沖縄大学紀要 = okinawa daigaku kiyo(13): 117-129 issue...

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Title 新生ドイツの環境戦略-環境政策の展開とその現状の概 観- Author(s) 檜山, 雅人 Citation 沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(13): 117-129 Issue Date 1996-03-01 URL http://hdl.handle.net/20.500.12001/5812 Rights 沖縄大学教養部

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Title 新生ドイツの環境戦略-環境政策の展開とその現状の概観-

Author(s) 檜山, 雅人

Citation 沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(13): 117-129

Issue Date 1996-03-01

URL http://hdl.handle.net/20.500.12001/5812

Rights 沖縄大学教養部

沖縄大学紀要第13号(1996年)

新生ドイツの環境戦略

一環境政策の展開とその現状の概観--

檜山雅人

目次

1.はじめに

2.「循環経済」の新機軸とその思想

(1)デュアル・システムの実験

(2)循環経済型社会への跳躍

3.環境監査と環境管理

4.エコロジー的税制改革

(1)環境税の現状

(2)税制抜本改革への胎動

5.おわりに

1.はじめに

本稿は、近年のドイツ環境戦略の急速な展開とその現状の一端を概観し、そ

の特異な歴史的構造を解明するための一助とすることを目的としている。

周知のように、ここ数年の間に制定されたドイツの環境法制は、その範囲の

深さや厳格さといった点で他国を引き離している。スウェーデンをはじめとす

る北欧諸国やオランダといった国はもともと環境問題にとりわけ敏感で、厳し

い環境規制の布陣を敷いていることで有名だが、ドイツもひけをとらないと言っ

てよいだろう。むしろ、世界に先駆けて特異な環境思想を展開しており他の国

がそれに追随しているといっても過言ではない。

そういう試みが強力に推進されてきた背景的要因としては次の3点を考慮に

入れるべきだろう。まず第1に、ドイツの環境戦略はEU統合の流れとともに

あり、その一環として考えられるべきである。環境政策面でのEU統合を離れ

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沖縄大学紀要第13号(1996年)

てはドイツの環境戦略はありえない。また第2に、東ドイツ体制の清算という

文脈からも環境政策が練られており、この点がドイツの試みを特異なものにし

ている(1)。第3に、ドイツ国会独特の勢力分布を念頭におく必要がある。つま

り、第二院である参議院では野党勢力が優位にたち、したがって保守リベラル

連立与党が法案を通すには社会民主党(SPD)や緑の党との政策調整が不可

欠になっている。ドイツでは近年、与野党を巻き込んだ事実上の「大連立政権」

が成立しているとみなされ、1994年に国会復帰した緑の党さえそのなかに織り

込まれているといってよい。逆にいえば、緑の党は「既存政党」として国会進

出の具体的な成果を問われる局面まできているわけである。

2.「循環経済」の新機軸とその思想

ドイツの環境政策は、その集大成である『環境法典』(2)の制定が急務とされ

ているように一応の目処がつきつつある。重要法律に関しては、厳しい土壌浄

化責任を盛り込んだ土壌保全法案が1995年中に予定どおり可決されなかったの

をのぞいて、基本的には-通り成立しているといってよいだろう(3)。

近年最大の目玉は、「包装廃棄物の抑制に関する法規命令」(包装材令、1991

年6月12曰施行)と「循環経済および廃棄物法」(循環経済法、1994年9月27曰

制定、1996年10月6日施行)であるが、これらはいわゆる「循環経済」社会の

基盤を整備する類をみない試みと評価できる。

(1)デュアル・システムの実験

業界の反対を押し切って1991年に発せられた包装材令は、各種の包装に使わ

れる廃材を輸送用、装飾用、販売用に区分したうえで、それらの包装材の製造

業者と流通業者に対してみずから取り扱った包装材の回収、再利用、リサイク

ルを義務づけるとともに、そのためのデポジット制度の確立を命じるという画

期的な内容をもつ。しかし、各企業が個別に包装材を回収しリサイクルするこ

とは現実的に判断して限界があることから、業界が合同で廃棄物処理組合を設

立し業務を代行させる方式が認められた。このいわゆるデュアル・システムは

1990年8月、ドイツ産業界の主要団体の連合であるドイツ商工会議所の開いた

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沖縄大学紀要第13号(1996年)

会議で起案された。迫りくる連邦政府の包装材令に対処するため産業界のリー

ダーたちは、商品売場で発生する使用済包装材をいちいち回収しなくてすむ代

案を検討したのだった。こうして設立されたのがデュアル・システム・ドイツ

(DSD;DualesSystemDeutschland)社である。契約企業の販売する包装材にグ

リーン・ドットを呼ばれるステッカーを張り、それだけを回収しリサイクルす

るしくみが発案された(4)。

このシステムは当初、あまりに野心的すぎて期待された成果をあげることが

できず、それどころかDSD社契約企業による外国への不法廃棄が発覚し連邦

刑事警察庁の捜査をうけたり、当初見積もり以上の廃棄物を回収せざるをえず

資金難におちいるといったスキャンダルにとりまかれ、1993年には許認可取り

消しの1歩手前までいったいきさつもある。このとき野党SPDはこのシステ

ム全体を廃止するよう連邦政府に要求した(5)。一方、政府、自治体、業界団体

は同9月、DSD社の経営破綻や許認可取り消しを防ぐため、’億マルク以上

の資金投入を実行することで合意、一応の問題処理をみた。しかし、ドイツの

廃棄物は国内だけでは処理できず合計24カ国への輸出を余儀なくざれ国際摩擦

をひきおこしているのが実`肩である(1997年に中止の予定)(6)。

その後、1994年には包装材回収率67.7%を達成、前年比10%増を記録するな

ど事業は好転の方向にむかっているようにみえる。しかし、使用済包装材の回

収・分別率の目標値が1995年7月l曰より引き上げられたことから、ふたたび

同社の経営は危機におちいる公算が高い。同社ではこのままでは第2段階の目

標値を遵守できないため、包装材令の新たな達成目標値を引き下げる改正を行

うよう連邦政府に要請、これを受けて連邦政府は1996年を目処に各種包装材の

再生比率の引き下げをふくむ改正事案にとりくんでいる(7)。その際、あわせて

リサイクル業務の規制を強化し自由な競争を促進することを明記する。このよ

うに難題山積のままドイツの取り組みは出発したが、廃棄物回収・リサイクル

を業界に対して法的義務として課すという発想そのものが画期的であることに

は変わりないだろう。

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(2)循環経済型社会への跳躍

このような包装材リサイクル思想を廃棄物全般に拡張する「循環経済の促進

および環境に優しい廃棄物処分の確保に関する法律」が1994年6月24曰に連邦

議会を、7月8曰には連邦参議院を全会一致で通過、正式に成立した。このい

わゆる「循環経済法」(Kreislaufwirtschaftsgesetz:以下「本法」という)は1996

年10月6曰に施行されることになっている。

本法は、先進国共通の「使い捨て社会」からの脱却を促進する先駆的な意義

をもつとともに、欧州で先端的な環境政策を進めるドイツのリサイクル立法の

うち最大の目玉とみなされる。成立までに数年を要しており、その間さまざま

の反対意見にみまわれ幾多の修正がなされてきた。最初、1994年4月15曰に連

邦議会で可決ざれ成立まで秒読みの段階に入ったが、野党優位の参議院で調整

が行われ、あらためて両議院で可決された。「全会一致で可決」というのは、緑

の党をふくむ野党の納得のいくかたちで調整が行われたことを示唆するもので

ある。本法の基本思想および機軸概念は次のとおりである(8)。

①基本思想

目的は「天然資源保全のため循環経済を促進すること、および環境に優しい

廃棄物処分を確保することにある」とされ、また法の範囲が「1.廃棄物発生

の抑制(Vermeidung)、2.廃棄物の再生利用(Verwertung)、3.廃棄物の処分

(Beseitigung)」の3点におよぶことが明らかにされている。

本法は、廃棄物部門に発生者負担の原則を導入しその責任を明確に定める。

財を生産し販売し消費する者は、その際に発生する廃棄物について基本的に自

分自身で発生を抑制し再生利用し処分する責任を負う。「業界が商品を生産する

ときに発生する廃棄物も自治体が税金を使って処理処分する」というのが今ま

での考え方だったが、このような古い思想は本法によって一掃されている。

②廃棄物の概念

当初の連邦政府の法案では、再生利用可能な廃棄物をふくむ上位概念として

「残津」Riickstandが使われ「廃棄物」AMilleはあくまで廃棄すべき狭義の

廃棄物に限定されていた。しかし、EUの廃棄物関連法では、再生利用可能な

廃棄物も「廃棄物」と定義され、概念用法上の整合性を確保するためEUにな

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い用語上の修正が行われた。こうして本法では「廃棄物」が機軸概念とされ、

EU同様に再生利用可能な廃棄物もふくむ広い意味で使われている。製造、生

産、加工にともない発生し、かつその発生を本来の目的としないすべての物品

はすべて「廃棄物」概念のなかにふくまれ法に基づく監視の対象になる。そし

て「廃棄物」は「再生利用廃棄物」と「処分廃棄物」に下位区分されている。

③廃棄物処置の優先順位

循環経済の基本原則として、まず第1に廃棄物発生の抑制を優先しなければ

ならない。発生が回避できない場合には、廃棄物を二次原料として再生利用す

ることが義務づけられる。処分に対する再生利用の優先が原則だが、それは(a)

技術的に可能で経済的にも採算がとれる場合、(b)処分が環境に優しくない場合

に限られる。再生利用が不可能な場合(例えば技術的に不可能な場合や採算が

とれない場合)に初めて環境に配慮した廃棄物処分が実施されることになる。

④物質としての再生利用とエネルギーとしての再生利用

再生利用の方法としては、廃棄物の「物質としての再生利用」と「エネルギー

としての再生利用」の2つの方法が予定される。どちらの方法を優先すべきか

という点が議論になるが、両者の方式は実質的に同格といってよい。というの

も、(a)燃焼効率が最低75%に達すること、(b)廃棄物の熱量が最低11,000kJ/kgに

達すること、(c)廃熱を利用することといった基準がクリアされれば、「エネルギー

としての再生利用」を優先してもよいとされているからである。

これらの前提条件を満たさず、かつ処分が許可されない場合に「物質として

の再生利用」を行うことが必要になる。ちなみに、通常行われる廃棄物の焼却

はこの前提を満たすものではない。このような普通のゴミ焼却が「エネルギー

としての再生利用」と厳密に峻別されていることに留意する必要があろう。

⑤製造物責任(LiabilityではなくResponsibility)

この「製造物責任」とは、製造者に課せられる新たな回収、再生利用、処分

の義務をいう。生産者は、廃棄物の少ない製品を開発し流通させる法的義務を

負う。可能なかぎり何度でも使え、環境に負担をかけないで利用できるような

製品を生産者は作らなければならない。この新たな製造物責任は、研究開発や

製品の設計に始まる企業活動のあらゆる側面に影響をおよぼす。

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沖縄大学紀要第13号(1996年)

⑥廃棄物事業企画書

「特別監視を要する廃棄物」を年間2トン以上発生させる者、または「監視

を要する廃棄物」を年間2,000トン以上発生させる者は、廃棄物発生の抑制、再

生利用、処分に関する詳細な対策や将来見通し等を記述した「廃棄物事業企画

書」を作成し、内部の計画手段として役立たせるとともに主務官庁の求めに応

じて提出する義務を負う。企画書は、5年後までの期間を対象として1999年12

月31日までに作成し5年毎に更新する。法律上認可された公共処理事業者も企

画書を作成し州政府の定める要件にしたがう。また、企画書の作成義務を有す

る者は毎年(初回は1998年4月l曰まで)、前年度の廃棄物の種類、量、所在に

関する「廃棄物収支報告書」を作成し、主務官庁の求めに応じて提出しなけれ

ばならない。

3.環境監査と環境管理

環境監査Oko-Auditの制度的導入の試みも1995年から開始された。そのための

「環境監査人の認証および事業所所在地の登録に関する法律」(環境監査法)が

同9月22曰、両院協議会での審議をへて両院で可決、成立した。本法は、「環境

管理・監査制度への企業の自主的参加に関するEU規則」を国内法化するもの

である。同規則は1993年7月13曰付でEU域内で発効していることから本来、

国内法化は特に必要とされない。しかし実際は、EU加盟各国が規則施行のた

めの行政手続きをすべて整備した段階ではじめて完全な施行が可能となる。国

内の行政手続きを整備するため各国に課された国内法化の最終的な期曰は1995

年4月だったが、ドイツの場合は半年遅れで成立した。

環境監査制度への参加は、基本的に企業の自主性に委ねられ強制ではないも

のの、ドイツ工業規格(DIN)/国際標準化機構(ISO)規格第9000号に基

づく品質認定に類似した品質保証マークを商品に付ける権利を与えられること

から、間接的に欧州内で競争原理が促進されるとみられている。環境監査制度

が導入されると市場で企業は「環境保全証明」Umwelt-Zertifizierungを求めら

れることになる。一方、環境監査制度に加入する企業は「環境声明」、つまり現

在の放出物に関するすべてのデータや環境汚染削減の具体的な目標を公表しな

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沖縄大学紀要第13号(1996年)

ければならなくなるため、一般市民もチェック機能を受けもつことになる(9)。

環境監査制度は次の点を骨子としている。

①目的

EUの目標は一言でいえば企業の環境対策(EnvironmentalPerformance)を

継続的に改善するという点に尽きる。

②環境管理システムの構築

まず企業は現状確認を行う。これがいわゆる「第1回監査」であり、技術の

実`盾や組織等の基本的な環境関連の側面を検証しその結果を記録する。その結

果に基づき、企業は具体的な環境目標を設定する。そのあとこの目標を達成す

るための手段の体系、「環境管理システム」を構築する。

③内部監査

つぎに企業は内部監査制度を導入する。定期的な間隔をおいて、少なくとも

3年に1度、目標達成度を計り最終的には環境管理システムの有効性を検証す

る。その基準は、第1回監査結果に基づく企業固有の目標である。企業はこの

内部監査の成果を「環境声明」としてまとめ所管当局に報告する。

④認定

環境声明と環境管理システムは、有資格の外部検認者による審査を受け適当

であるとの評価を得なければならない。合格すれば統一記録簿に登録され、そ

の企業は事業所等に認定企業をしめす「ロゴ」を掲げる権利を得る(認定)。

問題は外部の検認機関の中立'性をどう確保するかという点にあった。結局、

ドイツでは産業界との妥協が図られ、環境監査人および環境監査団体に対する

認証・監督業務を経済界が自主的に設立した認証機関に委託して実施すること

になった。ドイツ産業同盟、ドイツ商工会議所、ドイツ手工業中央組合、自由

業者連合はこうして「ドイツ環境監査人信任・認証会社」を設立した。一方、

連邦環境省内に労働団体や環境保護団体をふくむ「環境監査人委員会」を設置

し、環境監査人認証のための試験要綱や監督のための評価指針の策定等を行う。

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4.エコロジー的税制改革

(1)環境税の現状

排水税法は1976年に制定されて以来、ドイツ初の、しかも唯一の環境税とみ

なされ、市場経済でいかに環境政策上の目標を達成するかのモデルと考えられ

てきた。その原則は、秩序罰(環境犯罪の禁止と処罰)とは別に、環境保護を

促進するため税を課すという単純なもので、許容範囲内でも有害物質を水域に

流した者から税金をとるという制度である。

課税規模が限定されているためその効果には常に疑問が投げかけられてきた

が、それでも北海のアザラシが大量死し、有権者の関心の高かった1990年の総

選挙以前には、2年ごとに汚染単位につき10マルクずつ課税を強化することが

国会決議された。しかし、ドイツ最大の水質汚染者である化学産業からの圧力

を受け、連邦政府は水質改善の実績を理由に課税の値上げペースを減速させる

ことを目的とした排水税法第4次改正法案を国会に提出した。法案は1993年12

月2曰に連邦議会により可決されたが、野党優位の参議院の同意を得られず、

1994年2月4曰に両院協議会が召集された。そこでいったん再審議が行われ、

4月21曰に勧告が出された。連邦議会は4月22曰、参議院は同29曰に勧告に同

意、第4次改正法が正式に成立した。

従来の国会決議では、2年ごとに10マルクずつ値上げする計画だったが、今

回の改正で現行の60マルクから70マルクへの値上げが1997年に延期され、しか

もそれ以降は一切値上げを行わないことになり00、環境税としての意味が実質

的に失われた。

一方、排水税法の規制緩和に代わり近年もっとも注目されているのが包装廃

棄物に対する市町村による独自課税の動きである。発端は、ベルリン連邦行政

裁判所が1994年8月19曰、マクドナルド社などがカッセル市を相手取って起こ

していた裁判で、「連邦からの権限委譲なしに市町村が域内で発生する廃棄物に

対し独自の課税を行ってよい」とする判決を下したことにある。これでプラス

チック等の大量の廃棄物を課税をつうじて削減する道が市町村に開かれた。マ

クドナルド社等は判決を不服として憲法裁判所に上告している(11)。しかし、

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沖縄大学紀要第13号(1996年)

この判決の影響はきわめて大きく、各自治体や州政府は、この画期的な判決を

ふまえ独自課税の道を探りはじめている。カッセル市の使い捨て税(課税額は、

皿50ペニヒ、容器40ペニヒ、ナイフ・フォーク類20ペニヒ)にならい数多くの

地方自治体が同様の税を実施している。フランクフルト・アム・マイン市も1995

年1月1曰より、紙製のⅢやプラスチック製食器に対する税額を引き上げたが、

リサイクル利用が証明される場合でも課税を免除しない。

州レベルでは、ドイツ最大の州ノルトライン.ヴェストファーレン州が1995

年11月、この自治体包装材税を閣議決定をもって公認し論争は新たな次元に入っ

た。これにより、同州の自治体は、再利用のできない包装材や使い捨ての食器

や皿などについて州全域で徴税を行うお墨付きを得たからである。

メルケル連邦環境大臣は、廃棄物の発生抑制については連邦政府が十分な規

制を行っており、市や自治体が単独課税を行うのは憲法違反との考えだが、憲

法裁判所で審理が終わり判決がでるまで静観する姿勢をとっている。

(2)税制抜本改革への胎動

とはいえ、このような画期的な包装材税にしても課税対象がごく一部の製品

に限定され、環境税というにはその規模と効果に疑問が残る。これに対して、

所得税や付加価値税との構造的な関連で、すなわち税制体系全体のなかで大規

模な新税として環境税を導入するという思想が浮上している。その青写真は1994

年の総選挙時に提出されたSPDと緑の党の選挙綱領にみてとることができる。

したがって、コール首相率いる保守リベラル連立政権に代わり社民十緑十αの連

立政権が樹立されたとき実行に移される公算が高い。ましてSPDの新党首ラ

フォンテーン氏は、かねてから「エコロジー的税制改革」の主唱者として知ら

れている。与野党の勢力差は総選挙時終了時でわずか10議席であり、最近も与

党自民党の一部議員がコール政権から離反した事情もある。一方、環境税への

国民の支持は依然好調であるものの、1993年夏57%(EUのユーロバロメータ)、

1994年11月以前52%、同以降47%(ともにエムニート世論調査研究所)となだ

らかな低下傾向にあることは否めない(12)。

両党の選挙綱領では環境分野の公約は大略次のようなものだった(13)。

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沖縄大学紀要第13号(1996年)

社会民主党一「エコロジー的税制改革が最優先課題」

政策の重要な柱はエコロジー的税制改革OkologischeSteuerreformである。

その基本的な考え方は、所得税を軽減すると同時に、それと同じ規模で環境を

損なうエネルギーおよび資源の消費に対する課税を段階的に強化するというも

のである。税制改革を実施するにあたっては、長期的な展望のなかで段階的に

行うことを公約する。つぎに全土を対象とした長期的な投資計画をつうじて環

境に重要な投資を強化する。具体的には、①気象と環境の保護、②省エネ、③

エネルギーと原料の有効利用、④再生可能エネルギー、⑤近距離交通機関の利用促進等である。

緑の党一「経済社会のエコロジー的再構築」

①経済社会のエコロジー的再構築OkologischerUmbau、②交通政策とエネル

ギー政策の転換、③消費万能主義を排した新たな生活文化への移行を押し進め

る。資源消費量は、GNPの推移とは関係なく削減しなければならない。

具体的な政策としては、①原油税の引き上げ(10あたり最初0.5マルク、そ

れに続いて毎年0.3マルク)、②一次エネルギー税の導入、③廃棄物課徴金の導

入、④環境に重大な影響を与える交通への課徴金の導入を実施する。

エコロジー税による歳入は、①経済のエコロジー的再構築のための資金、②

エコロジー的再構築のために投資する事業所を対象とした減税措置、③社会的

弱者への補助に支出することを公約する。

このSPDの考え方は、ヴァイツゼッカー前大統領の甥で物理学者のエルン

スト.U・フォン・ヴァイツゼッカー氏のアイディアに立脚していると思われ

る(14)。一方、このような胎動に危機感をいだくドイツ産業連盟のような大企

業組織は環境税導入の機運に精力的な反対活動を展開している。他方、連邦青

年経営者同盟や緑の経営者連盟がエコロジー的税制改革支持で旗揚げしている

ほか、ダイムラーベンツ社やBMW社の社長らが、環境税の導入を支持する発

言を繰り返すなど流れが変わってきている。

-126-

沖縄大学紀要第13号(1996年)

5.おわりに

本稿は、近年のドイツの環境戦略を手放しで礼賛するものではない。1995年

3月末から4月初めにかけてボンで開催された気象変動枠組み条約第1回締約

国会議でドイツは議長国を務めた。しかし、二酸化炭素削減目標の新たな設定

について国際的合意を図るという当初の目的を結局達することができず、ただ

「協議を今後も継続する」BerlinMandatことしか確認できなかった(15)。

また、ドイツの環境戦略を概観するためには、旧東ドイツの遺産Altlastenの

清算がどう進んでいるかという点や原子力発電をはじめとするエネルギー問題

との関連'性を無視することができないだろう。これらの点を総合的に把握して

はじめてドイツ独自の環境戦略の未来像がみえてこよう。

1991年に新設されたノルトライン・ヴェストファーレン州ヴッパータール気

候・環境・エネルギー問題研究所(所長は先程のヴァイツゼッカー氏)に未来

研究者が集い、約50万マルクの研究費を投じて将来のあり得べきドイツをどの

ようにイメージできるかについて学際的研究を行った。その成果が『未来形成

可能なドイツ』(16)であり反響を呼んでいる(研究資金の提供者は、カトリッ

クの開発援助団体MISEREORと環境保護団体BUND)。

本書は、正しい環境政策を推進した場合に将来出現するであろう新たなドイ

ツの経済的、社会的な曰常生活を描きだしている。その結論を一言でいうと、

「ドイツ人は道路建設を中止し、遠距離の旅行を断念し、すべての製品を再利

用し、農業を完全に有機農法化する」といった「理想的」生活のビジョンが提

示されている。いきつくところまでいった、という印象だが、ふたたびドイツ

はかつての反「西欧文明」的なドイツ的自然の伝統に回帰するのであろうか。

(1)筆者は1991年冬、1日東ドイツのエネルギー・環境実`情調査のため現地を訪

れたが、そのとき世界最悪の汚染地帯であることを思い知らされた。エネ

ルギーの9割以上が低品質の褐炭で賄われ火力設備には公害防止装置が付

いていないのだった。おまけに原子力発電所には格納容器すらなくエネル

ギー事'情もお寒いものだった。当時の現状については、エコロジー経済研

究所(白川欽也、寺西俊一、吉田文和訳)「統合ドイツとエコロジー』(古

127

沖縄大学紀要第13号(1996年)

今書院、1994年)に詳しい。しかし、西ドイツへの併合後、連邦政府が大

量の資金を投じ環境浄化の努力を行った結果、明るい兆しもみえるように

なった。その成果は、BundesministeriumfiirUmwelt,Naturschutzund

Reaktorsicherheit(BMU),BB痂ノbM6cγ此肱0/QgiScノZeaz"た”"g〃"cノ

助伽峨吻"gご"沈戯"此〃んん花smg庇γDC伽c膨れ団"/jej4in:UMWELT,Nr9/1995を参照。

(2)連邦環境省は1992年7月、連邦行政裁判所元長官のゼントラー教授を座長

に据え独立専門委員会を設置、1997年までに環境法典をまとめるよう指示

した。その草案は、Umweltbundesamt(UBA),U>'0z(ノe/jIguse勅"c作Aノノー

gc加ej"cγTM;ErichSchmidtVerlag,1990,UBA,U)'0z(ノe/ligUMZ6"cノi-

BCso"ぬ”γTM;ErichSchmidtVerlag,1994である。

(3)こうした欧米の環境規制動向の調査研究に関しては、多くの点でアカデミ

ズムより民間の研究所のほうが進んでいるように思われる。東京海上火災

保険株式会社編『環境リスクと環境法(欧州編)』(有斐閣、1992年)や住

友海上リスク総合研究所編『環境リスクと企業』(化学工業曰報社、1995年)を参照。

(4)Rummler/Schutt,J/ちゆαcノセ"'zgszノeノwzノノz"噸〕Behr'sVerlag,1991(5)欧州最大の発行部数を誇る週刊誌ルュピーゲル』誌が反デュアル・シス

テムの論陣を張った。αγSDj仰/の1993年6月21曰号、同10月25曰号、1994

年2月28曰号などの当該記事を参照。

(6)その暗い実態は、WSchnurbus,DC"MZcγ〃〃〃γα此〃b〃-,定

Cl〃`"肱〃GeschjiノブWllbγ/1〃/Zsc〃妨肱Knaur,1993に記述されている。

(7)AMerkel,Aノゥ〃e此γSZZz"cIMbγIVbzノc此ClしγJ/bゆadbz"zgSzノelwzl/"zz"&in:UMWELT,Nr,10/1995

(8)同法の全文はUMWELT,Nr9/1994のSMC'ん腕ノノに掲載されている。以下

の記述は、BMU,D/e勿沈z(ノc/幼oノノノノScノjeKo〃zeが/o〃c/es

mUjMzz(/i(ノ伽cノカcZ/fs‐〃"Cl/AZyiz/lIguMZes,in:UMWELT,Nr、6/1994,H

Hulpke,GMischer,F-A、Schendel,DczsK”Mzz(/iルメScノicZ/Zsig巴MZ〃〃

Sc醜eAzzsz(ノノ沈""9℃",in:TECHNIKFURUMWELTSCHUTZJahr‐

-128-

沖縄大学紀要第13号(1996年)

buchl996/97等を参考にした。

A・Riss,UノリzzMt-Mz"zZgU醜e"t-Ej"GEγ”"gU"ScルI/iIQlbγル勵一ルノノ?

(Manuskript,1994)

BMU,4.jVDzノc比z""zA6z(ノαSSCγzz6gZz6c"gUMZc"CZgZZ/j2igzノe伽Sc肱Clルム

in:UMWELT,Nr6/l994

KD加加""αんJ/12ゆα晩"咽ss虎"鮒in:UmweltMagazin,1995.lO

BRieder,Aノノ蝿s/QgjXDe"//tz”tDQ/7倉/ムin:UmweltMagazin,1995.1l

ドイツの主要政党で積極的な環境政策に反対する政党は存在しない。連立

与党のCDU/CSUの選挙スローガンは「成功に満ちた環境政策」、自民

党は「エコロジーと経済の結合」というものだった。各党の1994年総選挙

時の環境政策の公約はHz加伽〃"‘Uクワzz(ノe/liDmgmwz籾c,in:UmweltMag‐

azin,1994.09に抜粋がある。また、1994年の欧州議会選挙での公約は、D左

Pmglzz加沈ccノビァル池”〃z"γEz"'DPe-WM/、94,in:Politische

Okologie,1994.05/06で比較対照されている。

E・V・ワイツゼッカー(宮本、楠田、佐々木監訳)『地球環境政策』(有

斐閣、1994年)およびErnstUlrichvonWeizsacker,KD0PeγzzノノzノCs、"z(ノeノノー

ノicz"Clルノ〃-jmlノセル,EノブizハγzzlOgu",M2β"α伽e",VerlagRuegger,1995の

OkologischeSteuerreformの章を参照。一方、同氏の環境税構想への批判

は、D・Ewringmann,OノMOgjSc肱肋"cγγそ!/、102,in:ZeitschriftfUr

Umweltpolitik&Umweltrecht,1994.03が代表的である。

AMerkel,Zカイcllb〃E〃6"jsse〃c/bγ1.J/b汀惚s伽/Wzho硴花"ここ"γ

K伽α'zz伽e"ノbo"zノc"幼",in:UMWELT,Nr、5/1995は成果を強調する。

BUND,Misereor(Hrsg),〃ん""/MノノzligusDc"M2伽ユBirkhtiuser

Verlag,1996

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