b78 卓上型maldi-tof msを用いたインソース分解(isd)による …

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Application News No. B78 MALDI-TOF 質量分析法 卓上型MALDI-TOF MSを用いたインソース 分解(ISD)による酸化ペプチドの解析 LAAN-A-TM055 MALDI-TOFMS は、ペプチドまたはタンパク質の分子量お よび一次構造に関する情報を得るための、迅速かつ簡便な方 法です。現在様々な断片化方法がある中で、タンパク質の配 列を得るために、“Top-down”プロテオミクスとしてインソ ース分解(ISD)が用いられています。ISD では、水素ラジ カル移動を利用して c-および z-フラグメントイオン系列を 生成することができます。ポストソース分解(PSD)に対す る ISD の利点の 1 つは、理論的には試料の質量による制限が ないため、酵素消化せずに直接大きなタンパク質のシーケン シングが可能であることです。MALDI-ISD ワークフローの概 要を図 1 に示します。 製薬業界では、バイオ関連医薬品開発において、失活や毒 性など治療に影響する可能性をモニターするため、品質管理 プロセスの一環として、製剤処方あるいは劣化などによる変 化を追跡することが重要になっています。分解を伴って起こ りうる修飾のひとつの例として、ペプチドまたはタンパク質 のメチオニン残基の酸化が挙げられます。このメチオニンは 他のアミノ酸に比べ非常に酸化しやすいことが知られてい ます。 ここでは、卓上型 MALDI-TOFMS である MALDI-8020 によ る Top-down 配列解析により Exendin-4 ペプチドのメチオニ ン酸化(Met-O)部位を決定した例をご紹介します。この方 法は、バイオ関連医薬品の QC において、生産プロセスにお ける望ましくない変化を特定する有用な方法と言うことが できます。 S. Salivo, (Y. Yamazaki) 試料と方法 Exendin-4 ペプチドは Sigma-Aldrich から購入しました。 Exendin-4 を 1%過酸化水素(H2O2、pH 中性)と 37 ℃で 15 分間インキュベートして酸化した後、試料溶液を酸性化し、 ZipTip ¾ C18 (Millipore製)を用いてペプチドを精製しました。 天然及び Met-O ペプチドをα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮 酸(CHCA、5 mg/mL、50 %アセトニトリル/0.1 %トリフル オロ酢酸)と混合し、1 μL をターゲットに滴下乾燥しまし た。ISD 分析のために、天然および酸化型ペプチドを 1,5-ジ アミノナフタレン(1,5-DAN、50 %アセトニトリル/0.1 %ト リフルオロ酢酸で飽和)と混合し、1 μL をターゲットに滴 下乾燥しました。 装置は卓上型 MALDI-TOFMS である MALDI-8020 を用い、 図 1 中に記載した測定条件で分析しました。 図 1 MALDI-ISD のワークフローおよび測定条件 Tuning linear Polarity positive Laser rep. rate 200 Hz Accumulation rate (shots/profile) 50 Profiles 300 MALDI data acquisition parameters. NH 2 S E Q U E N C E COOH m/z MALDI-8020 S E Q U E N C E NH 2 c-ions S E Q U E N C E NH 2 COOH z-ions COOH

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Application News

No. B78

MALDI-TOF 質量分析法

卓上型MALDI-TOF MSを用いたインソース分解(ISD)による酸化ペプチドの解析

LAAN-A-TM055

MALDI-TOFMSは、ペプチドまたはタンパク質の分子量および一次構造に関する情報を得るための、迅速かつ簡便な方法です。現在様々な断片化方法がある中で、タンパク質の配列を得るために、“Top-down”プロテオミクスとしてインソース分解(ISD)が用いられています。ISD では、水素ラジカル移動を利用して c-および z-フラグメントイオン系列を生成することができます。ポストソース分解(PSD)に対する ISD の利点の 1つは、理論的には試料の質量による制限がないため、酵素消化せずに直接大きなタンパク質のシーケンシングが可能であることです。MALDI-ISD ワークフローの概要を図 1に示します。 製薬業界では、バイオ関連医薬品開発において、失活や毒

性など治療に影響する可能性をモニターするため、品質管理プロセスの一環として、製剤処方あるいは劣化などによる変化を追跡することが重要になっています。分解を伴って起こりうる修飾のひとつの例として、ペプチドまたはタンパク質のメチオニン残基の酸化が挙げられます。このメチオニンは他のアミノ酸に比べ非常に酸化しやすいことが知られています。 ここでは、卓上型MALDI-TOFMS であるMALDI-8020 によ

るTop-down配列解析によりExendin-4ペプチドのメチオニン酸化(Met-O)部位を決定した例をご紹介します。この方法は、バイオ関連医薬品のQCにおいて、生産プロセスにおける望ましくない変化を特定する有用な方法と言うことができます。

S. Salivo, (Y. Yamazaki) 試料と方法 Exendin-4 ペプチドは Sigma-Aldrich から購入しました。

Exendin-4 を 1%過酸化水素(H2O2、pH中性)と 37 ℃で 15分間インキュベートして酸化した後、試料溶液を酸性化し、ZipTip C18(Millipore 製)を用いてペプチドを精製しました。 天然及びMet-Oペプチドをα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮

酸(CHCA、5 mg/mL、50 %アセトニトリル/0.1 %トリフルオロ酢酸)と混合し、1 μL をターゲットに滴下乾燥しました。ISD 分析のために、天然および酸化型ペプチドを 1,5-ジアミノナフタレン(1,5-DAN、50 %アセトニトリル/0.1 %トリフルオロ酢酸で飽和)と混合し、1 μL をターゲットに滴下乾燥しました。 装置は卓上型 MALDI-TOFMS である MALDI-8020 を用い、

図 1中に記載した測定条件で分析しました。

図 1 MALDI-ISD のワークフローおよび測定条件

Tuning linearPolarity positiveLaser rep. rate 200 HzAccumulation rate (shots/profile) 50

Profiles 300

MALDI data acquisition parameters.

NH2 S E Q U E N C E COOH

m/z

MALDI-8020

S E Q U E N C E NH2

c-ions

S E Q U E N C E NH2 COOH

z-ions

COOH

Application News

No. B78

結果 Exendin-4は、アメリカドクトカゲ(Heloderma suspectum)

の唾液中に存在する天然のペプチドです。合成型のペプチドはExenatideとして2型真性糖尿病の治療に使用されています。 マトリックスとして 1,5-DAN を用いて得られた天然

Exendin-4 の MALDI-ISD スペクトルを図 2 a) に示します。 図中に記載された質量表示はモノアイソトピックピークに対応します。

図 2 b) の上段に示されているカメラ画像には、最適化した試料調製により得られた試料表面の非常に良好な均一性が示されています。質量スペクトルの拡大領域(図 2 c) およびd) )には、フラグメントイオン(m/z 1200-2800 範囲)のシグナルが良好に同位体分離されている状態が分解能の値(カッコ内)と共に示されています。

図 2 a) 天然 Exendin-4 の MALDI-ISD スペクトル;b) マトリックスとして 1,5-DAN を用いたウェルのカメラ画像;c) & d) ISD スペクトルの拡大図

834.12

747.08

2094.101405.67

2393.261277.58 2250.151435.77

2782.141062.45 1536.77 3352.131794.87

% Intensity

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

800 1000 1400 1600 1800 2000 2200 2400 2800 3000 3200 3400m/z

H G E G T F T S D L S K Q M E E E A V R L F I E W L K N G G P S S G A P P P SC7 C8 C9 C10 C11 C12 C13 C14 C15 C16 C17 C18 C19 C20C21C22C23 C24 C25 C26 C27

C7

C8

C9C10

C11 C12

C13

C14C15

C16

C17

C18

C19

2623.252522.33

26001200

C20

C21

C22

C23C24 C25 C26 C27

a) b)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

m/z1270 1290 1310 1330 1350 1370 1390 1410 1430 1450 1470 1490 1510 1530 1550 1570

1405.67{r2873.47}

1277.58{r2639.97}

1435.77{r3192.01}1536.77{r2897.19}

c)

% Intensity

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

m/z2620 2630 2640 2650 2660 2670 2680 2690 2700 2710 2720 2730 2740 2750 2760 2770 2780 2790 2800 2810

2651.19{r6108.93}

2623.25{r6149.82}2752.17{r6391.42} 2782.14{r7209.89}

d)

% Intensity

Application News

No. B78

Mascot-ISD 検索を実行するために、Exendin-4 のシーケンスを追加したカスタムバージョンの Swiss-Prot データベースを作成し、次に、MALDISolutions ソフトウェアの検索ツールからMascot-ISD 検索を行いました。図 3に示されたとおり、Exendin-4 を同定するに十分な有意スコア(図 3 a) )および配列カバレッジ(72 %;図 3 b) )を得ました。

酸化反応の後、ペプチドの分子量測定を行って、酸化反応が成功裏に行われたことを確認しました。CHCAマトリックスを用いて得られた図 4 のスペクトルには、天然型(赤線)および酸化型(青線)Exendin-4 の質量が良好な質量精度および分解能で得られたことを示しています。予想通り、Exendin-4 中に一箇所あるメチオニン側鎖が酸化されて生成したスルホキシドに対応する+16Da の質量シフトが検出されました。

図 3 a) Mascot による同定結果と Exendin-4 のアミノ酸配列;b) アミノ酸配列とマッチしたフラグメントイオンの表示

図 4 天然型 Exendin-4 とその酸化体のMS(マトリックス:CHCA)

a)

b)

0 10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

m/z4180 4182 4184 4186 4188 4190 4192 4194 4196 4198 4200 4202 4204 4206 4208 4210 4212

4185.07

4201.08

Exendin-4 (Met-O)

Calc. Mono. Mass: 4201.03Resolution: 10187 FWHM

+ 16 Da

Exendin-4 (native)

Calc. Mono. Mass: 4185.04Resolution: 8863 FWHM

Methionine sulfoxideMethionine

% Intensity

分析計測事業部グローバルアプリケーション開発センター

島津コールセンター 0120-131691(075) 813-1691

※本資料は発行時の情報に基づいて作成されており、予告なく改訂することがあります。改訂版は下記の会員制 Web Solutions Navigator で閲覧できます。

https://solutions.shimadzu.co.jp/solnavi/solnavi.htm

会員制情報サービス「Shim-Solutions Club」にご登録ください。

https://solutions.shimadzu.co.jp/ 会員制Webの閲覧だけでなく、いろいろな情報サービスが受けられます。

初版発行:2018年 3月

Application News

No. B78

酸化型 Exendin-4 の MALDI-ISD スペクトルを図 5 a) に示します。ISD により N 末端側から生成した c-ion シリーズ(c9-c13)および 16Da シフトした c-イオン(c14-c29)が検出されました。c14 イオン(緑色で表示)は、メチオニン残基を含む酸化部位に対応したフラグメントイオンです。 図 5 b) には、天然(赤線)および酸化体(青線)Exendin-4

のフラグメントイオン(m/z 1400-1650)を比較しました。ここでもフラグメントイオンのシグナルは良好に同位体分離されています。

期待したとおり、c14イオン(HGEGTFTSDLSKQM)はメチオニンの酸化に対応する 16Da の質量シフトを示しました。Mascot 検索は、先ほど作成したカスタムデータベースを用いて実施されました。ここでは検索パラメーターとしてメチオニン酸化(固定)を指定して、酸化型 Exendin-4 の ISD スペクトルから得たピークリストをクエリーとしました。その結果を図 5 c) に示します。酸化体でもペプチドを同定するに十分な有意なスコアを得ることができました。

図 5 a) 酸化型 Exendin-4 の MALDI-ISD スペクトル;b) メチオニン酸化による質量シフトを示すフラグメントイオン(c14)付近の拡大図;

c) Mascot による酸化型 Exendin-4 の同定結果

ZipTip は、Merck KGaA の登録商標です。

Exendin-4 (Met-O)

H G E G T F T S D L S K Q M E E E A V R L F I E W L K N G G P S S G A P P P SC9 C10 C11 C12 C13 C14 C15 C16 C17 C18 C19 C20C21 C23 C24 C25 C26 C27 C28

ox

C29

a)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

m/z1000 1200 1400 1600 1800 2000 2200 2400 2600 2800 3000 3200 3400

1406.50

2095.72 2266.822394.81

3369.981278.27 1553.70 2523.841682.86

1150.07950.18 2653.021940.481812.01 2800.221063.06 2956.34

2380.552111.251436.59 2769.92993.62 3197.212640.771826.15 3070.101565.96

3311.442012.28

C9C10

C11

C12

C13

C17 (+ 16Da)

C15 (+ 16Da)

C16 (+ 16Da)

C18 (+ 16Da)

C19 (+ 16Da)

C20 (+ 16Da)

C21 (+ 16Da) C23

(+ 16Da)

C24 (+ 16Da)

C25 (+ 16Da)

C26 (+ 16Da)

C27 (+ 16Da) C28

(+ 16Da)

C29 (+ 16Da)

Met-OC14 (+16Da)

% Intensity

b)

0

20

40

60

80

100

m/z1400 1420 1440 1460 1480 1500 1520 1540 1560 1580 1600 1620 1640 1660 1680

1405.67

1435.771536.77

1405.63

1552.58

1435.66

1564.73

1564.62

C13HGEGTFTSDLSKQ

C13

Met-OC14 (+ 16Da)

C14

HGEGTFTSDLSKQM(ox)

HGEGTFTSDLSKQM

c)

+ 16Da

% Intensity

Exendin-4 (native)