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02

18 19NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

1.はじめに有機ELは,本来,有機材料に電気を流したときの発光現象「エレクトロルミネッセ

ンス(EL:Electroluminescence)現象」のことを指す言葉であるが,現在では,その現象を示すデバイスのことを有機ELと呼ぶことも多い。有機ELによる発光現象は,20世紀半ばには報告されており,1980年台後半には基本的なデバイス構造が確立され,以来,約30年の技術的な進化を経て,50型以上の大画面ディスプレーが実用化されるまでに至っている。バックライトが必要な液晶ディスプレーに比べて,自ら発光する有機ELは,薄さ・軽さ・コントラスト・応答速度などの優位性から,次世代の大画面表示デバイスとして期待され,テレビとしては,2007年に初めて11型有機ELテレビが実用化された。その後,2010年に欧州などで15型の有機ELテレビ,2013年には55型の有機ELハイビジョンテレビ,そして2017年現在では,4K解像度の65型以上の有機ELテレビが各社から発売されている。近年の有機ELテレビ実用化の進展は,ユーザーに既存のディスプレーとの画質を比較する機会を与え,有機ELテレビの画質のすばらしさが徐々に浸透しつつあるものの,価格面の課題により,本格的な普及には時間を要しているのが現状である。

一方,有機ELデバイスの新たな市場開拓を目指して,他の発光デバイスとは異なる独自の特徴を生かしたアプリケーションの探索が図られてきた。その1つとして,調光が容易な面光源となりうる特徴を照明用途に応用し,調光の容易さを生かした美術館の照明,形状の自由度を生かした高級インテリア照明,面光源特有の柔らかな光を生かした夜中の病院の巡回用照明などに利用されている。

もう1つのアプリケーションは,本特集号のテーマとなっているフレキシブルディスプレーである。有機ELは,薄膜の有機材料を積層した構造であるため,超薄型のディスプレーが実現可能であり,携帯・収納・設置など,使い方の自由度の高いフレキシブルディスプレーに最適な表示デバイスであると考えられている。当所では,これらの有

有機ELの研究動向清水貴央  深川弘彦

有機ELを表示デバイスとして用いたスマートフォンやテレビが普及し始め,「有機EL」

という言葉も身近なものとなった。有機ELデバイスは,高画質な映像を再生できる表示

デバイスであり,次世代の映像ディスプレーとして有望視されてきた。数多くの先駆的

技術が日本で生み出され,1997年に世界で初めて車載用の有機ELディスプレーが日

本企業から市場に展開された。それから20年が経過した現在,家電量販店に高級モデ

ルの有機ELテレビが並ぶまでに至っている。一方で,テレビとしての本格的な普及には,

いくつかの課題を抱えている。本稿では,有機ELの最新技術と更なる普及に向けた課

題について解説する。

18 19NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

機ELの特徴を活用して,より高品質で臨場感のある次世代放送サービスの実現に向けて研究開発に取り組んでいる1)。例えば,2016年に試験放送が開始され,2018年の本放送開始を間近に控えた8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)において,家庭の大画面テレビで視聴するための薄くて軽いシート状のディスプレーの実現を目指している。また,いつでもどこでも視聴可能な携帯型テレビとして,落としても割れにくく,収納性に優れたディスプレーの検討を進めている。これらの最新動向を含めて,本稿では,技術進展が著しい有機ELの原理と課題,技術動向について解説する。

2.有機ELの原理と有機ELテレビの課題2.1 有機ELの原理 2)

有機ELは,2つの電極間に有機薄膜を挟んだデバイス構造であり,直流電圧の印加により正孔(+)と電子(-)が電極から注入され,発光層で再結合して発光する自発光型のデバイスである。その基本的なデバイス構造は1図(a)に示すように,ガラスなどの基板に,透明陽極(ITO*1など)を形成した上に,正孔注入層*2,正孔輸送層*3,発光層,電子輸送層,電子注入層,陰極が積層されている。1図(b)に示すように,注入された電荷を発光層内に効率的に送り込み,再結合させることが発光効率の向上につながるため,発光層の周辺層の材料選択,膜厚調整などによりデバイスの性能が最適化される。また,発光色は,発光層を構成する色素に大きく依存する。各有機層の厚みは30 〜 50nm,陽極と陰極を含めた総厚は数百nm程度である。

1図(a)のデバイス構造は,基板の下部に向けて光を放射するため,ボトムエミッション構造と呼ばれる。一方,基板の上部から光を取り出すトップエミッション構造も用いられる。トップエミッション構造では,下部の電極に銀合金などを用いた鏡面反射性の電極を形成し,上部の陽極に薄い銀合金や透明なITO電極を形成する。

有機ELデバイスは,有機材料を用いた発光ダイオードであるため,OLED(Organic Light-Emitting Diode)と略称される。有機ELの発光には,蛍光発光とリン光発光がある。開発当初から主に蛍光性の有機発光材料(以下,蛍光材料)が用いられていたが,1990年代後半からリン光性の有機発光材料(以下,リン光材料)が出現し,加えられた電荷の100%近くを発光に利用できるデバイスが実現された。近年では,赤と緑の有機ELデバイスには,リン光材料が用いられている。

*1酸化インジウムにスズを添加した化合物。

*2電荷のキャリヤー(正孔,電子)を電極(陽極,陰極)から有機EL内に注入しやすくするために設けられる有機層を注入層と呼ぶ。

*3電荷のキャリヤーを発光層へスムーズに導くために設けられる有機層を輸送層と呼ぶ。

直流 数V

(b)各層のエネルギー図(a)積層構成

陽極 正孔輸送層

発光層

電子輸送層

再結合光 陰極

+ ++

- --

注入

注入

電子エネルギー

正孔は各材料層の電子の詰まった軌道を移動

電子は各材料層の空の軌道を移動

発光

※正孔・電子注入層は省略

発光

基板(ガラスなど)

正孔輸送層正孔注入層陽極(ITO)

発光層

電子輸送層

電子注入層

陰極(Al)

1図 有機ELの原理

20 21NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

蛍光発光とリン光発光の違いを2図に示す。正孔と電子の電荷を受け取った発光材料においては,電荷が再結合することにより,2図(a)に示すように2つのエネルギーの励起状態(その状態の分子を励起子と呼ぶ)が形成される。1つは蛍光として発光を起こしやすい一重項励起子*4と,もう1つは発光せずに分子振動などの熱としてエネルギーを失いやすい(これを無輻射失活と呼ぶ)三重項励起子*5 である。一重項励起子の生成割合が25%であるのに対し,三重項励起子は75%と,3倍の量が生成される。リン光発光性の材料とは,この三重項励起子を発光に用いることができる材料である。イリジウム,白金,オスミウムなどの金属を有する有機金属化合物を用いることによって,三重項励起子からリン光発光を起こす材料が多数報告されている2)〜 5)。これは,イリジウムなどの重金属によって速やかに発光を起こす重原子効果*6 によるものである。リン光材料においては,2図(b)に示すように,一重項励起子も重原子効果により項間交差(ISC:Intersystem Crossing)*7 が促進され,三重項励起子に変化しやすい。その結果,加えた電荷の100%をリン光に利用することができる。ただし実用化においては,デバイスの駆動寿命の長い蛍光材料の開発が先行しており,特に青色デバイスにおいては,実用的な寿命を示すリン光デバイスは見いだされていない。

2.2 有機ELテレビの課題有機ELテレビと液晶テレビの性能面での大まかな比較を3図にまとめた。評価値は,

3図の中心部から外周に向かって高い性能を示している。3図中の右側に位置する画質や形状的な自由度に関しては有機ELが有利であり,表示デバイスとしての性能は高い一方で,左側の生産性などのコスト面では液晶に優位性がある。

画質面では,液晶テレビのコントラスト比はバックライト制御技術により3,000対1程度まで向上したものの,自発光型である有機ELテレビの黒レベルは,メーカーによっては無限大などと表現されており,有機ELテレビのコントラスト比は,応答速度や視野角とともに勝っている。液晶テレビでは,たくさんのLEDをバックライトとして敷き詰め,その点灯を制御することにより黒レベルの表示を改善しているが,画素と同等数のLEDを敷き詰めるわけではないことから,バックライトのむらや低階調領域での周囲への光漏れなど,根本的な課題がある。従って,低階調領域でも自然な色合いを出すことができる有機ELは,映画などの暗めのシーンを多く含む映像に有効であると言える。

色再現性については,8K向けの広色域規格に対しては課題が残るものの,両者とも

*4励起状態の電子が一重項状態

(電子の磁性的性質であるスピンの状態の一種)にある分子。

*5励起状態の電子が三重項状態

(電子の磁性的性質であるスピンの状態の一種)にある分子。

*6原子番号の大きな重い原子ほど項間交差(脚注7を参照)を起こしやすくなる現象。

*7励起状態にある分子中の電子のスピンが,一重項状態と三重項状態の間で変化する現象。

リン光

三重項励起子

蛍光

一重項励起子

無輻射失活無輻射失活

25%75%

リン光

三重項励起子

蛍光 無輻射失活無輻射失活

項間交差(ISC)

一重項励起子

25%75%

計25% 計100%

再結合

+ -正孔 電子

再結合

+ -正孔 電子

(a)蛍光発光 (b)リン光発光

2図 蛍光発光とリン光発光の違い

20 21NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

解説 02

ハイビジョンテレビとしては十分な色再現範囲を実現している。応答速度(輝度の変化に要する時間)については,液晶デバイスの応答速度は,液晶

分子が動く速度によって決まり,数〜数十msであるのに対し,有機ELでは数μs以下である。ハイビジョンなどの動画像で,フレーム周波数が60Hzの場合,フレーム周期は16.6 msであるため,液晶でも対応できる応答速度であったが,次世代放送方式であるスーパーハイビジョンでは,動画質を向上させるために120Hz以上の高いフレーム周波数も規格化されている。この場合,フレーム周期は半分の8.3 ms以下となるため,液晶テレビでは動作が不安定な領域となる。これに対して,応答速度が液晶より3桁以上速い有機ELでは,より安定した動作が期待でき,動画質の向上に有利である。

次に,ディスプレーの構造について述べる。有機ELデバイス自体の厚みは,電極を合わせても0.5 μm程度と極めて薄く,ディスプレーの厚みは,ほぼガラスやフィルムなどの基板の厚みに支配される。また,表面保護フィルムやカラーフィルターを用いる場合は,その厚みも加算される。2007年に市販された11型の有機ELテレビは厚みが3 mmで,現在市販されている有機ELテレビは5 mm程度である。ガラス基板でなくプラスチックフィルム基板を用いることで更に薄くなり,湾曲テレビやロール状のテレビが実現可能となる。一方,液晶テレビの場合には,ガラス基板,バックライト,偏光板,カラーフィルター等の多くの部材を必要とするため薄くすることが困難とされ,市販の液晶テレビの厚みは以前と比べ大幅に薄くなってきたものの,平均して10 mm程度である。ただし,液晶テレビの表示性能は,液晶材料が封入されている空間の厚み(数μm)の分布に対して敏感であるため,ディスプレーを曲げたり,強く押したりといったことに対するデバイス特性の変化に課題がある。従って,フレキシブルディスプレーに使用するには,変形や衝撃に強い有機ELが適していると言える。また,大型化については,液晶テレビが先行しているが,77型の大型有機ELテレビも発売されている。

最後に,コスト面について述べる。数年前までは非常に高価であった有機ELテレビであるが,生産の歩留まり(良品率)が大きく向上することで,価格が大きく低下し,例えば55型ハイビジョン有機ELテレビが20万円以下で販売されている。また,有機ELテレビのパネル製造元は,現在ほぼ1社に限られており,今後,製造するメーカーが増

コスト

フレキシブル化等

画質

コントラスト

色再現性

視野角

応答速度

パネル薄型化

フレキシブル化

大型化

寿命

消費電力

製造コスト

012

43

5

液晶テレビ

有機ELテレビ

3図 有機ELテレビと液晶テレビの比較

22 23NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

えれば,販売価格は更に低下するものと思われる。一方,有機ELの消費電力は,液晶の半分程度を達成できる潜在能力を持っているとされているが,現在は,液晶テレビの1.5倍以上の消費電力となっている。例えば,市販の55型有機ELのハイビジョンテレビは400W以上の消費電力となっており,有機ELの本格普及を目指す上で大きな課題と言える。有機ELの消費電力が高い原因の1つとして,2.1節で述べたように,投入した電荷の25%しか発光に寄与できない蛍光材料が一部で用いられていることが挙げられる。また,もう1つの原因としては,白色の有機ELにカラーフィルターを用いてRGB(赤緑青)の3色を表示する場合には,各色の3分の2の光を無駄にしていることになる。理想的には,リン光材料などの100%近い発光効率を持つ材料を用い,さらに3色を塗り分けてRGBをそれぞれ発光させる方式とすることで,大型テレビでも低消費電力を達成できるものと考えられる。次章では,材料の高効率化など,最近の有機ELデバイスの開発状況を説明する。

3.有機EL材料・デバイスの動向3.1 高性能化と低コスト化を目指した材料開発

2. 1節では,最も基本的な有機ELデバイスとして,蛍光有機ELデバイスとリン光有機ELデバイスについて説明した。蛍光有機ELデバイスは,発光材料に蛍光材料を用いている。このような,蛍光材料を用いた有機ELは,第1世代の有機ELと呼ばれ,1980年代後半から研究開発が進められてきた。2. 1節で述べたように,蛍光材料では,一重項励起子のみが発光に寄与することができるため,一重項励起子の生成比率である25%が,発光効率(内部量子効率*8)の上限となる。有機ELの蛍光材料は,長年研究開発されてきた材料であるため,寿命性能が良好で,コストも比較的安価である。しかしながら,加えられた電荷の4分の1しか光エネルギーに用いられておらず,発光の効率は低いと言える。

有機EL材料・デバイスの世代ごとの特徴を4図に示す。蛍光の効率を改善するために,4図中の右上に記すような高効率のリン光材料が開発された。リン光材料は2. 1節で説明したように,三重項励起子を利用して100%の発光効率を得ることができるため,省電力化に大きく貢献した。このリン光材料を用いたデバイスを第2世代の有機ELと

*8発光層に注入されたキャリヤー数に対して,発光デバイスの内部で生成される光子数の割合。

蛍光

TADF リン光

第1世代

第2世代第3世代 第4世代

TADF+リン光

第2.5世代

TADF+蛍光

高い~100%

低い~25%

電気 → 光変換効率(内部量子効率)

コスト(材料の価格) 高い(稀少金属使用)

低い

デバイス寿命:◎

寿命:△ 寿命:○寿命:○寿命:○

4図 有機 EL 材料・デバイスの世代ごとの特徴

22 23NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

解説 02

呼んでいる。しかしながら,リン光材料にはイリジウムなどの貴金属を用いているため,材料としては高価になってしまう。

そこで近年注目されているのが,4図中の左上に位置する第3世代の有機ELである。この第3世代の特徴は,貴金属を使用しない熱活性化遅延蛍光(TADF:Thermally Activated Delayed Fluorescence)材料(以下,TADF材料)が発光材料として用いられていることである。TADF材料は,5図に示すように,一重項励起準位*9 (S1)と三重項励起準位(T1)のエネルギーがとても近い蛍光材料(準位のエネルギー差はおおむね0.2 eV*10以下)であるために,受け取った一重項励起子から蛍光を発光するとともに,三重項励起子も一重項励起子にエネルギーを移すことが可能であり,100%近く電気エネルギーを発光エネルギーに変換することができる材料である。三重項励起子の一重項励起子への変化により,数〜数十μs程度の蛍光発光の遅れを生じることから

「熱活性化遅延蛍光」材料と呼ばれている。最近のTADF材料では,計算化学を用いて,高性能な材料の開発が加速している。分子配向*11 などによる光の射出方向制御も取り入れた材料設計とすることで外部への光取り出し効率を向上させ,外部量子効率*12 が,配向制御のない材料よりはるかに高いデバイス性能を示す材料も報告されている6)。

ただし,TADF材料は,色純度向上や長寿命化の難しさなどの面で,ディスプレー

*9準位とは,電子軌道のエネルギーのレベル。

*10electron volt:エネルギーの単位。

*11有機分子を規則的に並べること。

*12発光層に注入されたキャリヤー数に対して,発光デバイスの外部に放射される光子数の割合。

三重項励起準位(T1)

蛍光

一重項励起準位(S1)

25% 75%

正孔と電子の再結合

計100%

S1とT1のエネルギー差が小さく,電子の状態がT1からS1に容易に変化できる

分子内で起こる

5図 TADF の原理

三重項励起準位

蛍光

一重項励起準位

100%

100%

三重項励起準位一重項励起準位

25%75%

②電子の状態がT1からS1に容易に変化

③エネルギーが移動

TADF材料 従来の蛍光材料

蛍光 ④100%近い蛍光発光

①エネルギーが受け渡される

電気エネルギーを運ぶ「ホスト材料」

正孔と電子の再結合

発光層は3成分で構成されるホスト材料

従来の蛍光材料TADF材料

分子間

分子間

6図 TADF 材料を用いた第4世代デバイスの原理

24 25NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

用途には課題が残されている。そこで,近年TADF材料を用いて,長寿命化を目指す新たな方法が確立されつつある。その方法は,6図に示すように,寿命が長く,かつ色純度も良好な従来からの蛍光デバイスに,TADF材料を混合し,蛍光デバイスの効率向上を実現する方法である。6図中の左上の電気エネルギーを運ぶホスト材料から,TADF材料にエネルギーが受け渡され,TADF材料内ですべてのエネルギーが一重項励起子に変換される。その後,すべてのエネルギーが従来の蛍光材料(6図中の一番右の材料)に受け渡され,100%の発光を得ることができる。このデバイスは,4図中の上中央に示すように,第4世代の有機ELとも呼ばれている7)。また,蛍光デバイスの効率が低いという弱点をTADF材料が補うことから,そのTADF材料をアシストドーパント(機能を補助するために添加した材料)と呼ぶ。ただし,効率的にエネルギーを受け渡すための材料の混合比率制御が難しいという課題がある。

さらに,TADFを用いた長寿命デバイスについては,7図に示すようにTADF材料を発光色素ではなくホスト材料として用い,リン光材料を光らせることにより,高効率で実用レベルに近い長寿命なデバイスを当所で開発した8)。この場合,電気エネルギー(電荷)を運ぶホスト材料としてもTADF材料を用いており,よりシンプルなデバイス構成とすることができる。さらに,分子サイズの小さなTADF材料ほど,良好な寿命性能となることも分かってきている9)。このリン光デバイスは,4図中の上中央に示すように,将来的に実用化が見込まれるTADF材料(第3世代)と,既に実用化されているリン光材料(第2世代)の組み合わせから成るため,位置づけとしては第2.5世代と言える。しかし,既に実用化されているリン光デバイス中に使用する高価なリン光材料の量を80 〜 90%減らすことができるため,リン光デバイスの大幅な低コスト化が可能となる。したがって,その数字のとおり近い将来に実用化が見込まれる技術であり,その後,貴金属を用いない第3世代・第4世代型が実用化されると予想される。

3.2 大気中でのデバイス安定性向上通常の有機ELは,電子注入層に,水や酸素に弱いアルカリ金属などの電子注入材料

を用いているため,デバイスを外部から隔離し劣化を防ぐ封止技術が必要である。特にプラスチックフィルム基板は,容易に酸素や水を透過してしまうため,それらの侵入を

三重項励起準位一重項励起準位

100%

三重項励起準位一重項励起準位

25% 75%

正孔と電子の再結合

①電子の状態がT1からS1に容易に変化

TADF材料 リン光材料

蛍光③100%近いリン光発光

リン光

100%

TADF材料を,電気エネルギーを運ぶ「ホスト材料」として利用

発光層は2成分で構成される

リン光材料

TADF材料

②エネルギーが移動分子間

7図 TADF 材料を用いたリン光デバイス(第 2.5 世代)の原理

24 25NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

解説 02

防ぐことを目的に,無機・有機膜を積層した多層構造の高価なバリア膜を形成する必要がある。しかしながら,有機ELが劣化しないほどの高度なバリア膜を形成することは,生産性の低さ,欠陥の無い大型封止膜の作製の困難さなどの課題がある。従って,プラスチックフィルム基板を用いて有機ELを作製するには,デバイス自体が大気中で安定であることが望ましい。

そこで,大気中の水や酸素に弱い従来の電子注入材料を見直し,高い発光性能と大気中での安定性を両立する有機ELの研究開発が進められている11)〜 13)。例えば,大気中で安定な酸化亜鉛などを電子注入層材料として用いる逆構造型の有機ELデバイスが注目され,研究が行われている。逆構造の有機ELデバイスは,8図(a)に示すように,陰極と陽極を通常とは上下逆にした構造となっている。この構造を用いることで,酸化亜鉛などの電子注入に有利で,かつ大気中で安定な材料を電子注入層に使用することができる。酸化亜鉛などの金属酸化物はスパッタ法*13により成膜されるため,通常構造の有機ELでは,発光層などの有機材料層に,成膜時に発生するプラズマによるダメージを与えてしまう。一方,逆積層構造であれば,酸化亜鉛などの電子注入層を有機材料層よりも先に成膜することができるため,有機材料層にダメージを与えることなく,それらの金属酸化物を使用することが可能である。

この逆構造の有機ELデバイスの高い酸素・水分耐性は,NHKと (株)日本触媒により実証されてきた。2014年には,簡易な封止状態で通常の有機ELデバイスを100日間保存すると発光面積が約半分になるのに対し,逆構造の有機ELデバイスは250日間劣化しないことを実証した10)。さらに最近の報告では,8図(b)に示すように,通常構造と逆構造の有機ELデバイスの大気中における連続点灯の比較結果も示され,逆構造有機ELの良好な大気安定性と連続点灯寿命の改善が示されている11)。

一方,逆構造の有機ELデバイスの大きな課題は,電子注入性の改善であり,酸化亜鉛以外の金属酸化物材料の開発も行われている。例えば,仕事関数*14の小さなエレクトライドと呼ばれる酸化カルシウムとアルミナから形成される材料を用いることで,電子注入性を改善したとの報告もなされている14)。

さらに,通常構造の有機ELにおいても,大気安定性を向上させる試みがなされており,陰極にマグネシウムと金の合金を用いることで,大気安定性が向上したとの報告もなされている15)。

*13加速したイオンを成膜材料に衝突させ,はじき出された材料を基板に付着させる成膜方法。

*14物質の表面から1個の電子を無限遠まで取り出すのに必要な最小のエネルギー。

大気中での連続駆動(封止なし)

作製直後 12時間後 24時間後

通常の有機EL

逆構造有機EL

(a)積層構成 (b)大気安定性

基板

電子輸送層電子注入層陰極(ITO)

発光層

正孔輸送層

正孔注入層

陽極(Al)電極の配置を逆の構造とすることで大気に強い材料のみを使用可能に

8図 逆構造有機 EL デバイスとその大気安定性

26 27NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

以上のように,大気安定性の向上について盛んに研究が行われ,発光効率に加え,寿命性能についても良好な結果が得られ始めている。これらの技術は,生産プロセスでの水分・酸素管理を容易にし,バリアフィルムなどの部材コストを大幅に低減することができる革新的技術であり,今後の技術動向に注目したい。大気中で安定な逆構造有機ELデバイスを用いたディスプレーの試作については,本特集号の報告「逆構造有機ELデバイスを用いたフレキシブルディスプレーの試作」を参照していただきたい。

3.3 ディスプレーの広色域化に向けた有機EL開発高精細・高臨場感を得ることができる8Kの規格には,色再現性の高い広色域表色系

が採用されており,ITU-R勧告BT.2020で規格化されている16)。有機ELは,これまで高効率・長寿命化を最重要課題として,長い間研究開発が行われてきており,ようやく実用レベルの発光性能を示す材料が世に出回るようになった段階である。その開発は,ハイビジョンの表色系(BT.709規格)を基準とした材料系であったため,現在では,BT.2020規格を満足するような材料の開発が求められている。

最近ようやく広色域化を目指した有機ELデバイスの研究・開発が行われ始め,カラーフィルターを用いた色純度の向上や,トップエミッション構造で特定の波長のみをデバイス外に取り出す技術(キャビティー構造と呼ぶ)により広色域化が実現されるようになった17)。このようなデバイス構造の工夫で色の改善を図ることに加え,リン光材料やTADF材料などの最新の高効率材料においては,材料本来の色純度を向上させる研究開発が行われ始めている。例えば,9図(c)に示す従来のイリジウム錯体*15に比べ,9図(a)(b)のように網目状に平面的に結合が広がっているような構造の材料は,発光スペクトルの線幅が狭い純粋な色が得られやすいため,発光材料の設計に取り入れられ始めている。9図(a)は,ホウ素を含んだ青色TADF発光材料18)で,9図(b)は,

*15金属原子を中心とし,その周囲にいくつかの分子を一定の位置に配置した分子を錯体と呼ぶ。

Ir

3

NPh2

N NB

Ph

Ph

発光強度

0

0.5

1.0

400 500 600 700波長(nm)

(d) 発光スペクトル

(a)高色純度青色TADF発光材料

(b)高色純度緑色リン光発光材料 (c) 従来の緑色リン光材料

従来の緑色リン光材料

高色純度青色TADF発光材料

高色純度緑色リン光発光材料

N

NN

NN

N

Pt

9図 高色純度青色TADF発光材料と高色純度緑色リン光発光材料および 従来の緑色リン光材料の構造と発光スペクトル

26 27NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

解説 02

白金を用いた緑色リン光発光材料19)である。特に,この緑色リン光発光材料を用いたデバイスでは,BT.2020の規格に近い緑色を実現している20)。また最近では,量子ドット21)〜 23)*16やペロブスカイト結晶24)〜 26)*17を発光材料として用いた高色純度なデバイスが多く報告されている。このように,量子ドットやペロブスカイト結晶などの有機無機複合体を発光色素に用いることは,これまでの有機ELデバイスをベースとして,複雑なデバイス構造を用いずに色純度を高めることが可能であるという利点があり,次の世代の発光デバイスとして期待されている。

4.おわりに有機ELは,応答速度の速さ,コントラストの高さなど,映像表示に優れた表示デバ

イスである。数年前には,まだ材料の寿命や歩留まりの悪さが大きな課題とされていたが,材料の寿命なども実用レベルのものとなり生産性も向上した結果,大型の有機ELディスプレーも製造可能となり,60型以上の有機ELテレビも家電量販店に並んでいる。このようなステージに立った有機ELではあるが,大画面化,長寿命化,低コスト化,そしてフレキシブル化に向けて,材料・デバイスの更なる革新的技術が盛んに生み出されている。

今後は,フレキシブル化はもちろんのこと,低消費電力化や広色域化など,家庭用テレビとしての技術の進展に期待したい。シート型ディスプレーの実現は,8K家庭視聴の普及に欠かせない新たなテレビの形をもたらすものであり,当所でもそのための有機ELの研究開発を進めていく。

*16直径が数nmの半導体微粒子であり,特有の光吸収や発光を示す物質。粒径により波長を変えることができ,粒径のばらつきをそろえることで純粋な発光色を再現できる。

*17灰チタン石(perovskite)に代表される結晶構造を持つ材料。酸化物高温超伝導体や,高効率な太陽電池材料として注目されてきた。

28 29NHK技研 R&D/No.167/2018.1 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

参考文献1) M. Nakata, G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, H. Tsuji, H. Fukagawa, T. Shimizu, T.

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解説 02

深ふ か

川が わ

弘ひ ろ

彦ひ こ

2007年入局。同年から放送技術研究所において,フレキシブル有機ELディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。博士(工学)。

清し

水み ず

貴た か

央ひ さ

2010年入局。同年から放送技術研究所において,フレキシブル有機ELディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。博士(工学)。

LUMO Separation by Multiple Resonance Effect,”Adv. Mater.,28(14),pp.2777-2781(2016)

19) T. Fleetham:アリゾナ大学博士論文,116(2014)

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