の溺水、野外球技系での熱中症が特徴的であった。 Ⅱ.原因の解明 実情を把握したあとは、原因の解明が重要である。原因がわかれば対策が練られ、予防もできる。ほと んどのスポーツ外傷の発生には原因があり、一見、偶然に起こったようにみえても、実際にはいくつかの 原因が重なって生じていたことは少なくない。 以下に、頭頚部における重症外傷の典型的事例をいくつか紹介する。 (頭部外傷) 柔道練習中、大外刈りで投げられ、頭部を強打した。 ラグビーでタックルに行き、側頭部を強打した。 サッカー練習中、ゴールポストが強風で倒れ、頭部を強打した。 (脊髄損傷) 跳び箱でバランスを崩し、頭部よりマット上に落ちた。 水泳で飛び込んだ際に、プール底面で頭を強打した。 中高生の部活動中の重症頭頚部外傷(治療費10万円/月以上)を調査したところ、平成22年度では、547 件生じており、頭部外傷はそのうちの85%を占めていた。さらに頭部外傷の診断名をみてみると、脳振盪 が40%、頭部外傷が23%で、残りの1/3が急性硬膜下血腫をはじめとする真の重症頭部外傷であった。 代表的な頭蓋内出血である急性硬膜下血腫は、衝突が加わらなくても急激な回転力により頭蓋骨と脳に ずれを生じさせて出血を来たし、それが血腫となって拡大し、脳を圧迫すると、生命を脅かすことになる。 スポーツの現場では、この急性硬膜下血腫と脳振盪の明確な区別は困難であり、そのため近年、さまざま な競技団体が、脳振盪を軽視せず、これを減らすことで重症頭部外傷を減らすような取組を行ってきてい る。 .

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Page 1: H29seikahoukokusyo 2 mito193 Ⅲ.重症頭頚部外傷の予防への取み 前述した具体的事例に対しては、以下のような対応が考えられている。 (頭部外傷)

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パネルディスカッションB 水戸会場

『学校における重篤なスポーツ外傷とその予防』

奥脇 透 ・国立スポーツ科学センター メディカルセンター長

・日本整形外科スポーツ医学会 理事

(略歴)

1984 年 筑波大学医学専門学群卒業

1989 年 日本整形外科学会認定医、1991 年 日本体育協会公認スポーツドクター

2001 年 国立スポーツ科学センター 副主任研究員、2017 年 メディカルセンター長

発表要旨

学校における重篤なスポーツ外傷は、近年、減少傾向にあるが、まだまだ年に数件発生しており、その

予防についてはさらなる対応が必要である。

Ⅰ.スポーツ外傷の予防に必要なこと

外傷サーベイランス(監視システム)を構築していくことが大切である。そのために、まずわが国にお

ける実態を把握しておく必要がある。そのための医療統計として、日本スポーツ振興センターの学校安全

部が行っている「災害共済給付制度」がある。同制度は、全児童・生徒総数の約96%が加入しているため、

ほぼ全体の傾向を知ることができる。

同制度によると、学校管理下における運動活動中の災害発生は、小学生は休憩時間に、中高生は部活動

中に多い。なかでも、死亡・重度障害事故に関しては、平成10年度から平成28年度までに792件の発生が報

告されている。これらを学校・学年別にみてみると、中高生での発生件数が多かった。

原因となった病態としては、突然死が6割近くと最も多く、次いで小学生では溺水、中高生では脊髄損

傷や頭部外傷が多かった。スポーツ種目では、疾走中の突然死、格闘技での頭部外傷や脊髄損傷、水泳で

の溺水、野外球技系での熱中症が特徴的であった。

Ⅱ.原因の解明

実情を把握したあとは、原因の解明が重要である。原因がわかれば対策が練られ、予防もできる。ほと

んどのスポーツ外傷の発生には原因があり、一見、偶然に起こったようにみえても、実際にはいくつかの

原因が重なって生じていたことは少なくない。

以下に、頭頚部における重症外傷の典型的事例をいくつか紹介する。

(頭部外傷)

Ø 柔道練習中、大外刈りで投げられ、頭部を強打した。

Ø ラグビーでタックルに行き、側頭部を強打した。

Ø サッカー練習中、ゴールポストが強風で倒れ、頭部を強打した。

(脊髄損傷)

Ø 跳び箱でバランスを崩し、頭部よりマット上に落ちた。

Ø 水泳で飛び込んだ際に、プール底面で頭を強打した。

中高生の部活動中の重症頭頚部外傷(治療費10万円/月以上)を調査したところ、平成22年度では、547

件生じており、頭部外傷はそのうちの85%を占めていた。さらに頭部外傷の診断名をみてみると、脳振盪

が40%、頭部外傷が23%で、残りの1/3が急性硬膜下血腫をはじめとする真の重症頭部外傷であった。

代表的な頭蓋内出血である急性硬膜下血腫は、衝突が加わらなくても急激な回転力により頭蓋骨と脳に

ずれを生じさせて出血を来たし、それが血腫となって拡大し、脳を圧迫すると、生命を脅かすことになる。

スポーツの現場では、この急性硬膜下血腫と脳振盪の明確な区別は困難であり、そのため近年、さまざま

な競技団体が、脳振盪を軽視せず、これを減らすことで重症頭部外傷を減らすような取組を行ってきてい

る。

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Ⅲ.重症頭頚部外傷の予防への取み

前述した具体的事例に対しては、以下のような対応が考えられている。

(頭部外傷)

Ø 柔道での大外刈りの事故 ⇒ 受け身や技のかけ方の指導

Ø ラグビーでのタックルによる事故 ⇒ タックルの技術指導

Ø サッカーでのゴールポスト事故 ⇒ ゴールポストの確実な固定

(脊髄損傷)

Ø 跳び箱での事故 ⇒ 指導法、指導者の補助の徹底化

Ø 水泳での飛び込み事故 ⇒ 飛び込みの禁止や飛び込み方の指導など

それぞれの競技団体でも、重症事故の予防への取組がなされており、たとえば全日本柔道連盟では、ホ

ームページで「安全指導の資料」が閲覧できるようになっており、「柔道の安全指導」テキストはダウン

ロードできるようになっている。また、動画による「柔道きほん運動」では、柔道の熟練レベルに応じた

基礎的な運動を紹介しており、教材としても利用可能である。

また日本ラグビーフットボール協会(JRFU)では、「ラグビー外傷・障害対応マニュアル」の中で脳振

盪への対応について触れており、またワールドラグビー(IRBの新名称)でも、ラグビーをする前の準備が

重要として「Rugby Ready」を提唱している。実際にJRFUでは、指導者に対する安全講習会の開催と、そこ

への参加を義務付けており、講習会開催の前後で重症頭部外傷の発生が減少してきていることが報告され

ている。

一方、日本体育協会でも、同協会の関係しているスポーツ外傷保険「スポーツ安全保険」を通じて、ジ

ュニア期のスポーツ外傷の実態報告と、その予防への取組を数年前から行ってきている。平成29年3月に

は「スポーツ外傷・障害予防ハンドブック」を作成し、関係競技団体や指導者に配布している。この中で、

サッカー、野球、バスケットボール、柔道およびラグビーについて、それぞれ特有な外傷・障害の予防プ

ログラムを紹介している。とくに柔道やラグビーについては、それぞれの競技団体の行っている活動を紹

介しながら、基本的な予防トレーニングを、イラストを交えてわかりやすく説明している。

さらに、学会レベルでも頭部外傷の予防への取組がなされてきており、平成27年には日本臨床スポーツ

医学会が日本脳神経外科学会と連携して、以下に示す「頭部外傷10か条の提言」を行った。

1. 頭を強く打っていなくても安心はできない

2. 意識消失がなくても脳振盪である

3. どのようなときに脳神経外科を受診するか

4. 搬送には厳重な注意が必要

5. 意識障害から回復しても要注意

6. 脳振盪後すぐにプレーに戻ってはいけない

7. 繰り返し受傷することがないよう注意が必要

8. 受診する医療機関を日ごろから決めておこう

9. 体調がすぐれない選手は練習や試合に参加させない

10. 頭部外傷が多いスポーツでは脳のメディカルチェックを

Ⅳ.予防運動の効果検証とこれから

以上に挙げた現在のスポーツ外傷の予防への取り組みは、その効果検証についてはまだ進行中であり、

その検証結果を踏まえた上で、さらに次のサーベイランス・サイクルに入っていく段階である。その作業

は国を挙げて、医療関係者だけでなく指導者や保護者をも含めて、「学校における重篤なスポーツ外傷」

を0にすべく取り組んでいくべきである。

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図1 頭頂部の頭蓋骨、髄膜(硬膜、クモ膜、軟膜)、および架橋静脈の前額断面

(小山勝弘, 20142)より引用)

パネルディスカッションC 水戸会場

『柔道における重症頭部外傷を防ぐために』

村山 晴夫

・獨協医科大学 基本医学 基盤教育部門 准教授

・日本オリンピック委員会 強化スタッフ(柔道:情報・戦略)

・全日本柔道連盟強化委員会科学研究部 部員

・アメリカスポーツ医学会、日本体力医学会、日本武道学会など

(略歴)

1986 年 東海大学卒業、1998 年 筑波大学大学院 修士課程修了(修士[体育学])

2014 年 山梨大学大学院 博士課程修了(博士[医科学])

1986 年 茨城県立高等学校 保健体育科教諭(〜2009 年)

2009 年 獨協医科大学 講師、2013 年より現職

発表要旨

Ⅰ.頭部外傷の重大事故の特徴

全日本柔道連盟の「障害補償・見舞金制度」にて報告(2003〜2011年)された重症の頭部外傷32例の分

析により、以下のことが明らかとなっている。

(1) 事故は柔道の初心者、特に中学1年生や高校1年生が“乱取(お互いが技をかけ合う自由練

習)”を始める頃となる5月〜7月に多く見られる。

(2) 大外刈や大内刈で投げられ、後頭部を打撲する場合に多く見られる。

(3) 脳が前後方向に揺さぶられる力(回転加速度損傷)で脳表と硬膜(骨に固定されている)の間

の架橋静脈が断裂し、急性硬膜下血腫が発生する場合が多く見られる。

(4) 打撲後、頭痛・嘔吐・気分不良などを起こし、時間を経て意識が失われる場合がある。

(5) 手術で血腫を除去し回復することもあるが、死亡・重度障害となるものも多く見られる。

このように重大な頭部の怪我は、特に“受け身”の未熟な初心者が投げられて後頭部を打撲する場合

に多く発生している。そして重症頭部外傷のほとんどが急性硬膜下血腫の病態を呈することが鮮明とな

っている。

Ⅱ.柔道で多く発生している“急性硬膜下血腫”の成因と特徴

脳は、脊髄液の中に浮かんだような状態で、比較的自由に動いている。脳表面から流れ出る静脈

は、硬膜の中にある静脈洞に注ぎ、脳表と硬膜は橋のように静脈で繋がり、架橋静脈と呼ばれてい

る(図1)。頭蓋骨と硬膜はくっついており、後頭部が衝突し骨・硬膜に急ブレーキがかかると、脳と硬

膜にずれが起こり、架橋静脈が引き伸ばされて破断する(図2)。架橋静脈からの出血は、硬膜下に滞留

し大脳を圧迫する(急性硬膜下血腫)。止血がされないと圧迫が強くなり、頭蓋内圧が亢進し、頭痛、嘔

吐などを来たし、意識が低下する。さらに頭蓋内圧が亢進すると、大脳が脳幹を圧迫し(脳ヘルニア)昏

睡や呼吸停止が起こる。

体育の科学 Vol. 64 No. 9 2014���

蓋骨と強固に結合する硬膜は受けた外力の方向に動くが,内側にあるクモ膜,軟膜,および脳は慣性によりその場に停留しようとするため,両者の位置関係がずれる.その結果,脳から硬膜(硬膜静脈洞)へ伸びる架橋静脈が引き伸ばされ,剪断力の閾値を超えると破断(出血)する(加速損傷).出血した血液が,硬膜直下のクモ膜と硬膜の間(硬膜下腔)に溜まり,短時間の内にゼリー状に固まって脳を圧迫し,脳幹部の機能不全をもたらす.ASDH の予後は非常に悪く,何よりも予防策の確立が大事な疾患である

2) 脳震盪とセカンドインパクトシンドローム(second impact syndrome:SIS)

 脳震盪とは,「外力により生じた一過性の神経機能障害に由来する臨床症候群」とされ,一時的な意識障害や健忘を指すと考えられているが,視覚(視野障害)や平衡覚の障害(めまい,ふらつき)も含む多様な症状を示す.また「脳震盪やそれに準じる軽症の頭部外傷を受けた際,数日から数週間後に 2回目の頭部外傷を受けると,致死的な脳腫脹を来す」SIS が惹起される可能性を指摘する声もある.管見によれば軽微な脳震盪の繰り返しが,重篤な神経症状を後遺させるエビデンス

図1 頭頂部の頭蓋骨,髄膜(硬膜,クモ膜,軟膜),および架橋静脈の前額断面図

頭蓋骨

硬膜硬膜下腔クモ膜クモ膜下腔

架橋静脈(上大脳静脈)

硬膜静脈洞(上矢状静脈洞)

軟膜

図2 加速損傷の発生メカニズム(矢状断面図)頭蓋骨と硬膜は受けた外力の方向に回転するが,硬膜下にあるクモ膜,軟膜,および脳は慣性によりその場に停留しようとするため,両者の位置関係が大きくずれる.その結果,架橋静脈が伸展し,閾値を超えると破断,出血が硬膜下に広がり脳を圧迫する(急性硬膜下血腫)

外力(衝突)

架橋静脈(上大脳静脈)の伸長・破断

硬膜静脈洞

硬膜外葉硬膜内葉クモ膜

クモ膜下腔

頭蓋骨

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蓋骨と強固に結合する硬膜は受けた外力の方向に動くが,内側にあるクモ膜,軟膜,および脳は慣性によりその場に停留しようとするため,両者の位置関係がずれる.その結果,脳から硬膜(硬膜静脈洞)へ伸びる架橋静脈が引き伸ばされ,剪断力の閾値を超えると破断(出血)する(加速損傷).出血した血液が,硬膜直下のクモ膜と硬膜の間(硬膜下腔)に溜まり,短時間の内にゼリー状に固まって脳を圧迫し,脳幹部の機能不全をもたらす.ASDH の予後は非常に悪く,何よりも予防策の確立が大事な疾患である

2) 脳震盪とセカンドインパクトシンドローム(second impact syndrome:SIS)

 脳震盪とは,「外力により生じた一過性の神経機能障害に由来する臨床症候群」とされ,一時的な意識障害や健忘を指すと考えられているが,視覚(視野障害)や平衡覚の障害(めまい,ふらつき)も含む多様な症状を示す.また「脳震盪やそれに準じる軽症の頭部外傷を受けた際,数日から数週間後に 2回目の頭部外傷を受けると,致死的な脳腫脹を来す」SIS が惹起される可能性を指摘する声もある.管見によれば軽微な脳震盪の繰り返しが,重篤な神経症状を後遺させるエビデンス

図1 頭頂部の頭蓋骨,髄膜(硬膜,クモ膜,軟膜),および架橋静脈の前額断面図

頭蓋骨

硬膜硬膜下腔クモ膜クモ膜下腔

架橋静脈(上大脳静脈)

硬膜静脈洞(上矢状静脈洞)

軟膜

図2 加速損傷の発生メカニズム(矢状断面図)頭蓋骨と硬膜は受けた外力の方向に回転するが,硬膜下にあるクモ膜,軟膜,および脳は慣性によりその場に停留しようとするため,両者の位置関係が大きくずれる.その結果,架橋静脈が伸展し,閾値を超えると破断,出血が硬膜下に広がり脳を圧迫する(急性硬膜下血腫)

外力(衝突)

架橋静脈(上大脳静脈)の伸長・破断

硬膜静脈洞

硬膜外葉硬膜内葉クモ膜

クモ膜下腔

頭蓋骨

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図2 急性硬膜下血腫の発生メカニズム(矢状断面図)

(小山勝弘, 20142)より引用)

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Ⅲ.畳下に敷く体操用マットの有効性(頭部衝撃力低減効果)

私たちの研究グループでは、自動車衝突試験用人体ダミーに柔道着を着用させ、柔道熟練者であ

る取(投げる人)が投技を施し、受(投げられる人)であるダミー

頭部が畳に衝突する際の挙動(頭部重心位置の並進・回転加速

度)を詳細に検証した3,4)。その結果、受が受け身をとれない状

況下で発生する頭部衝撃力がきわめて大きいことを定量・評価

し、受け身技術習得の重要性を実証した。

さらに、体育館や空き教室を使って柔道授業や課外活動を実

施している学校がある。そこで、多くの学校で体育用備品とし

て配備されている体操マットを畳下に敷設し、「畳のみ」と

「畳+体操マット」にて投げられた時の頭部加速度を比較す

るダミー実験を行った。その結果、大外刈および大内刈ともに

頭部打撲時のピーク並進加速度値は大幅に低下した。また、自

動車衝突事故の評価にて国際的指標として運用されている、並

進加速度をベースに算出する“頭部傷害基準値(HIC: Head

Injury Criterion)”について検討したところ、大外刈および大

内刈ともに、マットを使用することで、HIC値が半減することが

わかった(図3)。すなわち、並進加速度に伴う頭部損傷リスクの

軽減に、緩衝作用のある体操マットの使用がきわめて効果的に

機能することが示唆された。

Ⅳ.脳しんとう後の段階的競技復帰プロトコール(柔道用)

自覚症状や医師の診察などから、脳しんとうと診断された場合、自覚的・他覚的症状が消失する

まで精神的・肉体的な安静を十分にとらなければならない。脳しんとうの症状が消失後、復帰する

場合には段階的競技復帰プロトコール(表1)に従い、慎重に行うことで重症化を防ぐことができる。

引用・参考文献

(1) 全日本柔道連盟:公認柔道指導者養成テキスト A指導員.全日本柔道連盟,2016.

(2) 小山勝弘:柔道の衝撃と障害.体育の科学,64(9):632−638,2014.

(3) Murayama H et al.: Simple Strategy to Prevent Trauma in Judo - Biomechanical

Analysis -. Neurol med-chir, 53(9):580-584.2013.

(4) Murayama H et al.: Rotational acceleration during head impact resulting from

different judo throwing techniques. Neurol med-chir, 54(5):374-378.2014.

(5) 全日本柔道連盟:柔道の安全指導〜事故をこうして防ごう〜2015年第四版.pp33-40,

全日本柔道連盟,2015.

図3 体操マットの有無による HIC値比較

(* p<0.05)

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表8 段階的競技復帰プロトコール 柔道用

訓練段階(各スポーツ共通) 各段階における運動の内容(柔道復帰の場合) 各段階の目標

1.活動なし 身体と精神の休養、見学 症状の消失、回復

2.軽い有酸素運動 歩行、自転車など;抵抗を加えない息が上がらない程度のランニング

心拍数を増やす(最大許容心拍数の70%以下)

3.スポーツに関連した運動

ランニング、頭への衝撃や回転がない補強運動(腕立て伏せ,腹筋,背筋など)投技や固技の補助運動;一人打込など

身体の動きを加える

4.接触プレーのない運動・訓練

回転運動、受身、打込、固技など。練習に身体的、精神的負荷を加える。筋力トレーニング(負荷の制限なし)

指導者による受身技術、投技や固技の技術評価

(メディカルチェック)医師のチェック 医学的に異常なし

5.接触を伴う練習 通常の練習活動に参加約束練習、投込、乱取注意;指導者は必ず段階的に指導する。

コーチングスタッフによる技術の評価と信頼の回復

6.競技復帰 通常乱取や試合稽古参加、公式試合への復帰 心技体の充実

ウ.急性硬膜下血腫などの頭蓋内異常  を認めた事例での競技復帰 柔道だけでなく、ラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツで脳しんとう受傷後に頭痛などが続く例では、薄い急性硬膜下血腫を伴う場合があることが知られています。おそらく架橋静脈や脳表の静脈がわずかに損傷し出血したものの、自然に止血されるために頭痛程度でおさまり時間経過で吸収軽快するものと思われます。前述したように柔道による重大頭部事故41件の中で4件において、重大事故前にこのような薄い急性硬膜下血腫が発見されて

ます。頭部画像検査で異常が無くても、自覚症状があれば、指導者は練習復帰を許可しないようにしましょう。段階5では約束練習や投込、乱取など接触を伴う通常練習に参加させます。その際に、指導者は脳しんとうを受けた競技者の受身の取り方、技の攻防における技術、練習態度や心の持ち方などに問題点はないか、試合に参加可能かなどの判断を行います。可能と判断すれば、段階6で練習試合などを経て公式の試合に参加を許可します。

表 1 段階的競技復帰プロトコール[柔道用](全日本柔道連盟, 20155)より引用)

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パネルディスカッションD 水戸会場

『小学校でのスポーツ事故を防ぐために』

永山 満義 ・世田谷区立塚戸小学校 校長

・世田谷区立塚戸幼稚園 園長

・全国学校安全研究会 会長

(略歴)

東京都生。公立小学校教諭、副校長6年を経て、校長12年目(園長兼務6年)で現在に至る。

2013年より、独立行政法人日本スポーツ振興センターの「学校管理下の災害」の執筆委員。

2014年2月に、全国・東京都学校安全研究会第39回大会を本校で開催。2015年度 中央教育審議会生涯学

習分科会委員。2016年度 消防庁救急業務のあり方検討会委員。

発表要旨

Ⅰ.小学生の特性

学校生活の中で、子どものケガは日常茶飯事である。子どもはケガをしながら成長するのだという

考え方もあるが、それはケガの程度にもよる。すり傷程度ならばよいが、後遺症の残るようなケガは

絶対に避けたい。小学校の時期の子どもは、好奇心旺盛で行動範囲も大きい。時として、大人が予想

もしない行動をとることがある。しかし反面、周りの状況判断や危険予測の能力は未熟である。「廊

下は右側を静かに歩く」ということは、低学年でもよく分かっているはずである。それでも走ってし

まうのが子どもである。急に振り向いたり、突然立ち上がったり、目の前に興味関心のあるものを見

つけたとたんに走り出したりする。高い所があれば登りたがるし、狭い隙間があれば通ってみたくな

る。子どもの行動を予測するのは難しい。だから事故やケガも多い。 Ⅱ.事故の多い教科

独立行政法人日本スポーツ振興センターによれば、平成28年度の小学校での負傷・疾病で災害共済給付対象の件数は、359,950件となっている。このうち、負傷によるものは339,107件である。さらに教科別の負傷件数をみると、1位が体育(78,088件)、2位が図画工作(4,309件)、3位が総合的な学習の時間(2,125件)となっている。やはり体育が断然トップである。最近話題になっている組立体操など運動会(学校行事)での負傷件数が2,265件であることを考えると、体育の時間中の事故がいかに多いかが分かる。小学校全体での負傷事故のうち、23%が体育の時間に起こったことになる。しかし、これらの件数はあくまでも災害共済給付支給対象となった事故の数である。したがって、対象と

ならない軽い傷病の事例は含まれていない。つまり、実際の学校現場においては、さらに膨大な数の

事故が日々発生しているということになる。 Ⅲ.体育・運動会でのスポーツ

(1) 体つくり運動領域・・・・長縄跳び・輪やボールを使った運動 (2) 器械運動系領域・・・・・・跳び箱・マット・鉄棒・登り棒・うんてい (3) 陸上運動系領域・・・・・・高跳び・ハードル走・幅跳び・かけっこ・短距離走・リレー (4) 水泳系運動領域 (5) ゲーム・ボール運動領域 ベースボール・キックベースボール・ポートボール・タグラグビー・バスケットボール セストボール・サッカー・バレーボール・プレルボール (6) 運動会・・・・・・・・・・・・・・組体操・騎馬戦・棒引き・表現運動 Ⅳ.一つの事例から学ぶ

どの学校でも普通にみられる、ゴム紐を使った走り高跳びの練習中に起きた事故。跳んだときにゴ

ム紐が足に引っかかりマット上に転倒した。さらに、そこに倒れてきたポールが顔面に当たり、前歯

を損傷した。この事故が起きた原因は何だったのか。どこに問題があったのか。どうすれば事故は防

げたのか。今後の対策はどうすればよいか。

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Ⅴ.事故を防ぐために

事故を防ぐためには、危険を予測しなければならない。予測できない危険は、回避できないからであ

る。事故が起きやすいのは、子どもの気持ちが開放されたときや興奮気味の状態にあるときである。バ

スケットボールなど狭い場所に子どもたちが集中したときや、練習の方法が子どもの実態に合ってい

なかったりするときにも事故が起こりやすい。また、教師の目が届いていないところでも事故が多発

している。用具の点検も忘れてはならない。体育の時間では、その他にも事故が起きやすい場面はた

くさんある。教師はこれらの危険を予測し、その危険に対する手立てを考える必要がある。子どもた

ちへの日頃からの指導や、教職員の事故発生時の対応も大切である。

Ⅵ.教師の危機意識

体育の時間に限らず、学校での事故はさまざまな場面で起こる。教師一人一人が、教育活動の中に

どんな危険が潜んでいるかを常に意識することが大切である。掲示物の画鋲が取れていないか、床は

濡れていないか、児童机の横にかけてある体操着に足が引っかからないか、地震で棚の上の箱が落ち

てこないか・・・・この感覚が子どもの命を守る。そのためには、日頃から意識的に安全について関心を

もつ努力をしなければならない。毎日のように発生する子ども達のケガや事故。その一つ一つについ

て、なぜ起きたのか、どうすれば防げたのかということを明らかにして、それを全教職員で共有して

おく。そうすれば、事故は必ず減らすことはできる。

Ⅶ.児童の危険予測・危険回避能力の育成

教師の危機管理意識を高めると同時に、子ども自身が危険から身を守る力を育てていかなければな

らない。教師だけでは子ども達を守り切れないからである。跳び箱の運び方、マットの敷き方、安全

にゲームをするためのルールづくりなど、子どもたち自身が安全を意識することが、事故を減らすこ

とにつながる。事故の多い休み時間についても同じである。走っていた子どもが突然転んだとき、た

とえ教師がそばにいても支えることは困難である。子ども自身が、ぶつかったり転んだりしないよう

に気をつけなければ身を守れない。児童が自ら危険を予測し、それを回避する能力を育てていくこと

が大切である。

Ⅷ.事故が起きてしまったら

大勢の子どもが活動している学校では、事故を減らすことはできても0にすることは限りなく難し

い。したがって事故が起きたときの対応についても、日頃から考えておかなければならない。児童の

安全を確保(二次災害の防止)、管理職、養護教諭への連絡(管理職から教育委員会へ)、状況の把

握(現場の状況、時刻、場所、関係者等)、保護者への連絡(正しい情報)、児童の心のケア、事後

の子どもや保護者へのフォローなど、安全マニュアルとしてまとめ、全教職員で共通理解を図ってお

くことが事故を減らし、子どもの安全を守ることになる。 Ⅸ.最後に

後悔先に立たず。転ばぬ先の杖。予防は治療に勝る。全教職員が危機管理のプロになる。

学校への信頼は、「安心・安全の学校づくり」から生まれる。

【教師が日頃から心がけておきたいこと】

(1) 自分の教室を見回してどんな危険があるか想定することが、危機管理の第一歩。 (2) 危険箇所に気がついたらすぐに対応する。 (3) 危険を予測する鋭い感覚を磨いておく。 (4) 危険に対する正しい判断力・知識・行動力を身につける。 (5) 「まあいいか」の心のゆるみが事故を招く。 (6) 日頃から保護者と連絡を取り合って信頼関係をつくっておく。 (7) 事故後の初期対応によって、その後の展開が大きく変わる。 (8) 日常的に安全に関する指導をきちんと行い、週案に明記しておく。 (9) 具体的な実施計画を作成し、実地踏査はしっかり行う。 (10) つねに児童の所在を把握しておく。 (11) 緊急連絡体制を見直し、マニュアルは事前に目を通しておく。 (12) 定期点検や、安全点検などの決められたことは、必ず実施する。 (13) 判断に迷ったら安全策をとる。(何も起きなければそれでよかったのだと考える)

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