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1 2019年度「経営倫理」 第1講 公共性 國部克彦 2020110

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2019年度「経営倫理」

第1講 公共性

國部克彦

2020年1月10日

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「ある広さの土地に囲いを作って,これは私のものだと宣言することを思いつき,それを信じてしまうほど素朴な人々をみいだした最初の人こそ,市民社会を創設した最初の人なのである。」

ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』1755年

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講義の目的

• 企業社会の中で人間が生きるために必要な倫理とは何か。それはどのように形成されるのかを理論的に考える。

• 企業を対象としたbusiness ethicsではなく,組織で働く人を対象としたmanagement ethicsを対象とする。

• 「企業はどのような倫理的行動をとらなければならないのか」ではなく,「組織で働く人間(我々)はどのような倫理的行動をとるべきなのか」を考える

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方法

• 最も根源的な問題から思考を開始する

• 哲学的思考をベースに理論的に議論する

• 実際の問題や具体的な方法は,根源的な問題を理解もしくは改善するための手段として位置づける

• 抽象的な問題から具体的な問題へ,理論的な思考から実践的な行動へ,議論を展開する

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哲学の類型

• 社会の基礎をどこに置くか社会契約:ロック,ルソー,カント功利主義:ベンサム,ミル

• 個人と全体(社会)の関係リバタリア二ズム:ノ―ジック,ハイエクリベラリズム:ロールズ,デリダ,

ハーバーマス,アーレント,ムフコミュニタリアニズム:サンデル,ウォルツァー

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経済学との関係

• 2つの経済学

新古典派経済学:効用と選択が経済を決める

制度派経済学:制度が経済を決める

• 経済と会計の関係経済(内容)は会計(形式)なしには思考できない→市場は「計算の束」(ラトゥール=カロン)

(参考)現代貨幣理論(MMT)6

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現代社会の根本問題

• 手段であるはずの「経済」が目的化し,目的であるはずの「人間」が手段化→その代償としての「経済発展」

• 現代の難問→格差問題(人間),地球環境問題(環境),金融リスク問題(システム)

• 喫緊の課題→イギリスのEU離脱,トランプ大統領の保護主義,中国の独裁体制→ナショナリズムとデモクラシーの対立

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管理社会の本質

• 現代社会は,自らが自らを管理するように仕向ける自己規律的な管理社会である

• メタファーとしての「監獄」→規律訓練的権力(disciplinary power)「権力の行使は,賢明さに従ってではなく,計算に従って規則づけられる」(フーコー)

• 社会的諸制度が「装置」として人間を管理→生権力(biopower)

• 「装置」から解放されることは可能か?8

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経済と人間(社会)の関係性

• 経済の時代:手段であった経済が目的である人間を飲み込み,人間が経済の手段化されている世界

• 経済>社会から,経済<社会への転換→「経済の時代」から「人間の時代」へ

• 経済に支配されない空間の創造の必要性→公共空間の創造

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公共性の本質

第一にそれは、公にあらわれるものはすべて、万人によって見られ、聞かれ、可能な限りもっともひろく公示されるということを意味する。第二に、「公的」という用語は、世界そのものを意味している。なぜなら、世界とは私たちすべてに共通するものであり、私たちが私的に所有している場所とは異なるからである。

アーレント『人間の条件』1958年

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公共性の本質

• 公共性の鍵概念:複数性,共通性,公開性複数性→公共性の前提共通性→公共性の結果共通性が複数性を阻害してはならない

• 複数性を前提に共通性が成立する

• 共通性を維持するために公開性が必須

• 人間が「複数」いても「多様性」がなければ,公共性は存在しない。

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経済(貨幣)と公共性

• 客観性の唯一の基盤は,あらゆる欲求を満足させる公分母としての金銭である。公的領域のリアリティは,これとまったく異なって,無数の見方と側面が同時に存在する場合に確証される。

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アーレント『人間の条件』1958年

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公と私の関係

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もし,私的利益と公的利益が本当に一致するものなら,人間の共同生活はアリ塚と同じでしかない。私的利益と公益が一致するように見えるのは,実は私的利益を合計しさえすれば公益という新たな質に転化すると勝手に決め込んでいるためである。

アーレント『全体主義の起源』1951年

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経済を変えるには何が必要か

• 経済は形式を与えなければ思考できない

• 経済の形式は会計(計算方法)によって与えられる

• 会計に経済以外の要素を組み込むことで,世界と人間を救うことはできるのか?

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会計で世界を変える

• 会計は経済現象の写像ではなく,経済に具体的な形式を与える能動的な技術である

• 経済は形式がなければ現実に存在することができない

• 世界は「価値」ではなく「価格」、「利潤」ではなく「利益」で動いている

• 会計を変えれば「世界」は変わる

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「世界は成立していることがらの総体である」

「世界は事実の総体であり,ものの総体ではない」

「世界の実体が規定しうるのは,ただ形式のみであり,実質的な世界のあり方ではない」

ルードヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』1921年

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「体制を編成する資本主義と前資本主義の間の唯一の相違は,計算として組み入れられるものと,組み入れてはならないものとの間の相違に関係している」

Michel Callon and Bruno Latour,Thou shall not calculate! 1997

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経済の形式が創り出す世界

• 会計とは経済計算の共通の形式である

→計算から貨幣,文字,価値が生まれる

• 共通の形式が市場や組織という「公共空間」を創造する(標準化)

• 会計は経済という「公共空間」を開く(=囲い込む)ことで,経済以外を排除する

• 会計を基礎から再構築する必要性→会計を変えれば世界は変わる

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問題

• あなたの所属する組織で,私的な問題と公共的な問題が対立するのは,どのような時か。その問題を,アーレントの公共性の視点から論じてみよ。

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関連文献• 國部克彦(2017)『アカウンタビリティから経営倫理へー経済を超えるため

に』有斐閣

• 國部克彦(2017)「会計と正義―近くて遠い関係」『税経通信』72(7)• 國部克彦(2018)「会計と正義を論じる理論的根拠―デリダ,ラトゥール/カ

ロン,ロールズの位置づけ」『国民経済雑誌』5月号

• 國部克彦(2018)「責任が価値を生むことは可能かーCSRとCSV再考ー」『ビジネス・インサイト』101号

• 國部克彦他(2019)『創発型責任経営ー新しいつながりの経営モデル』日本経済新聞出版社

• 國部克彦(2019)「CSRにおける責任(responsibility)の概念」『企業と社会フォーラム学会誌』第8号

• 関連文献(一部)は國部研究室のホームページから入手可能http://www.b.kobe-u.ac.jp/~kokubu/

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